第23話 敵とは

「さて、まだまだいるな」


 喉を突かれ、うつぶせになったままジタバタしている男の外套マントを引きはがす。

 紐で固定されていたが、丁寧に脱がせている余裕は無い。首に引っ掛かった紐を容赦なく首ごと斬るとそのまま腰に巻いた。


「さすがに裸でうろつくわけにもいくまいからな」


 ――いやそういう所を気にする状況なの?


 頭がついて行かない。聞きたい事は山ほどあるけど、僕の思考を強烈な笛の音が止める。

 ピイイイイィィ! ――と、それはまるで夜空を切り裂く様な高音だった。


 すぐに聞きつけたのか、それともそれぞれが視界内に入るように囲んでいたのかは分からない。だけどもう屋敷の裏にいた4人が集まってきていた。

 笛はその内の一人が吹いたものだ。人数は把握できていないけど、他にも沢山いた。あいつらが戻ってきたら大変だ!


「そりゃあ、戻って来るだろう。今の音はそのためだ」


 飄々ひょうひょうと、少し笑みさえ浮かべて平然と言ってのける。

 改めて見ると、昔想像していたよりも若い。20代前半くらいだ。口調からして、もっとおじさんかと思っていたよ。


「酷いな。まあ少年から見れば、大人は大概、おじさんかおばさんだ。さて、ここから大切な話をしよう」


 囲んでいた4人の背後から、続々と似たような装備の連中がやって来る。

 鎧に金属部品はあまり使われていない。武器は剣か斧、長くても60センチくらいとお手頃サイズ。

 それに予備だろうか、それともサバイバル用かは判断がつかないけど短いナイフ。それに数人は弓矢を持っている。


「奴等は何者だと思う?」


 ――わからないよ、そんな事。


「なら考えるんだ。改めて聞くぞ、奴らは何物だ?」


 ――え、ええと。野党? じゃないよね。


 改めて考えてみると、随分おかしい。

 燃え盛る屋敷。周囲を囲む武装した兵士達。

 盗賊の類なら、どうしてまだ残っているんだろう?


 ここまでにエリクセンさんが倒して連中は、武器以外は何も持っていなかった。というより、一分の隙も無い完全武装。

 これもおかしいよね。盗賊なら、何か持ち出しているはずだ。

 いや、そもそも――、


「どうして火をつけたと思う?」


 そうなんだ。なんで火を付けるの? こんな暗い闇の中、誰かが見たらどうするの?


 そんな事を考えている内に、新たな血飛沫が舞う。襲ってきた二人が一瞬で倒されたからだ。

 火を点ければ誰かが気付くかもしれない。わざわざそんな事をする意味は?

 答えは僕らを取り囲む男たちの姿にあたった。


 ――何も盗っていないから? 盗っていく時間の余裕が無いから?


「そうだ、少年。奴らの目的は殺害。だがそれを知られてはいけない。そういった立場の人間だ。だから火をかけて全てを焼き、事故か野盗の仕業に見せる。そして火をつけたという事は――」


 ――目的は達成したって事? でもそれじゃあ、おかしいじゃないか!?


 この連中がアルフィナお嬢様を拉致したことは間違いない。でも何で?

 エリクセンさんの言葉通りなら、もう殺されているはずだ。だけど匂いは遠くへと続いている。血の香りは無い。それに僅かに香る呼吸跡。間違いなく生きている。


 ううん、アルフィナ様は身分がある人だ。殺害よりも拉致の方が目的だったのかもしれない。そういった考えもあるよね。

 じゃあシルベさんは? もし連中の仲間だったら、まだこんな所に彼らがいるわけがない。火をつけて逃げて終わりだ。

 ならあの人は、今どこにいるの?

 幾ら考えたって、そこに正しい答えなんてありはしない。でも――、


「そうだ、少年よ。考えろ。一つでも多く、少しでも先を考えろ。そして様々な予想を立てるんだ。どんな状況になっても、決して慌てたりしないようにな」


 僕に言葉を掛けながらも、武器を持った男の首が飛ぶ。

 後ろからもう一人が迫ってきているけど、そいつがまだ手斧を振り上げている段階なのに、もうエリクセンはそいつの目の前に移動していた。

 ぎょっとする男。だけどその時、もう剣が腹を真横に裂いていた。

 ダバダバと流れ落ちる内臓を抑えながら、信じられないといった顔を向ける、だけどもう手遅れだ。


 ――凄い。


「俺の剣術は足捌きと跳躍が肝心だ。よく見て、よく覚えるんだ。利点も弱点も」


 芝居がかった大きな歩調。それに相手のリズムが崩される。

 そして軸足、差した足、どちらからでも放たれる素早い跳躍で、一瞬で相手の近くに移動する。独特の移動法だ。

 そして移動した瞬間には、炎に照らされた庭に大量の血しぶきが散る。


「どうした、この程度か? それなりに腕はありそうだが、見掛け倒しとは情けない」


 襲撃者たちは数が多い。だけどエリクセンさんの速さと移動距離を見て警戒する。だから防御ガードを優先するしかない。

 結果として、彼からは完全に数の利が全く生かせていない。エリクセンさんは、隙のある相手から一人ずつ葬っていけばいいんだ。だけど、


「分かるだろう?」


 ――うん、だいぶ見えてきた。これは、相手の虚をつく剣術だ。

 人間の動きには限界がある。どんなに高速のステップを踏めても、移動できる方向は限られるし体力にも限界がある。

 きっとそれを知られてはいけない。だからエリクセンさんは独特の動きと言葉、そして態度で、気付かれない様に立ち回っている。本当にすごい。

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