世の中を知ろう

 こうして十数日が経った。

 スケジュールは大抵一緒。たまに中庭に行くときは僕も付いていった。だけどべったりじゃない。木の根元や屋敷の壁沿い、テーブルの下など、あっちこっちを散策する。


「案外、落ち着きがないのですわね」


「小動物なんてあんなものよ。むしろ大人しい方なんじゃない? 羽も無ければ足も無いしね」


「んー、それでもあんなに動くテンタは珍しいわ。今までは、何があっても離れようとしなかったもの」


 そりゃね。アルフィナ様にくっついている時が一番幸せだったからね。それは今でもそうさ。こうしてふらふらしている時間がもったいない。ギュってされて、あの柔らかい胸元に収まりたい。そう思うのは仕方が無いだろう。でもそれじゃダメなんだ。


 あちこちをうろつきながら、周囲の地形を観察する。

 ここを見張っている兵士達の動きや会話に注意する。

 そうやって、世の中をつぶさに観察するんだ。

 改めて、今までの無駄に過ごしてきた時間がいかに無駄だったのかを痛感する。


「それで、 ベルトウッド様はまだ戻られないのか?」

「詳しい事はわからんが、王都からの呼び出しとなればそう簡単には戻らないだろう。最低でも1か月……いや、2か月か」

「それなんだが、センドルベント侯爵領に向かったって聞いたぞ? 王都へ行ったってのはガセらしい」

「そりゃ本当かよ」


 今日も衛兵たちはおしゃべりだ。

 まあ、暇なんだろうけどね。気持ちは分かるよ。

 ベルトウッド様……正しくはベルトウッド・コンブライン男爵様。アルフィナ様のお父上にしてこの地域の領主。

 だけど、現実に目を向ければそれは違うのだろうと思う。

 お母様であったマーリア様は実母だろうと思う。それは僕の感覚危険がそうだと告げている。

 だけど父親は違う……それもまた、僕の本能が告げていた。


 さてそれはさておき、他に名前の出ていた貴族様……センドルベント侯爵って名前は僕にとっては物凄く馴染み深い。

 だって、そこは僕が住んでいたレーヴォ村を含むアーケルト地方を治める領主様の名前だ。

 国全体で見れば右の端。東と南を海に囲まれた、大陸としても端っこだ。


 ただ僕の住んでいたレーヴォ村は、侯爵領全体としては西の端。山の麓にある。

 そんな訳で、村から出た事の無い僕はまだ海を見た事なんてないよ。

 名前が出たって事は近いのかな? いやいや、でも王都の名前も出たけど、こっちは相当に遠い。どっかに地図でもあればいいんだけど、そう簡単に手に入るものではないからね。


 他にも色々と情報は手に入った。

 情報源はやっぱり兵士達。人間の口を一番軽くするのは退屈だと聞いたことがあるけど、案外間違っていないのかもしれない。


「そんで、アルフィナ様は見たのかよ」

「馬鹿言ってんじゃねえよ。俺にだって家族がいるんだ」

「違いねぇ……でも詳しい事は誰も知らねえんだろ? なんで見ちゃいけないんだ?」

「関わるな、干渉するな。それが命令だ。もう何人が川に浮かんだ? 家と共に焼けた? 行方知れずになった? もう逆らおうなんて酔狂な奴はいねぇよ。お前も好奇心には負けない事だ」

「へいへい」


 正直、アルフィナ様に関してはあまり良い噂は無い。だけど、それはアルフィナ様がどうこうという訳ではなく、何らかの緘口令かんこうれいによるものっぽい。まあ、どうも実行力を伴うらしいので、兵士達も関わらないようにしている様だ。


「でもなんであの連中は構わないんだ?」

「女だからだろ。まあ詳しい事は知らんがね」

「土地なしの男爵令嬢にワーズ・カル・オルトミオンか。そういや、あのなんかおっかねえ侍女を見ねえな。どっか行ったのか?」

「さあね。まあ男爵様へ連絡じゃねえか? 案外、あっちの方かもしれんがな」

「へっへ、違いねぇ」


 土地なしの男爵令嬢かー。あの朱色の髪の女の子だよね。どうやら、ちょっと特殊な境遇らしい。

 まあそうでもなければ、男爵様のご令嬢が同じ屋敷にいる事はあんまりないだろう。ここが避暑地とかでない限りね。


 土地なしなのだから、親が土地を失った。それは説明する必要は無いだろうと思う。

 考えられる可能性は二つ。一つは、国王陛下のご不興を買って所領が没収された場合だ。

 この場合、普通なら即お取り潰し。よくて国外追放、普通は処刑。娘さんはどうなんだろう? お嬢様と同じ11歳くらいと考えると、多分処刑は無い。でも殺されないだけだ。


 国外追放でなければ、身柄は国王預かりとなる。その後に何処かの貴族や大商人の愛人として下賜される事になるって聞いた。

 あまりにも器量が悪けりゃ娼館送りとか聞いたけど、そこがどんな場所なのかは詳しくは知らないよ。

 でも意味は知っている。決して幸せには慣れない場所なんだ。


 まあその場合、家族や親族は全員軟禁されているはず。

 だけどその様子はない。つまりは違うって事だね。

 となればもう一つ。土地を誰かにとられた場合だ。

 他国から侵略された場合。亜人なんかの知恵を持つ魔物に奪われた場合。まあどちらかだよ。


 ただもう一つだけ、同じ国の中での取り合いに負けた場合も考えられる。

 普通は無いし、王が許可を出す事もない。となれば内乱って事になるけど、そうでもない場合もある。政治って複雑だからね。同じ国の中でも常に安全とは限らないのさ。世界は弱肉強食だからね。

 まあ、詳しい事はじきに分かって来ると思う。


 もう一人のおっかねえ侍女ってのはシルベさんだね。

 正直そうは見えないけど、やっぱりあの加齢臭をみんな感じ取っているんだろうか?

 なのにあの若い外見だ。確かに怖いね。


 となると、ワーズ・カル・オルトミオン。これはミリーちゃんだね。

 ワーズの後ろは職名だ。そしてカルは見習いって意味があるよ。だからワーズ・カル・オルトミオンはオルトミオンの職員の見習いか候補生ってところかな。

 でもあの若さで? 案外、あの子も見た目通りじゃないのかもしれないな。


「ありゃ、こんな所をうろついているよ」


 噂をすれば影。いきなり僕を持ち上げたのはミリーちゃんだった。

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