第31話 おもちゃ

 食事中にしていたのは、他愛のないおしゃべりばかりだった。主に客人2人が中心になっての町の話。

 市場の話を中心に、そこで売られている様々な書物の話で盛り上がった。どうやらその点が3人の共通項の様に感じた。

 でもそれが終わると、そこからは深刻な表情に変わる。


「それで、何がありましたの?」


「そうね、最初から話すわ……」


 こうしてアルフィナ様は、シルベさんに話したのと同じ内容の話をした。

 もちろん、エリクセンさんの事を伏せた点も同様だ。この件はまだまだ秘匿にするらしい。


「少し妙な話ね。貴方の呪いが薄くなっているのかしら? 正直そんな事は有り得ないと思うけど」


「わたくしはその点詳しくはありませんけど、実際どうですの?」


 納得いかないといった眼鏡の少女――ミリーちゃんに対し、朱色髪の少女がアルフィナ様に問う。

 とはいえ――、


「本人としてはさっぱりよ。”世界を破滅させる歪み”。自覚しろと言われてもね」


「まあね……でも現実は現実。事実は事実。忘れてはいけない事よ」


 空になったアルフィナ様のティーカップに紅茶を注ぎながらミリーちゃんが答える。

 先ほどは朱色髪の子の方にも注いでいた。二人とは、やっぱり少し身分に差を感じるな。


「詳細は運命学なり神聖術なりの専門家に確かめてもらうしかありませんが、今のわたくしの立場ではね」


 それに対して、こっちの朱色髪の子も男爵令嬢らしい。ちゃんと様を付けないとね……ってそうじゃない。貴族様のご息女といったら、普通は深窓のご令嬢。領地を離れるなんてないはずだよ。

 最初の紹介だと、ここはアルフィナ様のお父様が納める地。そこにいるって事は、何か理由があるんだろう。

 それにしても”世界を破滅させる歪み”か……今一つ意味はわからないけど、兵士達の様子の一端は理解した。

 怖い――まあ、そんなことを言われれば恐れるのも無理はない。


 そう考えてふと思う……言うだろうか? そんな事を家臣に。

 誰かが口を滑らせてそんな噂が立った……アルフィナ様がいる時、とんでもない事件が頻発した……どちらも考えられる。

 まだまだ調べなきゃいけない事は山盛りだ。


「その点は コンブライン男爵閣下がすぐに動くだろうさ。でだ、それは何?」


 眼鏡の少女が指をさす。その先にいる存在は、アルフィナ様の胸元から頭を出している僕であった。


 ――え、僕!?


「テンタよ。いつか話したでしょう?」


「それが? いや待って――ええとね」


 眼鏡の少女が額に指をあて、目を瞑りながら考える。


「――たしか小動物って言っていたわよね?」


 確かに僕は小動物と呼んでよさげだろう。長さも30センチくらいしかないしね。


「小動物というよりも……うーん」


「キノコの一種かしらね?」


 ――違います。

 というか、そんなに菌類に見えるんだろうか?


「普通の動物よ。種類までは分からないけれどね」


「魔物では無いのかしら?」


 朱色髪の少女が無造作にぎゅっと握る。

 アルフィナ様と違い、ちょっと力強く遠慮ない握り方。思わず変な声が出そうになる。

 ……出ないけど。


「今まで危険性は? 毒を吐いたり、どこかが開いて牙が出てきたりとかは?」


 眼鏡の少女の細い指で先端をぷにぷにと突かれる。

 心の底から湧き上がる、味わったことの無い高揚感。まるで宙に浮いている様な気さえする。

 なんだか甘い味まで感じる。これが楽園というのだろうか……。


「大丈夫よ。ずっと一緒に暮らしていたんだもの。テンタは人に害を成したりはしないわ」


 ぽややーとしていた気持ちが、アルフィナ様の言葉で正気に戻る。それと同時に、思わず胸が熱くなった。

 そうだよ、ここまでずっと一緒に生きて来たんだ。その信用を裏切るような真似はしないよ。


「それで、それは何を食べて生きているの?」


「それはさっぱり。口は無いし、水を飲んでいる様子もないわ」


「ふぅーん……ねえ、ちょっと切ってみない?」


「まあそれも有りなんだけど……」


 ――無しです!


 メガネの子の言葉に同意しかけるアルフィナ様。思いとどまってはくれたけど、この“取り敢えず切ってみよう”って思考は怖いなー。

 たまに本気でやるかもとか思ってしまう。まあまだ子供だからね。このまま大人になっては欲しくないなー。

 ――と、僕は完全に油断していた。いや、注意していたって避けようは無かったけれど。


 ペロり。朱色髪のお嬢様が、不意打ちでいきなり僕を舐めた。

 全身を突き抜ける衝撃。だけど不快感は無い。とはいえ、これを何と表現したらいいのだろう。頭が真っ白になり体が硬直する。


「あーあ、石みたいに固まっちゃったよ」


「ちょっとメアーズ! いきなり食べようとしないで! ああ、もう、こんなに硬直しちゃって」


 慌ててアルフィナ様が僕を取り返す。だけど全く心が落ち着かない、パニックが解けず、体は硬直したままだ。


「ちょっと申し訳なかったですわ。ただちょっと、肉系なのか茸系なのか試してみたかったの」


「ほほう、それでどちらでした?」


「しいて言うなら植物の蔦的な肉ね。微妙な繊維質と青みを感じましたの。でも概ねは鳥肉の様な……」


「ふーたーりーとーもー……」


 アルフィナ様に怒られ二人がしゅんと黙る。

 どうやら反省したようだ。





「さて、そろそろ夕飯の時間ね」


 暫くの歓談の後、そう言って朱色髪の少女が立ち上がる。名前を聞いたような気がするけど、固まっていて全く頭に入らなかったよ。

 でもまあ、いつかまた機会はあるさ。

 それよりも、もうそんな時間なんだ。空を見られれば時間もはっきりするんだけど、僕に分かるのは周囲の状況だけだ。彼方の空の色までは分からない。


「じゃあ、私の工房に行きましょう」


 ミリーもそう言って立ち上がると、アルフィナ様もそれに続く。

 当然の様に僕を抱えて胸元に入れたのだけど――


「あ、工房にそれはちょっと……んー信用していない訳じゃないんだけど、動物はね」

「そうね、危険な薬物も多いし。仕方が無いわ、テンタはお留守番ね」


 ――えーと思うけど仕方が無い。

 昨日の事もあるし、アルフィナ様の心のケアを考えたら、僕より友達と一緒にいる方がずっといいはずだから。

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