これからの為に 前編

 いつの間にか、朝になっていた。どうやら寝てしまったようだ。

 2度寝するなんて珍しい。この体になってからは初めてじゃないかな?


「今日は良い朝よ、テンタ」


 そう言いながら、懐に入れた僕の先端を撫でる。

 ああ……やっぱり気持ちいいなぁ……。

 お嬢様の様子に時に変わった点は無い、いつも通りだ。


「おはようございます、アルフィナ様」


 廊下にベルが鳴ると同時に、ミリーがバスケットを持って入って来る

 家主の返事を待たない点が、関係の強さを物語って……って事も無いか。

 あの子が焼けてしまったお屋敷に来た事は無いし、アルフィナ様もいつもこちらに着た事はほとんどないはずだ。これはあの子の性格的な物だろう。


「もう……アルフィナで良いのに。今は他に誰もいないでしょ?」


「いつどこに仕掛けがあるかもわかりませんよ」


「お父様は……そういった事はしないわ。多分だけどね」


 少し寂しそうな、それでいて少し清々しい様な、そんな言葉だった。


 彼女の持って来たバスケットの中身は大きなパンにチーズにハム、それにハム、そしてハム、更にハム。おまけに果物と野菜がごろごろと。


「自分で切れる?」


 そう言いながら、最後に銀のナイフを手渡した。

 うん、まだ関係を掴み切れない所があるけど、少なくとも敵では無い……というより良い感じの雰囲気が伝わってくる。


「もちろん」


 そういって受け取ったアルフィナ様は、早速真っ赤な果実を剥き始めた。

 ラモズの実といって、今の時期に採れる一般的な果実だね。

 まあ元々器用だし、色々な実験もしていたからね。ナイフ程度お手のものさ。


「あら、もう来ていたのね」


 そんなやり取りをしていると、朱色髪の女の子がやってくる。

 昨日とは違う、セーラーカラーの付いたビキニに左右の太腿モロ出しの膝上スカート。

 貴族様が肌を出すのはマナーだと聞くけど、寒く無いのかな。


 というか、担いでいるバスケットに入っているのは焼いた羊のもも肉か?

 僕ならあれ一本で2週間は贅沢できるけど……。


「そんな事もあるかと思って朝食を持ってきましたわ。足りないかもと思いましたけど、ミリーも持ってきていましたのね」


 やっぱりそれ朝食かい。

 貴族は僕達平民の何倍も食費がかかると聞いたことがある。それだけ贅沢しているんだと村のみんなは言っていたが、どうやらそうじゃないのかもしれない。





 朝食も終わり、昨日のような歓談が始まった。

 いつもなら僕はアルフィナ様と一緒にいるか、昨日のようにみんなのおもちゃにされているかだ。

 それは物凄く魅惑的な事だと思う。実際、僕の本能がそうしろと訴えている。

 だけど――、


「あら、貴方のペットがうろうろしていましてよ」


「珍しいわね。テンタ―」


 アルフィナ様が呼んでいる。さすがにこれは無視できない。もそもそと足元へと這って行く。


「いつもはあんなに大人しいのに」


 ひょいと抱え上げて胸元で抱く……幸せだ……。

 いやいや、それに甘えてばかりもいられない。


「環境が変わったのだし、警戒しているのかもしれないわね」


「確かにそんな事を聞いたことがあるけど、テンタは今までずっと一緒にいたのよ?」


 そう、食事の時もお出かけの時も、体を洗う時も寝る時も、常に僕はアルフィナ様と共にあった。

 それは間違っていないと思う。でもこれからは、それだけじゃだめだと思うんだ。


 モソモソ動き、ぼてっと床に落ちる。


「あら、また」


「よろしいのではなくて? あまり早く動けるようでも無いですし、遠出もしないでしょう。呼べば来るようですしね」


「そうね……たまには探検もさせてあげましょう」



 テンタの感覚では、アルフィナの顔はぐるぐると歪んで分からない。

 だけどこの時、ちょっと嬉しいような、それでいて寂しいような、そんな視線をアルフィナはテンタへと向けていたのだった。

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