ランザノッサの町

 ランザノッサの町は周辺を平野に囲まれた平地の街。それだけ周囲に農耕地も多いけど、逆に攻められると弱い。

 僕らが到着した頃には雨はすっかり上がっていたけど、夏だというのに太陽の熱さは感じられなかった。多分どんよりと曇っているのだろう。


 街の外周は高さ5メートルほどのレンガと石組の壁で囲われていた。

 敵から守るというには心もとないけど、ここは平地の町だからね。この位が限界だと思う。

 それに作られたのはもうずっと昔。それ以降も補修は行われているけど、実質的には放置じゃないかな。

 それどころか、レンガの一部が欠けている。多分どっかの家の暖炉が壊れて持って行かれたんだろう。


 今は新連合歴115年。その前は、国内は様々な領主たちが覇を競うバラバラな状態だった。

 それを統一したのが今の王家。神に取り込まれ、生き延びた人。人とでありながら人とは違う存在。いわゆる純血種とも言われる人たちだ。

 神に近い存在とも言われてるけど、半神デミゴッドとは違う。


 半神デミゴッドとは人には果たせない偉業を為し、自らを神に近い域まで高めた存在。人でありながら神を倒せる力を手にした人たち……まあ。僕には関係の無い世界の話だよ。


 話が脱線しちゃったけど、この街の防壁が作られたのはその戦争期。今は統一されているから、この壁が役に立つことは無い……普段ならね。

 だけど、この町は百年以上ぶりに戦場になろうとしている。

 僕らとは反対方向、カレッサの町へと向かう大量のわだちの跡を感じる。もう多くの人たちは脱出済みなんだろう。

 でも逃げられるのは裕福な商人くらい。普通の人は、今も街に留まっている。


 出入り口の門は空いており、僕らは軽く挨拶をした程度で中に入れてくれた。

 最前線としては何とも呑気だ。ここが占領されることは無いと見ているのか、そもそも抵抗なんて無駄だと考えているのか、それは分からなかった。





 ――酷いな。というのが、中に入った僕の第一印象だった。

 カレッサの町も酷かったけど、こちらの歪みも相当だ。僕の感覚だと、もう色もはっきりとしない。微妙なモノトーンの世界。そして跋扈ばっこする見えない生き物達。

 商店はどれも閉められ、入り口には板が打ち付けられている。

 まあ無駄だろうけど、最後の抵抗だね。

 そんな町中を、馬車はゆっくりと――だけど迷うことなく、大きなお屋敷へと入って行った。


 僕らがいたお屋敷とは違って、塀も無ければもちろん掘も無い。というかあそこはやっぱり城塞だよ。

 ここは大きなホテルの用な感じだろうか?

 馬車を留めるうまやがあって、そこから外を介さずにお屋敷の中に入っていく。

 何人もこちらを見ていたし兵士もいたけど、僕らを止めるものはいない。完全スルー。


 中はロビーになっていて、受付のカウンターもある。やっぱり本で読んだホテルって所だね。

 上に昇る階段もあって、外から見る限り木造の2階建てだ。


「これはサンライフォン男爵のご令嬢様。こんな所にどのような御用で? あー、いや、世間話などしていても仕方ありませんな。とりあえずお帰り下さい。いやいや、お戻りですかな。言うまでもなく、センドルベント侯爵領にではありませんぞ。今来た方向に、そのままお帰り下さい」


 こちらに口をさしはさむ暇を与えず一気に言い切った男。

 薄い髪。左右に伸びた白い立派な髭。かなりの高齢に見える。

 鎧は着ていないけど、シャツの胸元と左肩には上下に赤い線の入った三本角の獣トライコーンの紋章が付いている。

 もう予習はしてある。これはアルフィナ様のお父様が治めるコンブライン男爵家のマーク。

 そしてこれは同時に階級章だ。

 上下赤線だと偉さの順番はどうだっけ? さすがに全部は覚えていないけど、結構上だと思ったよ。

 少し小太りだけど、あまりだらしの無さは感じない。制服も綺麗なものだ。


「お久しぶりでございますわ、バーグモンド殿。ですが、わたくしこれからセンドルベント侯爵領に行かなければなりませんの」


 その言葉を受け、小太りの男の視線が変わる。今まで年相応の子供に向けていた目が、一瞬にして大人を相手にするものとなる。


「東方出口のすぐ外には、彼らの部隊が駐屯しております。それはもう、目と鼻の先ですな。だが攻めては来ない。理由は言うまでもないでしょう。アルフィナ様が向かわれたからです。その点、とっくにお分かりかと存じておりましたが」


「ええ。彼らが欲しいのはアルフィナであって、内乱首謀者の汚名ではないもの。でもそのリスクを犯したうえで、ここまでやらかした」


「それが分かっているのであれば、後は成り行きを見守るしかないでしょうな。先ほど申し上げたように、彼らはこれ以上進軍しないし戦乱も起こさない。ただそれも刺激しなければです。ここまでして邪魔されました、達成できませんでしたとなれば……」


 ――素直に自害して果てるか、現在の王家を打倒するかだろうな。そして前者を選ぶことは無いか。でもさ――、


「わたくし一人が行く位は問題ないでしょう。そもそも、わたしくの実家は向こうにあるのですよ」


「そうあって欲しいですな。いや普段であればそれが当然。むしろサンライフォン男爵のご令嬢が向こうに行った方があちらは安心するでしょうし、またこちらに留まって頂いて、何かあっても困ります」


 そこまで言うと、髭を撫でながら思案するように目を伏せる。あれは癖なんだろうか。


「いや、これは私も勘違いでしたかな。まあ確かに、幾らお友達とはいえ貴方の実家は向こうにある。今更アルフィナ様を連れ戻し、余計な火種を撒く事も無いでしょう。一応、向こうは東側に陣を張っています。まだ明るいですからな。東門から見るのがよろしいでしょう」


 そう言うと、近くにいた兵士に食事の用意をするように指示する。「大食いだから大量にな」と、本人の前で堂々と言う点はさすがだ。

 でもそこまで知っているのなら、メアーズ様、メアーズお嬢様……そんな呼び方でもいいはずだ。

 だけど公称であるサンライフォン男爵のご令嬢と繰り返した。仲が良いのか悪いのか、それとも単に風習なのか、身分の差はどのくらいなのか……この辺りの関係性は、もっと貴族社会なんかを知らないと分からないか。


「ではわたくし達は、先に東門へ行きましょう」


 そう言って、メアーズ様は僕を懐に入れたまま厩舎へと戻っていった。

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