第10話 丸薬作り

 目が覚めたとき、私の目に映ったのは天井だった。

 借りた目覚まし時計の音が聞こえてくるので、恐らく自室だろう。


(あれ、私何していたっけ? というか、どうして寝ているんだろ)


 布団の中でぼんやりと考える。

(えっと、たしか素麺を作っていて……あっ!)

 思い出した。

 黄泉の従者が私を探しに来たのだ。


(私、あの後泣き疲れて寝ちゃったんだ。葉月さんが運んでくれたのかな? やだ、なんか恥ずかしい……)


 やらかしてしまった感に耐えきれず起き上がると、何かが落ちてきた。

(……タオル? )

 濡れたタオルだ。

 固く搾ったそれは、まだ少し冷たさが残っている。

 なんで、と思いながら辺りを見回すと、枕元に水の入った桶が置いてあることに気づいた。


 クエッションマークを飛ばしていると、不意に襖の向こうから誰かやってきた。

 獣耳のシルエットが可愛らしい。葉月さんだ。

「失礼します」

 小さな声で断りがいれられる。

 そして、そっと静かに襖が開かれた。


「結奈さん、起きたのですね」

「あ、あの、私……」

 どう言えばいいか分からずにいると、葉月さんの手が私の額に触れた。

「少し下がりましたね。食欲はありますか? 」

 下がった……?

 何が、と思ってから気づく。


(私、熱出してたのか。道理で頭がぼんやりするわけだね)

 納得してから、また恥ずかしくなった。

 泣き疲れて寝た上に熱出すとか……子供か!


「まだ寝ていた方が良さそうですね」

 ぼーっとしている私に葉月さんは苦笑した。

「あ、すみません。何がどうなってるのかよく分からなくて」

「いいのですよ、考えなくて。今はただ休んでください。あなたには休息が必要なのです」


 枕元に腰を下ろした葉月さんは、そばに置いていたお盆から何かを持ち上げた。

 湯気の立ったそれを私に手渡すと、落ちていたタオルを桶の浸けた。

「それは葛根湯かっこんとうです。カッコンの他にも、マオウやカンゾウ、タイソウなどを入れています。結奈さんの体調が良くなったら一緒に作りましょうか」

「はい、お願いします」

 私はゆっくりと口に含めてみた。

 ――苦い。けれどシナモンのような風味が少し癖になる味だ。

 体がポカポカと温まって、なんだか眠くなってきた。


 空になった湯呑みを受け取った葉月さんは、私に寝るように言った。

 既にウトウトし始めていた私は、なんの抵抗もなく布団に戻る。

 微睡みの中で聞こえる葉月さんの声と、額に置かれた冷たいタオルの感触。

 それらがひどく私を安心させた。


  次に目が覚めたとき、時計の針は六を指していた。

 それが朝なのか夜なのか判別しがたいが、取り敢えず体は軽くなっている。

 私はゆっくりと布団から這い出て、そばに畳んであった羽織を着て外へ出た。


 廊下を抜けると、台所に立った葉月さんが目に入る。

「葉月さん、おはようございます」

 雀が鳴いていることを確認してから、私は挨拶した。


「おはようございます。おや、顔色が良いですね。気分はどうですか? 」

「葉月さんから頂いた薬のおかげですっかり良くなりました。ご迷惑お掛けしてすみません」

「いえいえ、迷惑だなんて思いませんよ。何か食べられますか? 」

 葉月さんの言葉で思い出したかのように、空腹が私を襲った。


 思い返せば昨日のお昼から何も食べていない。

「はい、食欲はあります」

「それは良かった。座っていてください。温め直しますから」

 私はお礼を言うと素直に座卓へと向かった。


 普段のこの時間、葉月さんは薬草を取りに行っているはず。

 だが彼は今ここにいる。

 というより、恐らく昨日からずっと外に出ないでいてくれたのだろう。

 そんな葉月さんの行動に胸がじんわりと温かくなった。


(お母さんもこんな風に風邪を引いたときはお世話してくれたなぁ)

 なんて考えていると、葉月さんがお盆を持ってやって来た。

「昨日の今日なので、消化に善いものを作りました。物足りないかもしれませんが……お代わりなら沢山あるので、どんどん食べてください」


 ホカホカと湯気が立ちのぼっているのはお粥だった。

 詳しくは分からないが、具として緑の葉っぱが混ぜこまれている。

 いわゆる薬膳と言うやつだろう。

「いただきます」

 レンゲで掬って、私は一口食べる。


 途端、お米の甘さと薬草の風味が口いっぱいに広がった。

 出汁で炊いたお粥は味がしっかりとしていて、空腹を助長させてくれる。

「すごく……すごく美味しいです」

 じわりと涙が零れて、私は慌てて顔を隠す。

 何故だろう。

 この前からやけに涙脆くなっている。


 情緒不安定な自分に戸惑っていると、背中に手が置かれるのが分かった。

 そのままトン、トン、と一定のテンポで優しく叩かれる。

 その仕草が本当に生前の母にそっくりで、とうとう私はしゃっくり上げて泣き始めてしまった。


「ごめんなさい、葉月さん。私、嬉しいんです。葉月さんが私に優しくしてくれるから、それがすごく嬉しくて。嬉しいのに悲しくて。よく分からなくて」

 自分が何を言ってるかなんて考えずに、ただひたすら思ったことを口にした。

 そうしてもきっと葉月さんは受け止めてくれる。

 そう思ったからだ。


「謝らないでください。そういう日は誰にでもあります。自分の境遇が大きく変わってしまったことが、かなり負担になっていたのでしょう。本当に謝らなければいけないのは私の方です。こんなに貴方が不安になっていたのに、気づくことが出来なかった。本当にすみませんでした」


「そんな! 葉月さんは何も悪くないのに! 葉月さんこそ謝らないでください!! 」

 自分が悪い、いや自分が、なんて掛け合いをしばらくしているうちに、いつの間にか私の涙は止まっていた。

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