第15話 小料理屋の少女

恥を忍んで述べた要求は、すんなりと呑まれた。


「いいですね!私もお肉大好きです!」

と、にこやかに頷く葉月さん。

(まあ、狐だもんね)

狐はイヌ科なので、確かに魚より肉の方が似合う気がする。


少しの間思考を巡らせていた葉月さんは、行く店を決めたらしく歩き出した。

「私の行きつけのお店なのですけどね。丁度結奈さんと同い年くらいの女の子が居るのですよ。次期当主になる方でして。とても気立ての良い方なので、結奈さんもきっと仲良くなれると思います」

「そうなんですか?それは楽しみです!」

そう返事をしつつ、私はそっと葉月さんの横顔を盗み見た。


葉月さんが女の子の話をするのは初めてだったので、どんな表情をしているのか気になったのだ。

(その子と葉月さんは仲がいいのかな?)

何故だか少し胸がモヤッとする。

ほんの僅かに感じるモヤモヤ感は、きっと独占欲だ。

初対面の頃から優しくしてくれた彼の、私の知らない過去がある。

それは生い立ちだったり、妖怪関係だったりする。

その過去を、これから会う女の子は知っているのだろうか。


提灯でぼんやりと照らされた道を歩く。

私の歩調に合わせて歩いてくれる葉月さんは、どこか楽しげだ。

「結奈さんは、何かお好きなお肉料理はありますか?」

「唐揚げとか、焼き鳥とか。もちろんそのまま焼肉として食べるのも好きです!葉月さんは?」

今にも鳴りそうなお腹を擦りながら聞き返すと、葉月さんは「そうですねぇ」と頬を緩ませた。

「ハンバーグは結構好きです。あとはステーキとか」


……根っからの洋食好きだった。

周りの雰囲気が和なだけに、どうしても和食を選びがちになってしまうのだが、葉月さんは存外ブレない。


「結奈さん、あそこです」

町の開けた場所に、そこはあった。

雄大な森林を背景とした建物で、提灯の下に【お食事処 鈴の音】と書かれた看板が立っている。

「森の袂にお店を構えるなんて、素敵ですね」

そういうと、葉月さんはふふっと笑った。

「気に入りました?」

「とっても!」


戸を引いて先に入っていく葉月さんに続いて踏み入れると、ふわりと香ばしい炭焼きの香りがした。

「らっしゃい!!」

狸耳の男が料理をする手を止めずに振り返った。

焦げ茶の尻尾がピクリと動き、人当たりの良い笑みを浮かべる。


不意に聞こえすぎる狐耳が、バタバタとこちらへ向かってくる足音を捉えた。

そして、少女が勢いよく厨房からカウンターに飛び出してきた。

「葉月さん!!」

赤褐色の瞳が嬉しそうに見開いている。


その目がこちらへと移り……

一気にゴミを見るような目に変わった。

(わぁ、あからさまな態度ね。私たち一応初対面だよ?もうちょっと隠そうとしなさいよ!……折角だけど仲良くは出来なさそうよ、葉月さん)


そんな女同士の戦いなど露知らず。

葉月さんと店主は楽しそうに談笑をしていた。

「最近めっきり来なくなったから寂しかったよ」

「すみません。仕事が忙しくて、なかなか来られなかったのです。私も鈴の音の味がとても恋しかったのですよ」

「ほんとかねぇ。この前来た客によると、なんでも彼女さんの料理の方が美味しいって話だ。お前さんもその同気だろうてなぁ」

店主の言わんとすることがわかって、更に少女の目が冷えていく。

部屋の温度が一二度下がった様な気がする。

店主の目には、私と葉月さんが恋仲に見えたのだろう。

慌てて否定するも、薮蛇だった。

店主には暖かい目で見られ、少女の表情は険悪なものへと変化した。


それは葉月さんが私達の関係を説明するまで続いた。

「へぇ、親戚の子なのかい。そりゃ失敬。俺は店主の陽樹ようきだ。そんで、こっちが娘の華陽かよう。まあ仲良くしてやってくれ」

「えっと、薬師見習いの結奈といいます。こちらこそ、よろしくお願いします。」

漸く自己紹介が終わり、私たちは奥の個室に案内された。

常連さん用の部屋なのだろう。


「本日のオススメは豚の角煮です。新鮮な栗山豚を使用しております」

華陽が品書きの巻物を広げながら言った。

葉月さんに向かって気品のある笑みを浮かべている彼女は、一度たりとも私の方を見ることなく去っていく。

(仮にも私、お客さんなんだけどなぁ)

あまりにも徹底された態度に若干傷つくが、仕方ない。

相手がその気なら。

売られた喧嘩は買う性分なのだ。


「結奈さん、どれにします?どれでも好きな品を選んでくださいね。ここのお料理はどれも絶品ですから」

何故か少し得意気な顔に、私は何となく察した。

「……もしかして葉月さん、このお店のお料理を網羅されていたりします?」

「はい!あらかた頂きました」

「……裏メニューも?」

「当然です!」

なるほど。相当通っているらしい。


手早く注文すると、葉月さんは薬箱をゴソゴソと探り始めた。

料理を待っている間に書類整理をするようだ。

「今日は仕事をやってみて、どうでしたか?」

カルテの分類をしつつ、葉月さんは聞いた。

「葉月さんが丁寧に教えてくれたので、戸惑うことなく出来ました。でもやっぱり、薬学はまだまだです。薬草の種類も調合の分量も全然覚えられていません」


漢方薬は特に難しい。

西洋薬よりも効果が出るし、副作用も強い。

故に飲み合わせや量などもかなり考慮しなければならないのだ。

(おまけに私の専門分野ではないしね。でも、もし元の世界に戻れたら、漢方薬科の方に移ろうかな。結構興味あるし)


「薬学……というより、医療は日々進歩しています。私もまだまだ学ぶことは多いです」

「大学の入学式で、学長が同じことを仰っていました。その言葉を聞いたとき、私は改めて薬学の可能性を感じたんです。学ぶだけじゃなくて、応用して活躍することもできるんだって」

そして、私は研究者になることを決意したのだ。

新薬を開発して、治療法のない病気を少しでも無くせるように。

別に身内が病気で亡くなった訳では無い。

それでも私はそういう社会貢献がしたいと思ったのだ。 


「お待たせ致しました。豚の角煮と鶏天丼です」

葉月さんの表情が分かりやすく明るくなった。

ついでに尻尾も嬉しそうに揺れている。

早速手を合わせて、パクリ。

私は思わず顔をほころばせた。

…… めちゃくちゃ美味しい!

じっくり煮込まれた豚肉は、口に入れた瞬間トロリと溶け、じわりと広がるまろやかなデミグラスソースが絡み合い、重奏を奏でた。

付け合せの人参とブロッコリーも、甘くて茹でられていておいしかった。

まさに絶品。

「すごく美味しいです。これは確かにハマりそう……」

「でしょう!また来ましょう」

鶏天丼を頬張る葉月さんも、とても幸せそうだ。


あっという間に食べ終わり、お金を払おうと個室を出ると、陽樹さんが葉月さんを呼び止めた。

「葉月君。久しぶりに華陽を診てやってくれねぇか。ついこの間寝込んだばかりでよ」

「ええ、もちろんです」

葉月さんは快く引き受けると、私にカルテを出すよう言った。

言われたとおり封筒からカルテを取り出すと、処方された薬の量や診察の回数の多さに驚いた。

どうやら専属の患者さんの1人だったらしい。

「では華陽さん。あちらの席で診させてください」

「は、はい!」


慣れた手つきで診察を始める葉月さんと、顔を染め上げている華陽。

なんだか絵になるな、と私は静かに視線をずらした。

「少し喘息気味ですね。以前処方した薬、しっかり飲んでいますか?」

少し咎めるような口調に、華陽は目を逸らした。

「……だってあれ、とても苦いんです」

「それでも、飲まないと苦しいままですよ。それにほら、良薬口に苦しといいますから」

困ったように笑う葉月さんを見つめ、華陽は渋々頷いた。

「……わかりました。葉月さんが週に一回ここに顔を出してくれると約束してくださったら、私頑張ります」


(はぁ?!全然わかってないじゃない!!)

突拍子もない言葉に、流石に私は目を丸くした。

「流石次期当主。商売上手ですね」

そして全く言葉の真意に気づかない葉月さん。

そういう意味で言った訳では無いだろうに。

「一週間に一回は難しいですけれど、月に2回は必ず食べに来ます。これで良いでしょうか」

「絶対ですよ?約束ですからね!」

なるほど。

華陽もそこの所は諦めているらしい。

遠い目をして再び頷いた。

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