侵入者たち

「よく来たな、人間よ。ここまで来た努力だけは褒めてやろう」


 豚野郎オークが口からボタボタと涎を垂らしながら、侵入してきた人間達に対峙する。

 ここまでも何も、ここは村郊外の廃教会だよ。歩けばすぐのところだよ。



「人の言葉を話すとはな。知能のある魔獣は久しぶりだぜ」


 先頭に立っていたのは、天を衝く燃えるような赤い髪をした青年だった。

 年の頃は20代後半。もう結構な大人だ。

 頭には面壁バイザーの突いたハーフヘルム。額から耳、顎までを覆う軽量形で、正面に付けた面壁バイザーには幾つもの縦穴が開いている。

 180センチほどの逞しい体には胸から肩を覆う軽装な鎧を纏い、手足に装備しているのは金属の手甲に足甲だ。そして両手持ちの長剣を油断なく構えている。

 顔の一部しか見えていないけど、かなりのイケメンのように見えた。


 ――熟練の兵士だな。と特別な触手のプランクさん。

 ――だけど正規兵では無いな。傭兵か、もしくは退治屋の類ではないかな。と最終兵器な繁殖触手のセルロットさんが補足する。


 傭兵も退治屋も似たような生業なりわいの人たちだ。

 ただ違うのは、傭兵は人間同士の戦いが専門。少数で行動する事は稀だけど、いくさの無い時なんかは個人で小遣い稼ぎをする事もあるという。

 僕はまだ見た事のない人たちだ。


 一方で、退治屋はよく僕の村にも来ていた。

 猛獣退治を専門にする狩人だけど、魔物だって相手にする。どちからといえば、そっちの方が本職の人が多い。

 普通の猛獣と違って、魔物の生息範囲は広く、そして人間の国境なんて関係ない。だから退治屋の多くは免許制で、それさえあれば自由に国境を越えることが出来るそうだ。


 ――どっちも違うな。あれは騎士だ。後ろの連中は従者だろう。

 そう言ったのは、注入触手のエリクセンさんだ。


 ――なぜそう思う? 騎士というには、少し装備が貧相じゃないか?

 ――胸元の紋章を見ろ。


 鎧の左胸には7つの菱形紋。全体としては銅のようだけど、2つには青い宝石がはまっている。

 一応見たけど、僕にはさっぱりだ。


 ――なるほど、レザンの騎士か。


 プランクさんには分かったらしい。

 だけど、


 ――あそこの連中が出張って来たとはな。知らんけど。

 ――レザンって町の名前か?

 ――あー、レザン、レザンね。食い物の名前だっけか?


 良かった、知らない人の方が多い。だよね、だよね。普通はあんなマーク見たって分からないよ。


 ――エンバーシルト公爵配下の騎士団さ。レザンの街を所領にしている連中だ。おそらくあいつはその中でも下っ端だろう。見習って辺りだ。装備が軽装なのは運搬の都合と見ていい。ここまでは自分で背負って運んで来たわけさ。


 ――大軍じゃないって事か。

 ――となりゃ、上には誰も残って無いだろうな。

 ――おいおい、しっかりしてくれよ。


 皆はワイワイ騒いでいるけど、僕にはピンと来ない。ただ一つ、騎士が来たって事の意味はなんとなく分かる。向こうは間違いなくやる気だって事だ。


 その騎士様の後ろに控えているのは2人。

 一人は先頭の騎士様よりほんの少し背は低いけど、胸周りは一回り太い。

 まるで歩く筋肉。一部が金属で補強された革の鎧に両刃の両手斧を持っている。

 鉄兜でよく分からないが髪はなさそう。白いひげが目立つかなりのおっさん顔……多分30代後半だろう。


 その後ろに控えている人は、身長は155センチくらいと小柄だ。

 髪は栗色で、ふわっと緩くカールしたショート。目は大きめでちょっと童顔。多分成年には達していると思うけど、どことなく生前の僕より年下に見える。

 鎧は着ていなくて、体全体を覆うローブに水晶のはまった杖を持つ。魔術師? その辺りの詳しい事はよく分からない。

 ただ分かる事は、仲間たちが一斉にざわつき始めた事だ。逸る心が抑えられず、無意識のうちに華麗なる3列ウエーブを披露してしまう。



「アンソニー様」

「分かっている。お前たちこそ油断するなよ」

「誰に言っておられますか」

「牽制はお任せください」


 僕らの動きを警戒したのか、武器を構えながら後ろの二人が左右に展開する。

 だけど、僕らは今それどころじゃない。



 ――禿はともかく、もう一人はええなあ。小鳥の様な声だ。

 ――可愛い! それに柔らかそうだ!

 ――甘い香りがする!

 ――ああ、早く巻きつきてぇ!

 ――出してえ!


 早くも一部は暴発寸前。いつ襲い掛かってもおかしくはない。

 もしかしたら、僕だってそうなっていたかもしれない。だけどそうはならなかった。

 そしてプランクさんが、ぼそりと呟く。ううん、思念を飛ばした。


 ――いや、ありゃ男だな。


 ……だよね。

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