出立
エリクセンさんの体がはらはらと消え、僕はコッソリと服の中に隠れる。
バレなかっただろうか?
正直に言えば、僕の正体は明かしても良かったような気もする。だけどこれはやっぱり最終手段だ。なぜかは分からないけど――いや、分からないからこそ隠せる限りは隠した方が良い。そんな気がしたんだ。
「さてと……テンタ、いるんでしょ?」
早速お呼びだ。当然だね、僕が連れて行くように言ったのだから。
床にとっ散らかっている下着の山からモソモソと這い出してメアーズ様の元へ行く。
――と、すぐさまむんずと掴んで顔の近くへと持っていくと、じーとこちらを見つめるお嬢様。
え、ばれた? ばれてる? 何かミスした?
という心配をよそに、クンクンと匂いを嗅ぐ。
うわ、なんかくすぐったい!
「やっぱり普通の変な生き物よね。まあ、ある程度とはいえ人間の言葉を理解しているとは聞いているし、やっぱり魔法的な生き物か何か……」
僕を握りしめたまま、難しい顔をして考えている。
でもそれもすぐに終わり――、
「じゃあ、早速支度していくわよ」
そう言いながら身支度を始める。それは良いけど、服はどうするの?
とはいえ、そんな心配は無用だった。
メアーズ様は大雨も気にせず離れへと行くと、そのままアルフィナ様の外出着に着替えてしまった。
確かに身長は数センチ差。それに体系も似たようなものだ。
ただちょっとだけ、メアーズ様の方が太いらしい。特に気にする程の事は無いけど、懐に僕が入るといつもよりも密着度が強い。
更に革製の雨避けを兼ねた
立ち昇る甘い香りにのぼせてしまいそうだ。
「さてと……テンタを通じてどこまで理解しているかは分からないけど、一応状況を説明するわ」
そう言って、アルフィナ様の私室にあった地図を広げる。近隣のものだ。
本当なら、僕はもっと早いうちに見つけて目を通しておくべきものだった。これは反省だなー。
「ここからほぼ南にランザノッサの町があるから、先ずはそこで1日泊まるわ。馬車で行くから、夕方前には着くわね」
地図で見る限り隣町。今はもう昼過ぎで夕方前に着くと考えると、そんなに遠くは無い。多分距離は大体20キロくらいかな。
街道沿いの町と町の感覚は、森や山、大きな川とかが無い限り大体決まっている。
畑仕事などで移動に2時間、往復なら4時間。それが大体町の圏内になる。
移動にそれ以上かけるのは効率が悪いから、そこから先は大きな耕地が無い限り村が点在するんだ。
だけどこの辺りは平地で、それも王都へ続く街道の一つ。中途半端な村は滅多になく、大体同じような間隔で町があると考えて良いね。
王都近辺はもっと豊かだから、町が密集して巨大都市を形成していたりもするんだ。
昔は
それはさておき、馬車は農民の移動速度よりも早いから隣町なんてすぐにつく。
ただ問題はその先だ。
「今日中にアレクトロスまで行く事も出来るけど、状況が状況ですものね。手続きを色々と踏む事になるわ。時間はかかるけど、その点は納得してもらうわよ」
――してもらうわよというより、その手はするしかない。
アレクトロス……地図で見る限り、ランザノッサの隣。互いの領土の境界にある町だ。
こちらが男爵領で相手が侯爵領。当然ながら、境界出入口は向こうの管轄となる。力関係の問題だね。
ただ威嚇とはいえ侵攻しているという事は、ランザノッサの町近くまで敵兵が来ている可能性が高いわけだ。
規模や実情が不明な以上、やっぱり今日はランザノッサで泊まるのがベストだろうと僕も思う。
「では行きますわよ」
ここまでも早かったかけど、ここからもメアーズ様は早かった。
母屋に戻って最初から用意してあった革のバッグ2つを掴むと、そのまま四方の壁――というよりそこにある兵舎に行く。
「これはサンライフォン男爵のご令嬢様。このようなところに何か御用で?」
当然の様にそこにいた兵士に声を掛けられるが――、
「緊急で出かけますわ。馬車を使います。目的地はセンドルベント侯爵領ですの。もし誰かが訪ねて来たら、そう伝えてくださいな」
そう言うと、なかなかに豪華な装飾の付いた2頭立ての馬車にバッグ二つをポイポイと放り込むと、ついでに兵舎にあった塩漬け肉と塩漬け野菜の箱も放り込む。
周りの兵士達が唖然とする中、自分で御者をしてさっさと出立してしまった。
行動力にも驚いたけど、考えてみれば彼女の世話をする従者や配下といった人間はいなかった。
精々がミリーちゃんくらいだろうか? でも彼女も専業という訳ではない。
そういえば領地自体はもうないんだった。雇えるような人間もいないのだろうか?
まあそもそも家族は侯爵領にいる様だけど、そういった点も色々あるんだろうなとは思う。
だけど今大事な事は、とにかくアルフィナ様の安否だった。
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