第18話 成長した弟子


ピチチチチ──


雀が鳴いている。

私はその鳴き声に導かれるように目を開けた。

時計を見ると11を指している。

モソモソと羽織から出て、そして私は動きをとめた。

別に忘れていた訳では無い。

断じて。

いないと思っていたのだ。

何となく自分より先に起きて居ると思っていた。


私の視線の先には、昨日と同じ体勢で寝入っている葉月さんがいた。

昨日より少し顔色は戻ったが、それでもまだまだ悪い。

──ここは私の出番だ!


私はまず自分の身支度を整えることにした。

寝ているとはいえ、流石に部屋の中で着替えをすることに抵抗を感じて、私はお風呂場へと向かった。

ついでにシャワーを浴びて、着物と襷を見につければ完璧だ。


いよいよここからが本番。

私は地下室に下り、葉月さんお手製の薬学書を片手に準備を始めた。

「えっと……ニンジンにブクリョウにオンジでしょ、あとは……」

必要なもののほとんどは既に粉状にしてあるので、私は計量だけして煎じていく。

煎じる時間に気をつけないと、副作用が出やすくなるので、今私は時計と睨めっこ状態だ。

自分の師に薬を出すと決めた時、私は少しのプレッシャーと役立ちたいという気持ちでいっぱいになった。

……なんて言うだろう?

煎じ方が甘いと言うかもしれない。

処方する薬自体違うかも……。

でももしかしたら、褒めてくれるかもしれない。

薬に関しては若干スパルタな葉月さんだが、しかし弟子の育て方はかなり上手だ。

褒めるところは褒めて、指摘するところは正確に。


「よし、できた!」

私は零さないように注意しつつ、自室へと向かう。

襖を開けると、寝返りを打ったのか、葉月さんは畳に横になっていた。

薬湯を横に置いて、私はそっと葉月さんの額へと手を伸ばした。

前髪を払うと、真っ白い肌と形の整った眉があらわになる。


(こうして見てると……やっぱり顔立ち整っているのよね。イケメンというより美男って感じ?あれ、同じ意味か。……じゃなくて!私熱測ろうとしてたんだった)


自分の思考に恥ずかしくなって、私はもう片方の手で顔をパタパタ仰いだ。

そのとき。

葉月さんの瞼がスっと持ち上がり、金色の瞳がこちらを映した。

「結奈さん……?」

まだしっかり頭が働いていないのだろう。

昨日に引き続き珍しい。

いつもの切れ長の目は眠そうで、幼い印象を与えてくれる。


しかし、葉月さんは微睡まどろむ自分を許してはくれなかったようだ。

くっつきそうになった瞼が勢いよく見開かれ、葉月さんは文字通り飛び起きた。

「え?え?えっと……あれ?私は一体何を……」

「おはようございます、葉月さん。具合はどうですか?」

「具合……?」

混乱している葉月さんに、私はコクリと頷いた。

「そうです。熱はなさそうですけど、顔色が悪いですよ。昨日からずっと。……葉月さん、疲れているんです。私のせいで術を沢山使わせてしまったから……」


やっと把握したらしく、葉月さんは居住まいを正した。

「結奈さんのせいではありませんよ。実は私、最近あまり眠れなかったのです。その……昔の夢を見るもので」

「昔の……あ、あの!葉月さん、私の煎じた薬湯を飲んでいただけませんか?」

さながらバレンタインデーに想い人へチョコレートを渡す高校生のように、私は薬湯を差し出した。

夢に関しては、触れるべきか分からないので流すことにする。


ぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、葉月さんは嬉しそうに受け取った。

「結奈さんの煎じた薬湯ですか?ありがとうございます。……これ、加味帰脾湯かみきひとうですか?」

流石葉月さん。

持ち前の嗅覚で嗅ぎ分けたらしい。

「はい!疲労回復と、血色の改善に効くのではと思って。……合っていますか?」

ドキドキと居場所を主張してくる心臓を抑えつつ、私は尋ねた。


葉月さんはもう、いつもの優しい師匠の表情をしていた。

感慨深い笑みとともに、まっすぐこちらに目を向ける。

「大正解です」

私はその言葉に、興奮とも感動とも言えない想いが込み上げてきた。


「加味帰脾湯は、先程結奈さんの挙げた効果の他に、精神を安定させる効果もあります。それこそ、不眠による疲労回復のために処方されるのです」

「不眠!それは知らなかったです。それに……まだ私は葉月さんの薬学書無しには調合出来なくて」

この薬を作るのは2回目なのに、材料すら怪しい節がある。


しかし、葉月さんはとんでもない、と首を振った。

「あの薬学書は確かに調合の仕方や薬草比を記載しています。ですが、その薬にどういった効果があるのかまでは書いていません。結奈さんは凄いですよ。私なんか、薬草の名前を覚えるだけで2年はかかりましたから」

意外な事実に私は驚いた。

そして納得する。

そうだ。葉月さんだって見習いの時期があるのだ。

今葉月さんが持っている知識は、全て努力の賜物。

ここまで極めた師匠に、私は改めて尊敬するのだった。

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