第16話 帰路と意固地
帰りは一反木綿乗り場に向かった。
夜のみ運行しており、その名の通り一反木綿の背に乗るのだ。
なんでも、行きにかかった三分の二の時間で済むとか。
何故夜しか運営しないのか葉月さんに聞いたところ、一反木綿は夜行性なのだと教えられた。
「一反木綿は太陽が苦手なのです。太陽に当たると燃えてしまうらしく。まあ、全身真っ白ですしね」
「……それを言うなら葉月さんだって全身真っ白ですよね」
髪や尻尾だけじゃない。
透き通るような白い肌をしている。
もちろん、血色はいいので一反木綿には負けるが。
「アハハ。私はほら、人と同じような身体の作りですから。燃えませんよ?」
声を上げて笑う葉月さんに、私もつられて笑った。
こういう穏やかな時間は好きだ。
誰かと笑いあって、帰るべき場所に帰る。
そんな当たり前が嬉しい。
1度失ったことのある自分だからこそ知っている事だ。
当たり前って実は1番難しいのだ。
「すみません。2人分の乗車券をお願いします」
「あいよ。一人10軽」
「ありがとうございます」
乗り場に行くと、体に布を巻きつけた一反木綿達が並んでいた。
「
葉月さんが行き先を告げると、一反木綿は乗り方の説明をし始めた。
「腰あたりに巻かれている布あるだろ?そこに跨るんだ。そんで、この紐を自分の腰に1周させる。あとは神力が勝手に固定してくれる。質問は?」
「ありません」
言われたとおりにすると、着物と同様に紐が蠢いた。
がっちりと固定されたため、きっと一回転されても落っこちる心配はないだろう。
そんな機会があればの話だが。
乗り心地も良い。
まるで自分が鳥にでもなったようで楽しい。
魔法の絨毯か箒にでも乗ってる気分だ。
「今日は本当に楽しかったです、葉月さん」
耳元を駆ける風音に負けないよう、声を張り上げて言うと、葉月さんは嬉しそうに笑った。
「私もです。明日もまたお願いしますね!」
「もちろんです!」
そうだ。明日もあるのだ。
お仕事は疲れるけど、とても勉強になる。
賢くなれば葉月さんの力になれるのだ。
もっと頑張ろう、と私は心に決めた。
「どこら辺だ?」
本当に短時間で着いた。
家まで送ってくれるところが牛車との違いだ。
「山の麓までお願いします」
町の外れに大きな山が見えてきた。
森林の澄んだ香りが風に乗ってやってくる。
この香りは、よく両親で行った温泉の露天風呂を思い出すので好きだった。
肺いっぱいに吸い込んで、そして──
「きゃっ!」
私は浮遊感に声を上げた。
急降下とまでは行かないが、それなりの角度を持って降下している。
心臓がふわりと浮き上がるのを感じた。
ジェットコースター系が苦手な私としては苦手な感覚だ。
反対に葉月さんは楽しそうに目を輝かせている。
(あぁ、あれは絶叫系いける口ね。……2人で遊園地とか行ってみたいなぁ、なんてね)
この先起こることの無い未来に苦笑しつつ、私はぎゅっと目をつぶった。
「到着したよ。お疲れさん」
その言葉と同時に神力紐が解ける。
紐を返却して、私と葉月さんは森の中へと足を踏み入れた。
ポっと狐火を灯した葉月さん。
私は「あれ?」と首を傾げた。
なんか……なんか葉月さんが……
「葉月さんが輝いている!!」
断じて比喩ではない。
実際に光っているのだ。
微弱ではあるが、若葉のような濃い緑の光で覆われている。
「え?あぁ、これは神力ですよ」
「神力?」
私は再度首を傾げた。
「ええ。神力は月光に照らされると色付くのです。どういう仕組みかはわかりませんが」
「凄く綺麗ですね!なんというか……神秘的です」
素直に感想を口にすると、葉月さんは可笑しそうに口元を隠して笑った。
「綺麗なのは結奈さんの心ですよ」
突然の褒め言葉に私は思わず瞬きを繰り返す。
どういうことだろうか。
すると、葉月さんは真面目な顔に戻し、こちらを見やった。
「この神力の特質は、黄泉の者にとっておぞましいものなのだそうです。当然でしょう。誰だって得体の知れないものは怖い。でも、結奈さんは違った。出会った頃からずっと、自分には無いものを受け入れてくださった。この髪も、耳も、尻尾も。……きっと、ご両親が優しい方々だったからでしょうね」
「……両親のことを知っているんですか?」
そっと目を細めて、何かを思い出すような顔つきになった葉月さんのその言葉に、私は思わず聞いてしまった。
そんはずないのに。
「え……あ、いやいやいや!そうではなくて……ほら、子供は親を見て育つと言いますから。きっと結奈さんもそうだったのでは、と思いまして」
早口で捲したてる葉月さんは珍しい。
両親……両親かぁ。
「でも、私は優しくなんてないですよ」
ふと私の心に影が差した。
「どういう事ですか?」
自虐めいた言い分をよく思わなかったのだろうか。
僅かに眉をひそめながら聞き返された。
私は問に答えるべく、過去へと想起した。
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