僕たちの種類 前編

 ――へー、すると僕が一番下っ端なんですね。


 ――そうだな。だがまあ気に病むな。どんな役割にだって意味はあるもんさ。


 あれから結構時間が経った。多分一ヵ月か二か月か……。

 だけどここは地下。相変わらず、あの時の廃教会から全く動いていない。今の正確な時間も分からない……というか、外の様子なんてさっぱりだよ。

 その間、僕は自分達の姿に関してと、役割に関しての教習レクチャーを受けていた。

 それは、これから生きていくために必要だからだったからなんだ。



 僕は拘束触手と呼ばれる種類に含まれるらしい。

 今までの人生で触手の事なんて考えた事もなかったし、まさか自分がなるとも思わなかった。

 だからまだよくわからないけど、どうやら僕の役割は女性の手足を拘束することだ。


 ――ええと、巻きつけばいいんですか?


 ――そうだ。だけどあまり力を入れるなよ。傷つけるのはご法度。この豚野郎がどうあれ、俺達は紳士に生きなきゃならねぇ。


 この人……じゃない、この触手は僕と同じ拘束触手。ロザ村のイッカさんだ。

 聞いたことも無い村の名前。だけど、それはお互い様じゃないだろうか。大きな町ならともかく、縁も所縁ゆかりもない村の名前なんて知っている方がおかしい。


 ――お前はとりあえず先輩の様子を見て、必要なら参加。いきなり焦らなくてもいいからな。


 ――はい、頑張ります。


 僕と同じ拘束触手は16人。基本的に先輩たちがやるので僕の仕事は当分ないだろうという事だ。

 だけど相手が何人来るか分からない。それに、相手によっては手足だけじゃなく胸や腰にもヘルプで入るらしい。

 だからしっかり出来るようになっておかないといけない。練習あるのみだ。

 とは言っても、練習相手はこの豚野郎オークしかいない。一応手足に巻きつくが、気にされている様子がない。こんなんで大丈夫か?


 それに、そもそも拘束してどうするんだろうか? 殺すのか? 人を? 僕らが?

 いくら何でも嫌すぎる。それに今の僕たちは、自分の意志で動けている。何もしないでいるって選択肢は無いんだろうか?

 だけど――


 ――ああ、それは無いな。というか、誰もが考えたんだよ、同じことを。


 ――ダメだったんですか?


 ――いや、ダメも何も、俺達はまだ人間の女性に遭遇した事は無いんだよ。だけど、なんつーか、本能には逆らえなくてな。


 ――本能?


 ――それはワシが説明しよう。


 ――あ、先生。


 レルゲン・ワーズ・オルトミオン。元は学者。オルトミオンはファミリーネームじゃなくて、地位を表す名前だ。頭にワーズがつくと、そこから先はファミリーネームではなく職名になるんだ。

 まあ、僕の人生で役に立ったことは一度もない無駄知識ではあるけれど……。


 中央オルトミオン学院。この国では最大の学校で、他国からも留学生が来たりする。

 そこの講師は全員オルトミオンを名乗る。それまでの身分の貴賤に関わりなく、等しく教師になるんだ。こんな制度の国は他にはないと聞いているけど、僕は立派な仕組みだと思う。

 まあ僕の身分じゃそもそも関係無いけどね。今は色々な事を教えてくれるので先生と呼ばれている。



 ――本能とはすなわち、生物が生きるための基本原則であり、また……。


 人が寝なければおかしくなってしまうように、馬を閉じ込めたらダメになってしまうように、触手もまたやらなければいけない行為があるらしい。

 意志だけではどうにもならない、その生き物自体が持つ習性という奴だそうだ。

 だけど幸いな事に、僕の様な拘束触手にはあまり影響がないという。

 でも種類によっては相当に辛いらしい。僕がそうならなかったのは、きっと幸運なんだろう。

 こんな姿になって、今更運も何も無いけれど。

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