第22話 白金の男

 遠くに見える赤い点を見ながら、静かに部下たちの帰還を待つ。

 そろそろか……と思っていると、遠くから微かに草を踏む音が近づいて来るのが分かる。

 その足音だけで、誰なのかが判断できる。3番、5番、14番、27番……何一つ問題はない。今回も無事完了した。残るは全ての後始末を終え……いや妙だ。少しおかしい。

 その理由はすぐに分かった。戻って来たのは8名。その内、部下は7人だ。

 もう一人、気を失っている少女がいる。14番が担いできたのだ。


 馬鹿な――男は驚いた。

 命令は殺害。そして屋敷に火を放ち、痕跡を全て消す。ただそれだけの簡単な作業。

 なのに彼らの行動は命令と違う。今までこんな事は一度も無かった。


「何の真似だ?」


「これが最善かと判断いたしました」


 3番が答える。

 有り得ない――部下達に自己判断など認められていない。我等はただの武器。それは自身をも含む。

 武器に自己の考えなど不要。決めるのは持ち主の仕事だ。


 しかし――ふと考える。これはこれで良いのではないのか?


 遠くに燃え盛る炎の明かりが見える。

 そうだ……そこでこの娘を犯そう。炎に照らされる中、全員で気が狂うまで全ての穴を穢し尽くそう。


 そして腹を裂き、中身を抉り出し、皮の表裏を裏返したら再び中身を詰めるのだ。


 そう、それが良い。その方が、あの方もお喜びになる。誰が? ――ワカラナイ。


「よし、屋敷へ向かう。全員付いてこい」


「かしこまりました」


 誰一人残さず、ここまで持ってきた荷物もそのままに、暗殺者集団は屋敷へと引き返したのであった。





 ◆     □     ◆





 今までと同じように、周囲の状況が分かる。

 温度、匂い、振動。それらを駆使して、360度全周囲が見えるんだ。

 それに加えて、今は本当の目も見えるようになっている。驚きだ。

 だけどこれ、誰だ?

 僕じゃない。僕の姿は何処にもない。だけど居場所は分かる。理由は分からないけど、今僕は、突然現れたこの人と同じ場所にいる。


 輝く白金プラチナの髪。少し前髪が長い以外は普通の髪型だ。

 白い肌には一切の布を纏っていないので、よく鍛えられた全身の筋肉が一目でわかる。

 彫りの深いハンサムな顔立ちに、夜空を切り取ったかのような紺色の瞳。そして見事なほどに整った肉体。男の僕でさえ、ため息が出てしまう。

 周りを散らす火の粉すらも、まるで彼をこの世に浮き立たせるための輝きに見える。

 きっと芸術とは、こういった姿かたちの事を指すのだろう。でも、


 ――変態だ。


 時と場所を考えれば、そう考えるしかないじゃないか。


「おいおい、少年。それは無いだろう」


 少し大人の、それでいて良く通る声。それは確かに初めて聴く声だった。

 だけど分かる。声の主が。その理由は分からないけど、僕は確かに理解したんだ。


 ――エリクセン! エリクセンさんなの!?


「そうだ、少年よ。久しいな。まあ積もる話もあるだろうが、今はそれどころではないな。話したい事もたくさんあるが、そうは時間も残されてはいないようだ」


 言いながら、もうその瞬間には別の襲撃者の横に移動していた。

 あまりにも自然で、また一瞬で、その男も状況が分かっていなかったと思う。

 ぎょっとしたように目を見開いたまま、その男の首が宙を舞っていた。


「かかれ!」


 その首が落ちるよりも早く、3人の男が一斉に掛かってくる。

 前からは右手に剣を持った2人。一人は長身で、もう一人は少し手が長い。

 そして後ろからは、少し背は低いが手槍を持った男。


 ――後ろからも!


「ああ、見えているさ。俺と少年は、今一つになっているんだ」


 素人の僕の目にも分かる、洗練された流れるような動き。

 剣を打ち合う事もせず、長身の男の喉を突き、次の瞬間にはその背後にいた手の長い男の心臓も貫かれていた。

 そして後ろから迫っていた手槍の男もゆっくりと崩れ始める。

 最初に一人が持っていた剣。喉を突かれ手から離したそれを空中で掴むと、そのまま後ろに投げていたのだ。

 それは寸分たがわず、男の心臓に突き刺さっていた。


 そして全員が崩れ落ちる合図のように、最初に斬り飛ばされた男の首が、皮のボールの様に地面に落ちた。

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