王族というモノ

「こうして二人が支度を済ませて出かけたのが8月11日。粘るだけは粘ったけど、これ以上は引き延ばせなかったわ。さて、気は済んだ? だったら次はこちらの質問に答えてもらうわよ。貴方の所属。それと、呼ぶ名前があるのなら教えて頂戴」


「今は……何日何ですか?」


「まだ質問? ……いいわ、9月13日よ」


 8月は31日まである。それを考えれば33日間。今までの話の内容から考えれば、数日あればやり取りできる距離で30日以上も間が開いてしまっている。

 今から動いてどうあるのか……強い焦り……それよりもなお激しい絶望に押しつぶされそうになる。


「さて、今度こそ答えてもらうわよ。今更無所属・無関係なんて言わせないわ」


 それはもう、言われるまでもない。

 旗色をハッキリさせなきゃいけないのは分かる。確かに今は前よりはましだ。人間の姿になれるし、そうなれば走る事だって可能だ。


 でも地理は? 土地勘が無いどころじゃない。町から町へ移動するための鑑札も無い。

 誰にも見つからないように、大きく迂回するのか? 森や林の中を? 山や川を越えて? 地図もなしに?

 ――不可能だ。


 それにそんな所を移動して、一体どうなるっていうんだ。物事をはき違えるな。安全に何処かへ行くんじゃない。アルフィナ様を助けに行くんだ。


 今ならバステルの言った意味がよく分かる。

 僕はこれから決めなくちゃいけない、中途半端に逃げることは、もう許されない。

 もし失敗したら――きっと思うだろう『これが結局は僕の運命だったんだろう』って。

 だけど現実は違う。もっと彼女の事――立場や権力の事を知っていれば? 近辺の地理くらい調べていれば? もっと政治に詳しかったら? きっと、一番正しい選択が出来たはずなんだ。運命なんて勘に頼らずに!


「沈黙は美徳ではないわ」


 2階に来た時、壁に立てかけてあった両手剣を掴む。外へ援軍を呼びに行く様子は無い。

 もうこの状況なら、自力で対処できるって事なんだろう。

 今はもう、やるしかない。出来る限りの、ここまで覚えた全てを使って。


「――な!?」


 メアーズの目の前で、動けなかったはずの男が忽然と消えた。まるで掻き消すように、服だけを残し!

 だが驚きはしても、慌ても焦りもしなかった。剣を両手に構え、即座に周囲を警戒する。

 魔法、魔道具、神の祝福や呪い、魔物の能力……この程度の芸当、出来る者は多い。

 この世界では、そういったものは普通にあるのだ。当然、対処法もそれなりにはある――だが、起きたことは完全に予定外だった。


 目の前に、再び全裸の男が忽然と現れる。

 股間が丁度、椅子の背もたれの影になっているのは意図したものか、はたまた偶然か。

 だがそんな事は関係ない。

 美しく輝く白金プラチナの髪。白銀ではなく、滑らかで、そして流れるような金属の質感。そして深い紺色の瞳。明るい今なら見える。それは単なる瞳ではなく、更なる深淵の奥に銀河のような輝きが見える。


 意図せず、片膝をついてこうべを垂れてしまった。相手が敵であれば、致命的な行動だ。

 だが止められなかった。アルフィナも堂々たる姿を取れば王家の風貌を隠せない。だが目の前にいるそれは、そんな次元ではなかった。


 もう体は自由に動く。先ほどの反応は何らかの能力による強制ではなく、こちら側の条件反射のようなもの。

 だからこそ、その素性に間違いはない。これは純血種。人でありながら人とは違うもの。間違いなく王族だ。


 もはやこの国の王族は、老いた現王、幼き姫、それにアルフィナだけと思っていた。

 それは自分だけでなく、全ての国民がそう思っている。

 しかしまだ存在していた。これは間違いなく強力なカード。ではあるが、それは貴族とはいえ下級。それも後ろ盾のない11歳の小娘には強すぎる。

 まるで太陽をその手で掴もうとするかのような愚かさだ。


 普通の考えであれば、ここは素直に手を引くべきだ。

 だがもうこの時点で、メアーズの心は決まっていた。

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