別れ

 ――下に無くても上にあるんだよ! そのやかましい口がな!

 ――入れ入れ! もう穴なら何でもいい!

 ――全員行けー! 突入だー!


 豚野郎オークの口の中に、一斉に皆が突入する。当然全部なんて入りようも無いけれども、僅かの隙間を狙って無理やり何本もねじ込んでいく。

 それと同時に、僕ら拘束触手も手足に巻きついた。


 ――やっちまえー!

 ――いーけーいーけー!


 ドスンという音と共に豚野郎オークの体は前のめりに倒れ、僕らはすぐさま手足を縛る。海老反りの体勢だ。もうこいつは動けない。


 ――だめだ、こいつ胃が無え!

 ――肺も無いぞ! どうなってやがる!?


「ぶふぉふぇふぉは、ふぁふぉふぉふぁふぉふぉふぉふぉほ、ふぁへふぉふぉふぉおうばふぉふぉばふぁひふぁ」


 翻訳しておこう。

 ブハハハハ、下等なものどもよ。我にそのような物はないわ。

 ……って言っているよ。

 こんな状況になっても、豚野郎オークの尊大さに変わりはない


 ――無いなら無いで良いんだよ!

 ――とにかく突っ込め!

 ――出せ、出せ!


「ぶはっ! ぶはっ! ぶへほ!」


 豚野郎オークの口から真っ白い液体がじゃぶじゃぶと吐き出される。

 もう何を言っているかも分からない。


 ――この際だ、俺達の媚薬も喰らえ!


 エリクセンさんら注入触手の針が豚野郎オークの尻に突き刺さる。

 そして触手の根元からは、ボコンボコンと水玉みたいのが幾つも送られていった。あれがきっと媚薬というものなのだろう。


「ぷごぉおおぉぉお!」


 ――お、効いてる効いてる!

 ――やっちまえー!


 この時、僕らは全く気が付いていなかった。

 こちらに迫ってくる、斧を持った男の存在を。





 ザシュッ――!


 豚野郎オークの背中に、大斧が振り下ろされる。でも、豚野郎オークにはかすり傷一つ付いていない。それどころか――


 ――ローマンさん、アラドさん、ケティアルさん!


 千切れた触手が宙を舞う。


「ふんぬー!」


 再び振り落とされる斧。何度も、何度も、何度も。

 そのたびに弾けるように飛ぶ黄色い体液。僕たちの体を流れる血潮。


 ――カーツさん、ケルンストさん! やめろ! やめろぉー! 僕たちは敵じゃない。違うんだ! やめてくれー!


 だけど言葉は届かない。男は斧を振り下ろすことを止めない。


 ――ダメだ! 幾ら攻撃しても、豚野郎オークには全く効いていないじゃないか! それに僕らが居なくなったらこいつが動き出してしまう……くそお!


 豚野郎オークの拘束を解き、男の足にすがりつく。

 大丈夫、僕一本が外れても、まだ仲間たちが抑えている。今は豚野郎あいつよりこっちだ。


 ――もうやめて! 話を聞いてください! 僕らは――


 必死になって懇願する。だけど斧が振り下ろされると同時に、ものすごい喪失感が僕を襲った。


 ――え?


 痛みは感じなかった。ただ、ポトリと落ちた。僕の体は、先端の30センチほどを残して斬り落とされていたんだ。


 ――あ、ああ……。


 どうなるんだろう? これが死ぬって事なのだろうか? また? 僕はまた死んでしまうの?

 急速に何かが失われていく。最初の時は一瞬だった。考える間もなく、痛みを感じることも無く、ただ死んだ。

 でも今度は恐ろしさを感じる。いやだ――みんな――みんな!


 仲間たちが斧で滅多切りにされているのが判る。だけど豚野郎オークは無傷。

 もう終わりだ……馬鹿な戦士。きっと、仲間たちがみんな死んだらあいつも殺されるんだ。

 その頃には僕も死んでいる……これが、結局僕の運命だったんだ。

 町……行きたかったな…………。


 ――ああ、行けるさ。お前ならな。


 ――プランクさん?


 ――そうだな、俺もそう思う。

 ――ふぉふぉ、きっとそれが定めなのだろう。


 ――エリクセンさん? 先生?


 ――行け、クレス。達者でな。

 ――頑張れよ。

 ――お前が一番若いんだ。しっかりやれよ。

 ――これが運命という奴さ。

 ――お別れだ。いい女に出会えよ。


 僕の切断面に何かが触れる。だけど短くなりすぎて、また周りが完全に把握できない。

 これは触手? 誰?


 ――神の加護あれ。


 僕の体が、ポンと宙に舞った。

 そのまま壁に当たり、排水溝にぽちゃんと落ちる。


 ――待って、ちょっと待ってよ! みんな! なんで! どうして!


 流れは緩やか。だけど僕は泳げない。まるで意志のない流木のように流される。

 背後で豚野郎オークが倒された気配を感じながら、暗闇の中へと運ばれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る