第51小節目:世界が終わる夜に
英里奈さんの告白の件から一週間が経ち、期末試験が終わった。
終業式までの約一週間は、試験の翌日である本日のみ球技大会が開催され(多分、教師が試験を採点する時間をとるため)、そのあとは土曜日のような午前授業になり、その間に各試験の返却がされることになっている。
試験については、勉強会メンバー(結局一回しかやらなかったけど)は自己採点ではあるが、全員が赤点を無事回避。
球技大会で大事件が起こる……ということもなかった。
ちなみに、市川と沙子がテニス、吾妻とおれが卓球、
バレーボールとかバスケとか、そういう突き指とかをしそうな競技に誰も参加していないあたり、ある程度みんな自覚とか責任感があるのだろう。
まあ、ロックオンに出ることが決まる前に競技は決まってたので、沙子とおれはたまたまだけどね。(球技だけに)
というかそもそもおれの競技はおれのいないクラスLINEとやらで勝手に決められていた。そういえばまだ入ってないな、クラスLINE……。英里奈さんに頼めば入れてくれるかな。
「よし、じゃあやりますか!」
球技大会のあと、おれらはロック部のスタジオに来ていた。
「わー!」
ぬるい感じの拍手がパチパチと一つだけ鳴る。
今日はギャラリーがいるのだ。
「由莉も忙しいところごめんね」
「いいのいいの、器楽部、自主練日だし」
吾妻が、歌詞の監修としてスタジオに入っていた。
おれたちは歌詞については文字でしかやり取りをしていない。そのため、吾妻は曲を聞いて歌詞を付けているものの、吾妻の頭の中にある歌い回しと市川が実際に歌っているものが違っている可能性がある。
だから、歌い回しに違和感がないか、練習に一度来てもらうということになったのだ。
「思ってたのと違うところとかあったら言ってね」
「はい! 任せてください!」
吾妻が目を輝かせている。
多分、歌詞の監修なんて本当はどうでもよくて、amaneが自分の歌詞を歌っているのを見たいんだろう。
「よし。1、2、3、4……」
おれのカウントで、曲が始まる。
演奏を終えると、吾妻がぱあっと表情を輝かせていた。
「うんうん、すごくいい! amane様、最後のところはamane様がお作りになられたんですよね?」
「そう、かな? 作ったって言うか、出来てたって感じだけど……ていうか呼び方…… 」
「やはり、天才はおっしゃることが違う……!」
「天才はやめてー」
信者モードの吾妻ねえさん、どうもお久しぶりです。
ていうか、なんというか、そこばっかり褒めんなよな。おれだって作ってるんだから。
「あとさ、小沼」
「お?」
お。おれの曲も褒めていただけるんでしょうか?
「なんか、ドラム、変わったね?」
「そうか?」
って、ドラムの話かよ。
特に何を変えたってわけでもないんだけど。
「練習したから、多少上手くなったかもな」
前回は初めての合奏だったし。
「いや、
「え? なんで下手になるんだよ」
わけもわからず聞き返す。
「いや、知らないし……。でも、」
「でも?」
「良い悪いでいうと、良くなった! すごく!」
「はい?」
吾妻は小さく拍手をしている。
「なんか、前の小沼のドラムって機械みたいだったもん。すんごく正確なんだけど、堅苦しくてあんまり面白くないっていうか。打ち込みのドラム流してるのとあんま変わんないっていうかね」
「ほお……」
「でも、今日のは全然違った。ブレブレだけど、うわー音楽してるって感じ! ドラムがちゃんと歌詞を歌ってたもん。そっちの方が、全然好きだよ」
「お、おう。ありがとう」
すすすす好きとかいきなり言うなし。
急降下からの急上昇でおれの心は忙しかった。
「とにかく、作詞担当的には問題まったくナシです!」
そう言って吾妻は指をオッケーの形にした。
「良かったー!」
安心したように、市川がバンザイをする。おれも良かった。
沙子が小さく、
「うち全然褒められてない……」
と呟いたのを、おれの耳はしっかりキャッチしていたが、何も言わないことにした。
「そういえば」
沙子が口を開く。
「ん?」
「市川さんて、なんで曲とか歌詞とか作れなくなったの」
また、語尾をあげずに質問をされる。
「あれ、言ってなかったっけ?」
ちょっと驚いた様子で市川が答える。
「うん、聞いてない。訊いていいのかもよくわかんなかったし」
「あ、そうか。えーっと、何から話そっかな……」
市川が唇に手を当てて考えるポーズに入る。
「市川、大丈夫か?」
市川が何も言わず、首をかしげてこちらを向く。
「ほら、その話するの、キツくないか?」
「そうかも、だけど、……でも、一緒に演奏する沙子さんには、知っといてもらった方がいいんじゃないかなって、思うから」
市川が決意を固めるみたいにそっとうなずいた。
「……そっか。そしたら、せめておれが説明するよ」
「……ありがとう、小沼くん」
おれは沙子に向き直る。
「市川な、自分の歌を歌おうとすると、声が出なくなっちゃったらしい」
「……なんで」
すると、沙子が0.数ミリ怪訝そうな顔をして質問してくる。
「それは……」
「Twitterで、色々嫌なものみたんだって」
おれが言いよどんでいると、吾妻が横から差し込んでくる。
沙子の顔が目に見えてけわしくなる。
「……どんな」
市川の口から、それを言わせるべきなのか?
おれが市川を見ると、
「大丈夫だよ、小沼くん」
そう言って、市川は静かに、ゆっくり口を開く。
「『こんなやつが天才なわけない』『YUIのパクり』」
市川は苦しそうに微笑んで、以前教えてくれたつぶやきを一つ一つ教えてくれた。
「一番ひどかったのはね、」
胸が痛い。
そして、もう一つのツイートを口にしたのは。
「『こんな曲、この世界に生まれなければ良かったのに』」
市川じゃなく、沙子だった。
「え……?」「は……?」
「そんな……全部、うちだったんだ……」
焦点の合わない目で、市川の方を見る。
「さこはす……?」
「拓人のことも、市川さんの、amaneのことも……」
「もしかして……」
沙子は、ガタガタ震える首をそっと、縦にふる。
「市川さん、ごめんなさい、そのツイートしたの、うち……」
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