第6話 美味しい夕餉
「今日のメイン料理はアジフライです。お味噌汁とフライは私がやりますので、結奈さんはおかずをお願いします。冷蔵庫の中身は何を使っても構いませんので」
「わかりました」
私はアジフライに合いそうなおかずをサーチしていく。
(うーむ。ここはやっぱりほうれん草のお浸しかな?緑を入れると見栄えが良くなるし。それと……あ、筑前煮食べたいかも!材料があればだけどね)
葉月さんがパン粉をミキサー(これも神力機器)にかけている横で、私はまず料理器具の配置を一通り把握することにした。
やはり道具は現代とあまり変わらない。
次に冷蔵庫をチェックする。
「わぁ、凄い!食材が一杯」
ぎっしりと詰まった食材たちに驚いて、私は思わず声を上げた。
「神力冷蔵庫はとても保存力が高いのです。だから、ここに入れておけば、生モノでも一年はもちます」
ちょっと持ちすぎでは?という感想は言わなかった。
なにしろ、それがこの世界での常識なのだ。
「よしっ!」
気合を一つ入れると、私は早速ほうれん草のお浸しを作り始めた。
同時進行で筑前煮も進めていく。
「結奈さん、出来上がりましたら教えてください」
そう言いながら葉月さんは、捌いたアジを冷蔵庫に戻した。
「揚げたてのアジフライは格別ですから!揚げるのは食べる直前にしましょう」
などと嬉しそうに言い置いて、葉月さんは一度台所の奥へと消えた。
その先に何があるのか気になったが、今は料理に集中することにする。
一、二十分して葉月さんが戻って来たころには、私の料理は完成間近だった。
「あ、葉月さん!もうすぐ出来ますよ!あとは味の調節だけです」
「わかりました。では私も準備しますね」
葉月さんは両手で抱えていた風呂敷を置くと、アジを取り出した。
(なんか身が輝いて見える!美味しそう)
まだ切り身状態だが、それでも思わず涎が出そうになる。
小麦粉、溶き卵、パン粉。
順番にくぐらせて……
じゅわぁ──
熱した揚げ油にアジを入れた途端、子気味良い音が部屋一杯に広がった。
同調するようにお腹が鳴り出すのは不可抗力だろう。
キツネ色にこんがりと揚がったら完成だ。
「うわぁ!美味しそう!」
早速お皿を二枚取り出して、盛り付けに入る。
葉月さんは、昼食でキャベツの盛り合わせを使ったからか、フライにはクレソンを添えていた。
バリエーションと見栄えを重視しているのだろうか。
盛り付けと配膳を終えると、葉月さんが紅色の液体が入った徳利を持ってきた。
「それはなんですか?」
「ザクロ酒ですよ」
首を傾げる私に、葉月さんは笑顔で答えた。
ガラス製のお
「私未成年ですから、お酒はダメなんです」
しかし、葉月さんはその反応を予想していたようで、ニヤリと笑った。
「それは現世のことでしょう。大丈夫、ここにはそんな法律ありませんから。それに、これは食前酒ですから、度数も低めですし」
だから飲みましょうよ、と誘われる。
(大丈夫って言われてもなぁ。お酒って、体に悪い印象あるしなぁ。いや、興味はあるんだけどね?)
若干の沈黙ののち、私はコクリと頷いた。
「の、飲みます」
「はい!」
法に背くことに少し罪悪感はあるが、葉月さんの嬉しそうに揺れる尻尾を見て、全て吹っ飛んだ。
(だめだ。よくよく考えてみると、私って無類の犬好きなのよね。というか、哺乳類は大体好き。……だから、あんな可愛い耳と尻尾を見たら断れないのよ。うぅ、困ったなぁ。もしこれから先、無理難題を申しつけられても、哺乳類系の妖には太刀打ちできなさそう)
「……結奈さん、本当にお嫌であれば無理に飲まなくてもいいですよ?飲まなきゃ死ぬってものでもないですし」
きっと無意識に険しい顔をしていたのだろう。
私の表情を見て、葉月さんはそう言った。
「あぁ、いいえ!飲みます。なんだか美味しそうですし」
目の前に置いてくれたお猪口から、ふんわりと甘い香りが漂ってくる。
「では、今日一日お疲れさまでした」
葉月さんの一言で、私たちはカチンとお猪口を重ねた。
ぐいっと飲み干す葉月さんを尻目に、私は恐る恐る口に含んでみる。
「え……飲みやすい」
思わず声がこぼれた
すっきりとした口当たりと、ざくろの甘酸っぱさが真っ先に口に広がる。
その後にくる渋みが癖になりそうだ。
そんな私を見て、葉月さんはにこりと微笑んだ。
「よかったです。ザクロ酒の渋みは、人によって苦手な人もいるので」
私はその言葉を聞きながら、独り悦に入っていた。
お酒を飲んだことで、ちょっぴり大人になれた気がしたのだ。
食前酒のおかげか空腹に拍車がかかった私は、そのままの勢いでフライにかぶりつく。
さくっ、ふわっ
しっかりとした歯ごたえの衣を突き破ると、ふわふわほくほくのアジの身を見つける。
噛み切って味わう。
「美味しい!」
これまた驚きの声を上げると、やはり葉月さんは嬉しそうに笑った。
「結奈さんの筑前煮とお浸しも、とても美味しいです!筑前煮のまろやかな甘みが、すごく懐かしい感じがします。それにこのお浸し!さっぱりしていて、揚げ物にちょうどいいですね。この味……レモンですか?それとお醤油?」
どうやら初めての味だったらしく、一口、また一口と食べながら考え込んでいる。
「これは、ゆずと醤油とかつお節、あと昆布を使っています。私のところでは『ポン酢』と呼ばれているんです」
「ゆず!」
なるほど、と頷く葉月さん。
ここではあまり調味料の発展が進んでいないようだ。
それなのに、アジフライもお味噌汁も、味がしっかりしていて美味しい。
いや、あっちの食事よりも美味しい気がする。
食事がこんなにも幸せな時間であったとは……
(あ、そっか。誰かと食事するのが久しぶりだからだ)
まだ高校生だった頃。
少しでも家に負担がかからないよう、私は遅くまでバイト漬けの日々を過ごしていた。
帰ってくると既に家は真っ暗。
寝静まった家をそっと歩き、用意されていた冷たいご飯を、音を立てないように気をつけ乍ら食べていた。
そんな毎日だった。
大学生になって、温かいご飯を明るい家で食べるようになっても、私には物足りなさを感じていた。
ずっと、ずっと、ずっと。
お父さんとお母さんがいなくなったあの日から。
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