平穏の終わり

 久々に……本当に久々に、僕は熟睡していたのだと思う。

 ここはオークの背中。そしてみんなもいる。ああ、これは夢だ。なんとなくだけど、それは分かる。

 ここでの生活は退屈だったし、死んだという現実を忘れる事も出来なかった。

 でも何だかんだで、大勢でワイワイ騒いでいた生活は僕にとっては新鮮だった。

 誰と話す事もない農作業、そして狩り。いつまでも続いた一人の世界。

 それと比べれば楽しかった……そう言ってもいいかもしれない。不謹慎だけど、確かに楽しかったんだ。


 そのみんなが騒いでいる。なんだろう? 何かがおかしい。

 凄い違和感がある……そうだ、声が聞こえない。いったい何を騒いでいるの? 何があったの? どうしてみんなの声が――。





 急に現実に引き戻される。目が覚めたんだ。

 パチパチと何かが爆ぜる音。いつもより暑い……というか熱すぎる温度。

 周囲を調べるが、そこはもう真っ赤な世界。揺れる炎、噴き出す煙。火事だ!

 だけどアルフィナ様がいない。それにいつも一緒にベッドで寝ているのに、僕は床で目が覚めた。絶対におかしい!


 もそもそと蛇行しながら扉まで行くと、幸いな事に開いていた。

 これは助かったよ。僕は自力じゃ開けられないからね。

 でもやっぱり、これは緊急事態だよ。アルフィナ様の部屋の扉が開いているわけが無いんだから。


 廊下は部屋よりも酷い。全てが炎に包まれている。いつも調べ物をしていた書庫も、怪しい器具の置いてある部屋も、下への階段も、全てが燃えている。


 ――アルフィナ様! アルフィナ様! どこー?





 •      〇     □





 屋敷が炎に包まれる2時間前。およそ1キロメートル離れた所に20人の集団が待機していた。

 全員が軽い革の鎧を着込み、その上からローブを纏う。

 武器は片手剣や手斧。幾人かは弓矢を持つが軍用の長弓だ。何処から見ても普通の狩人などが持つ武器ではない。完全に兵士のそれだ。


 だが統一感は無い。それは鎧も同じだった。

 武器も鎧も、古戦場跡で集めた中古品を買い集めた物。そして整備や修復も専門の者達が行う。

 たとえ装備が誰かの手に渡っても、それの出何処は分からない。当然、持ち主も不明だ。おそらく、野盗の類だと思われるだけだろう。


「行け」


 一人の男の指示と共に、17人が音もなく屋敷へと向かう。

 屋敷は背の低い広葉樹に囲まれた窪地の中。ここからでも、昼であれば十分に視認できる。

 出入り口といえるような場所は、麓の町まで通ずる一本の道だけ。昼でも歩いて2~3時間。しかも時間は夜。こんな道など、今は無いに等しい。完全に袋小路だ。


 指示した男は30代後半ほどだろうか。歴戦の戦士を思わせる鋭い眼光。痩せては見えるが、引き締まった筋肉は年齢による衰えを一切見せてはいない。

 彼等は暗殺部隊。表立って戦場で活躍する名誉は無く、捕まればどのような過酷な運命が待っているかは言うまでもない。実際、多くの仲間たちの残酷な死を目の当たりにしてきた。

 正直に言えば、割に合う仕事とは思えない。

 だが、男はこの仕事に誇りを持っていた。自分たちのように混乱の芽を事前に断つ者達が居るからこそ、この世界は余計な血を流さずに済んでいるのだから。


 今回の任務はさほど難しい事ではない。

 とある田舎にある屋敷を襲撃し、そこにいる人間を皆殺しにする。

 皆殺しといっても、標的ターゲットの娘と昔から仕えている女が一人だけだ。

 しかも時間は深夜。17人で向かって不覚を取ることは、万に一つもない。

 だが同時に失敗は許されない。だからこそ、自分たち専門家が動いたのだ。


 一応の警戒をしながら待つと、暗闇の中に赤い光がぽつりと灯る。それが何を示しているかは言うまでもない。

 男は無言でうなずくと、部下達の帰還を待った。

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