第4話 新たな体

 ――おきろー。

 ――随分と寝坊助だな。

 ――おきろー。

 ――死んでいるんじゃないのか?

 ――おきろー。

 ――俺達がか? ハッハ、冗談は無しだろ。

 ――おきろー。


 ……誰だろう? ううん、“誰”じゃないな。大勢の予感。


 ――今僅かに反応したな。

 ――おきろー。

 ――ああ良かったよ。切り離すには忍びなかったからな。

 ――おきろー。

 ――神よ、感謝します。迷える子羊は、再びこちらに戻って来たようです。


 ……縁起が悪いなぁ……今は神様とかやめてくれよ。


 ――お、気が付いたな。

 ――あまりにも長い間動かなかったからな。もうダメかと思っていたぞ。

 ――意識はしっかりしているか? 自分の事、何処まで覚えている?


 ――え? 僕は……僕の名前はクレス。ダキウスの子、レーヴォ村のクレスです。


 咄嗟とっさに答えたが、まだ状況がよく分からない。ここは何処なのだろう? 真っ暗だ。

 声は近い様な遠い様な、何か耳ではなく頭に響くような、そんな変な感触だ。

 それに何人いるのだろう? 一人のような沢山のような、ちょっと訳が分からない。


 ――あの、ここは何処なんです? 僕は今どんな状況なんでしょうか? 貴方がたはいったい――


 手探りで回りを確認しようとするけど、なんだかおかしい。僕の手は何処だ?

 そもそも今どんな状態なの? 僕はなぜ生きているの? あれは夢? そんな馬鹿な。


 ――いやまあ待て待て。焦ったって仕方が無い。俺だって最初はそうだった。

 ――ただまあ、少し落ち着いて周りを見て欲しい。質問はその後でゆっくりとな。


 周りを見る? 見るも何も真っ暗だ。反響するような声だけが聞こえる世界。なんだか怖い!


 ――大丈夫だ。少し以前と変わっただけだ。みんな同じだ。さあ、心を落ち着けよう。


 深呼吸――いや、息も出来ない。あれ? 本当に何で生きているんだ?

 静かに集中する。周りから感じる優しい声、それに親切心。嘘を言っているようには思えない。


 じんわりと熱を感じる。そして微かな振動……これは水が流れる音。それに匂いも感じる。少しカビ臭く苔臭く、石の香りが混ざる。

 次第に周囲が見えてくる。いいや、見えているんじゃない。把握できてくる。

 立体を感じる。動きを感じる。温度を感じる。

 これは――!? え? あれ?

 もう目で見ているよりも周囲の様子が分かる。死角も無い、全方位。だけど本当にこれが今の状況なのか?


 僕は背中から生えていた。あの醜い豚野郎オークの背中から。

 それは、あの時見えた沢山の触手。勘違いや夢でないのなら、僕はその内の一本になっていたんだ。


 ――うわあああーーーー!





 ■     □     ■





 ――落ち着いたか?


 ――はい……。


 ひとしきり叫んで暴れ、何とか逃れようとはした。

 でもだめだった。ぐるんぐるん体を回して抵抗するも、根元が外れる様子は無い。

 痛くもないのは幸いだったかもしれないけれど、どうしようもない疲労が残る。今はぐったりと垂れ下がっている状況だ。

 ふらふらと揺れる先端が、床のちょっと上を行ったり来たり。何でこんな姿に……いやいや、多分あれだ。あいつが持っていた神の欠片。あれのせいだろう。

 でもどうやったのかはまるで解らない。きっと知っても、どうしようもないのだと思うよ……。


 結局、僕の人生はこんなものだったのだろう。

 小さな村で作物と家畜を育て、たまにお祭りとか楽しい事はあるけど、普段はただ辛く退屈なだけの日常。

 そんな生活が嫌だった。でももう少しで成人だ。そうなれば――なってどうする?

 街に行くお金もないし目的もない。行商人になれる様な勉強だってしていない。精々、字が読める程度。書く方は怪しい。

 だから飛びついてしまった。魔王退治の荷物持ちに。


 予備の武器と盾を持って後ろに控えているだけの簡単な任務。

 今回の場合だと、戦いに参加する必要は無いと聞いた。簡単な相手――そう言っていたんだ。

 そのくせちゃんと給料も出るし、もしかしたら街へ連れて行ってもらえるかもしれない。

 武功を上げて騎士になろうなんて思わないけど、それなりに表彰とかされるかもしれないじゃないか。

 そこで僅かばかりの報奨金を貰って、何か仕事を見つけて、そして町で暮らすことだって夢じゃなかったはずなんだ……。


 思わず涙が出そうになる。でも出ない。そう、目なんて無い。

 というか口も無い。匂いは分かるけど鼻も無い。全身で感じ取っているような、不思議な感覚がする。


 ――まず自己紹介をしておくよ。俺はプランク。プランク・ロンセオ。


 ――苗字があるんですか?


 ――金で買っただけさ。俺は商人だったんだ。チャーセックスの街、知っているか?


 ――そりゃ知ってますよ! え、そこの商人さん? いや商人様?


 ――ただの商人だよ。いや、だっただな。今の俺はお前と同じただの触手さ。


 ちょっと自嘲気味に感じる。でも仕方ないか、確かにこんな状況だし。

 考えなきゃいけない事は山ほどあるんだろうけど、僕の頭と力で何が出来るって言うんだろう。

 周りには沢山の触手。先輩がたかぁ……。あれ、そういえば……。


 ――なんか形が色々違いません?


 ――お、わかるようになってきたか、少年。


 さっきまでのプランクさんとは、また形が違う触手が話しかけてくる。

 それにしても少年って……いや間違ってないけど。あれ? と言う事は……いや間違いなく。


 ――見てました?


 ――そりゃ見ていたさ。

 ――いや凄い凄い。あいつに傷をつけるとはな。

 ――普通は無理だろ。というか全員無理だわ。だよな、ご隠居。

 ――ワシが知る限り、そんな奴はおらぬのう。


 いや一斉に話しかけられても分からないよ。

 でもただ、そうなると、


 ――どうして皆さんはそんな姿に?


 ――わからん。俺も結構古参だが、条件はそれぞれの様だ。なあ、ご隠居。

 ――うむ。ではあるが、多くの者に共通した点はある。


 ――それは何です?


 ――アレを持っていたかどうかじゃよ。恥ずかしながらな、最初のアレはワシが持っておった。


 アレとは何かを確認するほど、僕は唐変木とうへんぼくでも馬鹿でもないつもりだ。


 ――ヴァッサノ。歪む英知と虚空の神。我ら人の力により滅ぼした災悪の化身、その欠片じゃ。


 そんなもの、僕は持ってはいなかった。ちょっと違いがあったのだろうか? でも今となってはどうでも良いのかもしれない。


 この世界には10柱の神がいる。でもかつては、もっと沢山の神々がいたらしい。でも次第に減っていったと神話には記されているよ。

 近年では11柱の神々で安定していたけど、僕が生まれるよりもずっと前に1柱の神が死んだ。

 僕ら人間の中から現れた半神デミゴッドが倒したんだ。


 半神――デミゴッド。詳しい事を知らないけど、人には決して成せない奇跡を成した人間がなれるという。人類を超越した人。神に匹敵する力を得た者。

 まあ今更、僕には何の関係もない話だけどね。


 だけど神は神。滅んで尚、僕らを未だに苦しめ続けている。本当の意味で滅ぼすことなんて、出来ないのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る