想定外の窮地
来た時は馬車だけど、ここから東の門までまたもや馬車でという訳もなし。厩舎に来たのは馬に乗るためだ。
両方とも飼葉をワッシャワッシャと食べていたが、気の毒な一頭は食事の途中でメアーズ様に連れていかれる事となった。
この辺りは街道の町だから、元々道は整備されていて広い。しかも今は人が少ないときている。
さほどの時間もかからず、あっさりと東門とやらに到着した。
馬は下で繋ぎ、階段で上に登る。高さは5メートルほど。上は3メートルほどの幅で石とレンガ造り。外側に向けては大きな木製の矢盾が並べられている。
「なるほど、大したものね。でも静かだわ。確かに戦う雰囲気ではないようですわね」
向こうに何が見えたのか、僕の感覚だと遠いと全く分からないな。ちょっと試したいこともあるけど、今は止めておこう。失敗して見つかったら大変だ。
もう少し時間があればもっと練習しておけたのに……って、何と言うか後悔の連続だ。
メアーズの視線の先、近い所では50メートルほどから奥へ数百メートル先まで、大きな矢盾が大量に、そして広範囲に設置されていた。
形状としては、こちらの城壁上に設置されている物に近い。
それが障害となって全容は分からないが、もうかなり準備は出来ているという事だ。
このまま戦闘になれば、5メートル程度の壁など超えての撃ち合いになる。火矢を打ち込まれたら大事だし、魔法を撃たれる危険もある。
だが
わざわざ防壁というこちらの優位を捨て、大勢の犠牲を出して破壊したところで、あんなもの幾らでも量産できる。
設置されている間はさぞ悔しかっただろうけど、戦力差があるのだから仕方が無い。
だが同時に、そんな状況でも戦闘は行われていなかった。全ては、アルフィナが素直にその身を差し出したからだ。
悔しさで噛み締めた奥歯から少し血が滲む。
親友を助けられなかったふがいなさ。しかしメアーズにはもう一つ、この状況を安堵しなければならない情けなさがあったからだった。
矢盾のせいで遠くは分からないが、500メートルほど先に炊煙が見えていた。兵士達が駐屯しているのだろう。
遠目に見ればただの炊事の煙。だがなんとなくだが、少し違和感を受けた。
何かが違う――かつて魔物との戦いで領地を失った少女は、そう感じ取っていた。
「もし戦いになってもここを落とせるかどうか……」
そのメアーズ様の言葉は、ちょっと意外だった。
さぞ凄い大軍が睨みを利かせているかと思っていたのだから。だけど
結局、少しの時間外を見ていただけで、メアーズ様は下へと降りた。もう用は済んだのだろう、馬に乗ってさっさと戻る。
戦力的には圧倒されていると思うけど、ここはそんなに守りが堅いのだろうか?
それとも相手が思ったほど戦力を出していないのか……謎がちょっと深まるよ。
◇ ■ □
ホテルの食事は豪勢なもので、特に麦飯を大量の肉と野菜で炒めた料理は物凄くおいしそうだった。
そんな感覚も忘れて久しかったけど、人間になった事で少し本能が呼び覚まされたのだろうか?
相変わらずメアーズ様はよく食べよく飲む。気持ちいい食べっぷりに飲みっぷりだけど、あんなに飲んで大丈夫かなぁ……。
だけど用意された部屋で僕を待っていたのは、そんなのんびりとした状況ではなかった。
いきなり麻袋に入れられると、口を縛られポイとソファの上に投げられる。
――何事!?
袋の中では
どうやらメアーズ様は体を洗っている様だ。とは言えここの設備では浴槽なんて大したものは無い。用意された瓶の水で体を拭く程度。
その後は厚い木綿の上下に着替える。これはまあいつものパジャマだけど……いや待って、今までこんな事は無かったよ。
アルフィナ様と一緒の時は一緒に洗ってもらったりしていたのに。なんだか物凄い疎外感だ。
いや多分、馬車で移動中もずっと考えていたんだろう。
これはきっと……いや間違いなく、僕を人間として警戒しているんだ。
正確な事はまだわかってはいないと思う。だけど突然現れた男が僕を連れて行けなんて言えば、警戒するのは当たり前。
僕を通して姿を見られていると考えてもおかしくはない。
まあ見ているんだけどね、僕自身が。
というかこれマズくない? 非常にマズいよ。
幾ら鈍い僕でも、もういいかげん分かっている。僕が人間になったり触手を伸ばしたり、いや生きているのでさえ、間違いなく女の子から何かを貰っているからだよ。
道中こうやって触らずに放置されたら、きっと途中で干からびてしまう――そんな気がする。
この状況は間違いなく命に関わる! そしてそれはアルフィナ様の安全にも直結している。
本気で何とかしないと!
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