第11話 護衛の兎さん

 カタンと何かが慎重に置かれるような、そんな小さな物音で目を覚ました。

 のそりと起き上がって身支度をしながら、私はため息を一つつく。

(今日はお留守番をしないといけない日か)


 部屋を出ると、ちょうど葉月さんも部屋から出てくるところだった。

「あ、おはようございます」

「おはようございます」

 にこやかに挨拶をする葉月さんは、いつもと違う服装をしていた。

 外出用の紺色の着物に、藍白あいじろの羽織という出で立ちだ。

 髪は緩く編み込まれており、いつも以上に雅な印象になっていた。


「なんか、雰囲気変わりますね」

 じっくりと眺めながら言うと、葉月さんは照れくさそうに笑いながら頷いた。

「物売りは印象も大切ですからね。丸薬の箱詰めを終わらせて朝食にしましょうか」

「はい! 」

 丸薬の出来具合を密かに楽しみにしていた私は、待ってましたとばかりに返事をした。


 調合室に行き、棚の中にあったら丸薬を取り出すと、葉月さんは満足そうに頷く。

「良い感じです」

 葉月さんに手伝ってもらいながらではあったが、それでもこの丸薬は初めて自分で作った薬だ。

 OKを貰えたことが嬉しくて、私は柄にもなくガッツポーズを決めた。

 できた丸薬を手のひらサイズの木箱に詰め、丁寧に薬箱に入れる。

 薬箱は担げるようになっており、1人前の薬師である証だと葉月さんは言っていた。

 こっちの世界での白衣のようなものだろうか。


 注文の最終チェックを済ますと、私たちは朝食をとりに居間へと戻った。

 にんじんのスープとパンとベーコン入り目玉焼きを食卓に並べて、二人揃って合掌する。

 葉月さんは洋食も好んで食べるらしく、たまにこうした洋風のメニューになることもあるのだ。


 他愛もない会話をしながら朝食を食べていると、葉月さんの耳がピクっと動いた。

 ドアの方を一瞥する葉月さん。

 どうかしたのかと尋ねようとした時、控えめなノックが聞こえた。

 あの乱暴な叩き方ではないし、禍々しいオーラも感じない。

 葉月さんの方も特に驚いた様子もなく、「来たか」と小さく呟いていた。


 ゆっくりと葉月さんがドアを開けて、外の人を迎え入れる。

 入ってきたのは兎だった。

 いや、正確に言えば、兎耳の男だ。

「やあ、君が連絡符に書いてあった結奈ちゃんかな? 人間の」

「は、はい」

 この世界に来て初めて葉月さん以外の妖に会った私は、ピシリと体を固まらせて頷いた。


 短い黒髪とお揃いの兎耳と角、褐色の肌に赤い瞳。

 腰には剣を提げている。

 和服を着ているが、日本人らしくない容姿だ。

「俺はタウフィーク。アルミラージというアラビアの妖で、職業は守り屋。今日はこの家の護衛をしに参りました。以後お見知りおきを」

 恭しく一礼した彼に、私も思わず頭を下げた。


「タウ、朝食は済ませたの? 」

 私たちのことを見守っていた葉月さんが、タウフィークさんに声をかけた。

「まだだ。俺も一緒にいいか? 」

「いいよ。こうなると思って多めに作っておいたから」

(おやや? なんか仲良さそう)

 ラフな喋り方をする葉月さんが物珍しくて、つい目で追ってしまう。


 葉月さんは朝食をさっさと終わらせると、薬箱を担いだ。

「では結奈さん、行ってきます。できるだけ早く帰ってきますね」

「はい。お気をつけて」

「結奈さんを頼むよ、タウフィーク」

「ああ」

 こうして葉月さんは出掛けていった。


 ドアを閉めると、私は食器の片付けを始める。

 タウフィークさんが勝手知ったると言った感じで居間に寝そべるので、緊張していた私はあっという間に心を許してしまった。

「あの、タウフィークさん」

「ん〜? 」

「さっきタウフィークさんは守り屋って言っていましたよね? 」

 私の言葉にタウフィークさんは頷いた。

「そうだよ。アルミラージの一族は皆、この仕事をしているんだ。ほら、人間の世界にもあるだろ? 護衛家業的な」

「あーそうですね。今はあまり聞いたことがないですけど、昔はたしかにありました」

 へぇ、と気の抜けるような返事をしたあと、タウフィークさんは起き上がって、袖下から長方形の紙を取り出した。


「昨日葉月から連絡符が来てね。君を守って欲しいって依頼してきたんだ」

「葉月さんが……。あの、お二人はよく知った仲という感じでしたけど……」

「あぁ、うん。葉月と俺は、まあ家族みたいなもんなんだよ」


 葉月さんの家族!

 私はゴクリと喉を鳴らして、タウフィークの方を見やる。

 あまり家族の話をしたくなさそうだったので、私は聞くのをためらっていた。

 でも彼なら教えてくれるかもしれない。

「じゃあ、葉月さんも守り屋なんですか? 」

 思わず聞いてみると、タウフィークさんは気まずそうに目を背けて、首を振った。


「いや、違うよ。あいつの一家は神に仕えていた」

「葉月さんの……本当の家族ですか? 」

「そう。天国と桃源郷を治める神様の補佐官であり、ときには現世へと赴いて、人々の願いを集める仕事。転送術を主とした、術をかけることを得意としているんだ」

 そんな仕事があったなんて。

 私は軽く目を見張った。

 そして気づく。

「転送術って、神様と黄泉の貴族しか使えないんじゃないんですか? それに、葉月さんは薬師をしていますけど、補佐官の方はしていないんですか? 」

「転送術を使えるのは、厳密には神様と貴族と、そして霊狐の一族だったんだ。ほんの10年前までは……」


 そこまで話して、タウフィークさんはハッと息を詰めた。

 苦笑いを浮かべて、再び寝転ぶ。

「結奈ちゃん。悪いけどそれ以上は本人から聞きな。俺からは言えない」

 そう言って天井を見つめたタウフィークさんの瞳は、少し悲しそうに陰っていた。

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