【 変わりゆく世界 】
初めての町
朝日が昇り、次第に大気が暖かくなってくる。
お屋敷の火は、もう消えていた。未だに一部から煙は上がっているけれど、もう炎が噴き出したりはしていない。
石と煉瓦の外壁はあちらこちらが崩れ、もうここは使えないだろう。修理するよりも、壊して作り直した方が早そうだ。
でもこれからどうしよう。アルフィナ様は、じっと木陰にしゃがんだまま動こうとしない。だけどこのままじゃどうしようもない。
人を呼びに行くべきだろうか? だけど僕はそもそもこの近辺の地理を知らない。
それに、あれからずっと僕をぎゅっと握りしめている。正直動きたくもない。
そんな事を考えてぼんやりしていると、遠くから人が来る気配がした。
足音……匂い……うん、いつも感じている加齢臭。この人、一体どこに行っていたんだ?
そもそも味方なのか? ちょっと警戒してしまうが――、
「シルベ!」
「お嬢様! ああ良かった。これはいったい何があったのですか?」
シルベさんにしては珍しくちょっと
駆け寄ってきて無事を確認するが、同時に近辺の様子に注目している。
まあそりゃそうだよね。お屋敷が燃えていたのは遠くからでも見えただろうけど、中庭や林にはそこかしらに死体が転がっている。
「とにかく、ここを離れましょう。町まで行けば、先ずは安全でしょう。これを――」
そう言って、シルベさんは来ていた
毛皮で作られたフード付き。なかなかの高級品だ。
でもなんだろうか、これ男ものだね。ご主人様の
「そうね、ありがとう。テンタはここに入っていてね」
そういって、僕を平らな胸元にむぎゅっと入れる。
「でも正直、来たのが貴方で良かったわ」
全くその通りだよ。僕はいつ連中の仲間が来るか気が気じゃなかった。
だけど、ちょっと意外な事に誰も来なかった。
まあ味方があんなに倒されたんだから、撤退したと考えるべきなんだろうとは思う。
でも完全に諦めたのか? そんな事はわからない。
僕らが倒した襲撃者は20人。かなりの数だ。それにどう見ても野党の類じゃない。
どう見ても完全武装。この格好でここまで来たのか? そんな事が無いのは僕でも分かる。
僕の村から廃教会までおおよそ4時間。それだけでも万が一に備えて支度して、野営道具も持って行った。鎧なんかは現地で着たし、それを入れてきた袋や食料なんかもある。襲撃者は、他にもまだいるはずなんだ。
ただ帰ったにしても、なぜ失敗したのかは報告されるだろうしなー……。
などと悩んでいる間に、シルベさんは「よっこらしょっと」ばばむさい声と共に荷物を持つと、そのままお嬢様と歩き始めた。
見たところ、食料その他の消耗品が主な内容だ。そういえば、お嬢様を見つけるまでは持っていたな。
もしかして買い出しに行っていたのかな? でも、夜通しの買い出しに出かけたのは僕の記憶には無い。
「貴方が買い物に出かけていて良かったわ。もしあのままお屋敷にいたらきっと……」
「指示してくださったお嬢様の幸運に感謝です。それにしても、本当にどんな状況だったのですか? その……もちろん落ち着いてからで構いません」
「んー……そういった事は大丈夫だけど、少し複雑な話だわ」
あれ? シルベさんがいなかったのはお嬢様の指示だったのか。じゃあ不在だったのは、やっぱりただの偶然なのかな?
まあ怪しい所があったら、僕の前にアルフィナ様が言うよね。
「昨日の夜、気が付いたら男の人に担がれていたの。手は縛られてたけど、足は大丈夫。でも逃げられなかったわ……」
木々に囲まれた道を歩きながら、アルフィナ様は昨日の出来事を話し始めた。
突然男たちに襲われた事。僕の名前を読んだけど反応がなかったこと……はい、すみません。
そして林の中を連れて行かれた事と、なぜか屋敷に戻された事。
「奇妙ですね。誘拐にしろ……えっと、その……」
「言葉を濁さなくても良いわ。分かっているもの」
「そうですね、ともあれ屋敷に戻るという選択肢がよく判りません」
僕もその点はさっぱりだ。だけど、今考えてみると、あの男たちは何かがおかしかった。
それが何かを問われてしまうと皆目見当もつかないけど、何か……そう、どこかが歪んでいた――そんな気がする。
「それでその……襲撃者たちは?」
「それなんだけど、よく覚えていないのよ。混乱してしまって。ただ誰かが助けてくれてって事は分かるの。でもその人……ううん、その人たちは夜が明けても来なくて……」
「そうでしたか。そちらの方も、街に着いたら調査を依頼しましょう」
アルフィナ様は、エリクセンさんやバステルの事は言わなかった。混乱していて分からなかったって言うのは嘘だ。僕はあの時、ハッキリと強い意志を秘めた瞳を見た。
でも確かに、バステルの方はともかくエリクセンさんに関しては言いずらいなー。
というよりなんて言えば良いんだろう? あの人が死んだことなんて、僕だって知っているんだ。その名を名乗る事……その意味を、きっとアルフィナ様は測りかねているんだと思う。
当然ながら、僕もだけどね。
というより、結構な大荷物を持ったままなのに、平然と会話しながら歩き続けるシルベさん凄いな。
もう結構歩いたよ。休憩しなくていいのだろうか?
「ふう、ようやく見えてきましたね」
「ええ。ここまでくればあと少し」
切り立った崖の向こう。僕の感覚器官では霧のように霞んだ先。そこが多分、目的の町なんだと思う。
次第に道の左右の木が少なくなり、平坦な草栄えに変わって行く。だんだん人の多い場所の出てきた証拠だ。
町はもうすぐそこなのだろう。人や馬の声が聞こえてくる。石畳を歩く蹄の音。子供達が駆ける足音。漂ってくる料理の香り。一歩ごとに、情報量は多く、そして濃くなってゆく。
「ようやく到着しましたね。お屋敷に着いたら状況の調査と、それとベルトウッド様への連絡もしなければですね」
「そうね。そういえばテンタは町に来たのは初めてかしら? ここはカレッサの町。お父様の領地よ」
――聞いたことの無い街だ。さすがに数年で町が出来たとは思えないし、思ったよりも遠くまで運ばれたんだな。
というかアルフィナ様のお父様が治める町ってことは、ここの屋敷っていうのも当然アルフィナ様のお屋敷だよな。
あっちのお屋敷がみすぼらしかったのでちょっと半信半疑だったけど、やっぱり偉い人でお金持ちなのか。
通りはかなりの賑わいだ。道路は石畳で整理され、道幅も広い。なんといっても、馬車の往来があるくらいだ。道らしい道なんて無かった僕の村とはかなりの違い。
まあ、比べるのもおかしいんだけどね。
建物はどれもレンガ製。それに石と木とモルタルの香り。家も高級建築だなー。
どの位の町なんだろうか? もう心はすっかりお上りさんだ。まさかこんな形で町に来ることになるとは思わなかった。
そんな僕たちの前に、大きな壁が迫ってくるのを感じ取っていた。
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