第39話 お買い物

「まあいいわ、今日は不足した材料を買いに来たの。ええと――」


 そう言ってミリーちゃんは注文を始めたのだけども、


「カルソッサ2とオオボエ11、ラントニシマシにサンテ60、テモンを振ってねドシモシで。それに先日頼んだカカリエボの12年物は出ている?」


「8年物までしか入荷できなかったが、代わりにラッシーの緑鉱がある。テテンポでいいか?」


「テテテンポで。それに翡翠晶と火焔粉をモットしてランジもマシマシでね。それと――」


 ……なんか暗号が始まったよ。何を言っているのか意味が分からない。

 店員は当たり前のように理解しているらしく、棚から棚を行き来しては壺やら箱やらを取り出して奥へ運んでいく

 まあこれが仕事なのだから当たり前なんだろうけど、手際がすごい。


 生前、僕は町に出てどっかの商家で働いたりできるかも……なんて考えた事があるけど、現実は厳しそうだなー。


 そうこうしていると奥から梱包された商品が運ばれてくる。

 木箱が4つに紙を巻いた束が3つ。それに葉の付いたままの短い枝が2本。どれがどれなのかは当然まるで分からない。


「ほいよ、アンバッカサの20あたま無し」


 更にそう言って出てきたのは冷凍の巨大魚だった。

 正しくは頭が無く、前には2本の両生類のような足が生えている。ただそれ以外が銀色の鱗を持つ普通の魚だ。因みに頭は切り落としてあるわけではなく、本当に最初からないように見えた。

 大きさは1メート20くらいかな? ミリーちゃんに比べて15センチくらいしか差がないぞ。他の荷物もあるのに、これどうするつもりなんだ?


 そんな僕の驚きは、更に驚愕へと変わる。もそもそと懐に入れた手が、僕の目の前でユラユラと動く。そしてグッと何かを掴もうとする仕草をした途端、本当に同時に、ジャラリという音と共に布の袋が現れたんだ。


「ええとお代は……」


 ミリーちゃんは懐から引っ張り出した布の口を開けてジャラジャラと硬貨を数え始めたけど、僕にとってはそれどころじゃない。

 今何をしたの? どこから出したの? ずっと内側に入っていたけれど、そこに袋なんて入っていなかったよ?


 興奮して思わず懐から外に出てしまう。

 匂いを確認するけど、ミリーちゃんの甘い肌の香りとズタ袋のネズミのような匂い、それに中に入っている金属の香りしかしない。


「ちょっと、大人しくしていなさいって言ったでしょ?」


 むんずと掴まれ懐に戻される。いやちょっと待って。もうちょっと確認させて!


「ちょい待ちな。それ、触手じゃないのかい?」


 パロックと呼ばれたじいさんが、じっとこちらを見つめている。


「触手?」


「ああ、触手じゃな。ちょいと見せてみな」


 あ、なんか嫌。でも容赦なく、ミリーちゃんは僕を掴んでじいさんに渡す。

 うん、気持ち良くない。カサカサの肌。それに嫌な臭い。僕の生命力が吸い取られていくような、そんな不快感もある。

 多分これは本能だ。男を触らないようにと、心が警鐘を鳴らしているんだと思う。


「ふーむ、しかし触手にしては変か。ちと短いのう」


「長いとか短いとかって話でもないでしょう。触手ってのは生物の一部……というより一機関ね。目だの手だのが独立して活動しないように、触手単体の生き物も存在しないって」


「では何だと思っておるんじゃ?」


「そうねえ――」


 そういって再び取り返す。助かった。


「粘菌の一種じゃないかと見ているようね」


 またキノコか。いや、ちょっと違うのかな?


「ただ何かを食べている様子は無いし、高度に魔法的な生き物の可能性はあるね」


 高度な生き物!? 知って驚く意外な事実だよ。まあ、今更村人ですとは通用しないけどね。

 ただ“高度な”って言われるとちょっと恥ずかしくなる。まあ別に優秀なって意味は無いと思うけどね。この二つの意味は近いようで遠いからなぁ……。


「危険が無ければ良いがの。行くんじゃろ、オルトミオン」


「当然よ。その為の工房だし……必ず完成させて見せるわ。まだまだひよっことはいえ、錬金術師だものね」


 へー、錬金術師かー。するとあれは錬金工房なのだなー。

 元々普通の工房ではないとは思っていたから驚きはしなかった。驚くほどの知識がなかったともいう。

 あそこで何を作っているのかは分からないけど、それがミリーちゃんの将来に関わっているんだろうな。


「とりあえず全部袋に詰めて帰るわ」


「入りきるのかね?」


「これでも新しく作ったやつでね。前とは段違いよ」


 そう言いながら小さな袋にポイポイと物を入れていく。そして遂には、身長ほどもある大きな魚を詰め込んだ。

 欲しい! これ本気で欲しい! どうやるの? 買えるの? どう考えても今最優先だよ。


「さすがに錬金術師アルケミスト便利なもんだ。わしら商人にも使えりゃいいんだがな」


「そこはそれ、修練の賜物ですよ」


 あ、なんかがっかりした。

 そりゃそうか……普通に使える物なら、まず商人が使うよ。それに荷馬車や荷車、それに袋や木箱、樽なんかを作っている所も廃業だね。

 普通に世界の流通が変わってしまう代物だ。


 それに僕の村でも、こんなものを持っている人はいなかった。それなりに秘匿技術。習得自体も難しいだろうと思う。

 実際村にいた頃、毎日の水運びは重労働だった。僕だけが例外ではなく、何処もそんなものだろう。

 もし4~5年で習得できるようなものなら、世界中で必須技能になっているだろうね。


 だけど未来の可能性が一つ見えた。

 文字、計算、社会に地理。学ばなければいけない事は山ほどあるけど、その中の一つに錬金術師アルケミストが加わった事は間違いない。


 決して簡単であるはずがないとはいえ、ミリーちゃんが出来るんだ。それも工房を継いだのは7歳前後の頃か? その時から出来ていた可能性は高い。

 どれほど難しくても裏がある。この時、僕はそう確信したんだ。

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