第19話 休日
空になった薬湯を受け取ると、葉月さんはぐっと伸びをした。
「さて、結奈さん、今日は何をしましょうか。昨日言った通り、今日のお仕事は禁止ということで。あ、勿論結奈さんお一人でゆっくりされても良いですよ!一人になる時間も大切ですから」
そそくさと私がかけた毛布を畳みながら、葉月さんが言う。
私は少し思考を巡らせて、
「葉月さんのやりたいことをしたいです」
と呟いた。
誰かと過ごす休日は、両親以外で初めてだ。
1人で過ごすなんて勿体ない。
葉月さんは「わかりました」と頷いて、一旦私の部屋を出ていった。
時間を置かずに戻ってきた葉月さんの手にあるのは変化の札だ。
「結奈さん、よろしければ足湯に行きませんか?」
「え、足湯?……また遠出するんですか?」
まだ体調の戻っていない葉月さんが?と咎めるように言うと、葉月さんは慌てて手を降った。
「違います、違います。この山の少し行ったところに湧き出ているのです。天然かけ流しの温泉が。お昼ご飯を持ち寄って、行ってみませんか?」
何とも魅力的な提案だ。
こんな天気のいい日に足湯。
近くにあるのなら、葉月さんが無理をすることも無いだろう。
それなら、私の答えなど決まっている。
「行きたいです!」
「そうと決まれば、早速お昼の用意をしなければ!サンドウィッチなんてどうでしょうか。栄養も手軽に摂れますし。色々な具を入れたら楽しそうですし」
私たちは急遽出来た休日に思いを馳せ、微笑みあった。
葉月さんが湯浴みをしている間に、先に支度を始めることにした。
サンドウィッチだけでなく、葉月さんのためにお腹に優しいものも用意したい。
私は四次元ポケットなみに揃っている冷蔵庫を開けて、中身を確認していく。
(……本当になんでもあるわね)
その中で私は、魚介類のコーナーに釘付けになった。
蟹だ。
(これでカニ雑炊作ったら絶対美味しいよね!)
思いついたら吉日。
私はすぐに作り始めた。
鰹節と昆布の出汁をとり、お米を入れて煮込む。
とろみが出てきたら火を止めて、溶き卵を投入する。
静かにかき混ぜることがポイントだ。
そうすることによって、ふわりとした仕上がりになる。
大方混ぜ合わせたら火を止めて、蟹と薬味を入れつつ味を整えていく。
最後に余熱で卵に熱を通して完成だ。
竹でできた弁当箱に入れて、しっかりと蓋を固定すると、今度はサンドウィッチに取りかかった。
丁度葉月さんも支度を終えたらしく、お茶の準備を始めた。
薬師の入れたお茶は格別だ。
何しろ薬草のプロである。
茶葉の煎じ加減も、鍛えられた目はしっかりと把握しているのだ。
竹でできた水筒にお茶を入れて、昨日町中で買った桜餅を取り出した葉月さんは、それらをバスケットに詰めていく。
もちろん手ぬぐいも忘れない。
2人でサンドウィッチを作り、それもバスケットに入れると、いよいよ出発だ。
「ここから5分ほどで着きます。ね、近いでしょう?」
だから大丈夫と目で語られて、私は苦笑した。
「そうですね」
私は未だ慣れない耳としっぽを枝に引っ掛けないよう気をつけながら、そう答えた。
しかし油断は禁物だ。
葉月さんの無茶をする性格はよくわかった。
この休日は、葉月さんからしたら私たち2人のものだとしても、私にとっては葉月さんのものなのだ。
だから家を出る前から私は、今日1日師匠を甘やかす日にしようと決めた。
いつも私が甘やかされているのだから。
しかし、これがまた上手くいかない。
手始めにバスケットを持とうとしたら、横から葉月さんに奪われた。
抗議しても、歩き慣れた人でないと山道の移動は大変だからと論されてしまい、ぐうの音も出なかった。
次に、変化の術を使わせないように説得しようと試みた。
羽織を頭から被れば行けるのでは、と。
これまた拒否された。
変化の術を使わない方が、寧ろ気を張ってしまって疲れると言われてしまったのだ。
手厳しい指摘だが、これは確かにそうだろう。
かたじけない……。
他にもあれこれ気を回そうとして、その度に葉月さんから首を振られた。
終いには
「そんなに私は頼りないですか?」
と子犬のような瞳で言われてしまい、気づいたら私は、如何に葉月さんが素晴らしい人かを熱く語っている始末だ。
(あっ!いつの間にか気を逸らされた!!)
そんなこんなで今、バスケット片手に前を歩く葉月さんを、必死に追っているところだ。
徒歩5分とはいえ、かなり入り組んだ道を歩いているので、体力的にきつい。
早くも[師匠甘やかし計画]には心が折れそうだ。
(いいえ、ここで諦めたりしないんだから!こうなったら、温泉に着いてからが勝負!!)
「結奈さん、この先ですよ」
頑張ろうと意気込んでいると、葉月さんが立ち止まって振り返った。
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