第37話 町へとおでかけ

 噂をすれば影ともいうけど、いきなり僕を持ち上げたのはミリーちゃんだった。

 薄緑のショートボブに、銀の眼鏡の奥に見える知的な緑の瞳。

 今日は普通のグレーのシャツに濃い緑のショートパンツ。シャツの丈が少し長いので、傍目はためには下は履いていないように見えるね。ちょっと扇情的な感じもするけど、本人は気にしていない様だ。

 掴んだ腕からは確かな若さを感じる。正確に測れるわけではないけれども、アルフィナ様とそんなに変わる感じはしない。


 身長は135か136。少し低いけど、お嬢様に年が近いと考えれば不思議じゃない。

 どちらかといえば、そんな学校にも行っていないはずの子が、見習いとはいえワーズ・オルトミオンと呼ばれる事に驚きだよ。


「ご主人様の所に行かなくて良いのかなー?」


 そう言って下を持ってぷらんぷらんと振る。まるで振り子の様だ。

 まあ、アルフィナ様の位置はなんとなく把握している。今はこの子の工房だ。

 基本的にアルフィナ様はいつも工房に入り浸り。透視までは出来ないので詳しくは分からないけど、よく専門的な話と笑い声が聞こえてくる。

 当たり前だけど、学問に関しては僕よりずっと先に進んでいるんだ。早く追いかけたいけど……問題が山積みすぎる。

 何とか協力者を見つけたいけど、やっぱりこの子も難しそうだな。


「これから町へ行くんだけど、付いてくるかね、テンタ君」


 相変わらずプラプラしながら訪ねてくる。というか町!?

 行きたい! ぜひ行きたい!

 短いながらも全力で巻きつく。


「そうか、行きたいかー。なら大人しくしているんだよ」


 そういってアルフィナ様と同じように懐に入れる。

 平らな胸部と少しポッコリとしたお腹。少し前のアルフィナ様を、もうちょっと細くした感じ。

 全体的に肉が薄くてかたいけど、温かさはこっちの方が上かもしれない。

 なんというか、ここは落ち着くなあ……。


「それにしても聞いていた通りだ。君は人の言葉をある程度理解しているね」


 ちょっとドキッとして固まってしまう。

 考えてみれば、少し不味かったかもしれない。

 今までは基本的にアルフィナ様と二人っきり。たまにシルベさんが睨んでいたことはあったけど、僕からはあまり近づかなかった。だから全く気にならなかったけど、人語を正確に理解する動物は少し厄介だと思う。最悪の場合、魔物と疑われてもおかしくはない。


「どこまでわかるのか、今度是非とも実験したいね」


 にひひと歯を見せて笑う。結構気さくだけど、ちょっと怪しい所があるぞ。マッドサイエンティストだっけ? 危ない研究者。その資質が十分にありそうな気がする。

 影響したのかされたのか、ちょっとアルフィナ様にもそんな所があった。これは警戒しておいた方が良いかもしれないな。





 屋敷の入り口の門を、手をひらひらしただけで素通りする。やっぱり顔パスって感じだな。

 3人の中では、あまり貴族って感じはしない。だけどワーズ・カル・オルトミオン――オルトミオンに属する見習いの何かだ。元の身分が貴族ではない保証はないな。

 ん? というか、魔法使いの鑑札であるスカーフを付けていないぞ。

 まあ義務ではないけどね……。


 外は来た時にも通ったけど、大きな石畳にコンクリ補強と立派なものだ。

 建物も石とモルタル造りで、2階建てどころか3階建てもある。

 それに何より露店が多い。町ってどこもこんなものなのだろうか? 始めて来たからよく分からない。


「ちょっと、あんまり興奮して動かないで」


 服の上からムギュっと捕まえられる。よく見ると顔が少し赤い。ちょっとはしゃぎすぎちゃったのだろうか。ここは大人しくしていよう。


「静かになったね、よろしい。ここはカレッサの町だよ。南に行けば港町や村がある。まあ、北の王都へ続く枝道の一本の上にある町だよ」


 へーそんなに南方だったのか。とはいっても、僕の感覚器官に潮の香りは感じられない。単に向かえば有るってだけの話で、実際には遠いんだろう。


 そして王都へ続く枝道……つまり、北の方へ向かえば王都があるって事か。実際何日かかるかは分からないけどね。


「ここもかつては交易が盛んだったんだよ。知っているかね? 海から来た亜人達の事を」


 全然知らない……ただでさえ世間知らずの村人だったのに、その後は豚人間オークの背中に生えた触手。ようやく解放されてからの4年はアルフィナ様とあのお屋敷暮らしだ。

 改めて考えてみると、世間知らずにもほどがあるだろう。

 ねだるように顔の前で頭を振ってみる。

 理解してくれたのかは分からないけど、歩きながらミリーちゃんは話し始めた。

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