第5話 提案とお仕事
「帰るまでの間、私の助手をしませんか?」
ジョシュ……助手?!
「え、助手ですか?私が?」
驚きで口をパクパクさせている私を横目で見つつ、葉月さんは道具を色々取り出す。
「ええ。薬師はかなり大事に扱われる存在。腕の良い者などは、専属として雇われることもあるのです。助手もまた然り。つまり、結奈さんの良い後ろ盾になると思うのです」
おぉ!と私は前のめりになった。
薬学を学びながら自分を守れるなんて、まさに一石二鳥だ。
「それ、すごくいいアイディアですね!漢方薬についても学んでみたかったので、是非やらせてほしいです」
交渉成立。
一呼吸置いて、葉月さんが座布団を二枚持ってきた。
「そうと決まれば、早速作業の説明をいたしましょう」
そう言うや否や、葉月さんは戸棚から小さめの
続いて、深底の
その二つを調合台へ並べると、私の方へ向き直った。
「今からやってもらうのは、質の悪いオオバコの種の除去です。材料の質は品質に大きく左右しますので、きちんと見定めしなければいけません」
「私、目利きなんてしたことありませんよ?」
なんだか重要な役割を任せられた気がして慌てる。
こっちの世界の人に、果たして薬学部2年の力量がわかるのか、いやわからないだろう。
そんな私に葉月さんは、大丈夫です!と微笑んだ。
「本当に簡単な作業ですから」
そう言ってから葉月さんは、大きめのスプーンを甕の中に突っ込み、種を掬いあげた。
「種はこのようにとても小粒なので、一つ一つ見分けることはしません。こうやって水の中に入れて、浮かび上がってきたものが不良品です」
大鉢の水に浮かぶ種を、
「ね、簡単でしょう?」
私はその言葉に頷き、早速取り掛かることにした。
「その種子を乾燥させたものを
説明が終わると、葉月さんは籠の中身を取り出していった。
種類ごとに紐でまとめられている。
ほとんどが知らない薬草だったが、一つだけ、スーパーでよく見るアレがあった。
「それって……山芋ですか?」
「ええ。山芋には消化を促進させる作用がありますし、ねばつきがあるので、丸剤(がんざい)のつなぎ剤にもってこいなのです。それに、薬膳にすると凄く美味しいですし!」
嬉しそうに手を合わせる葉月さん。
狐耳のせいか、一々仕草が可愛い。
(料理上手だし博識だし優しいし……これはモテる)
自分の作業に熱中しだした葉月さんを見て、私はそう確信した。
それから約3時間。
私達は作業に没頭した。
一つ終わったら葉月さんのミニ講習を受け、また一つ終わったら講習を受け。
地下ということもあり、完全に私は時間の感覚が分からなくなった。
「もう5時ですか」
そう葉月さんが呟くまでは。
(……時計あるんかい!)
しかも現代にあるような腕時計だ。
背景と服装に合わなさ過ぎて、イマイチ時代風景にノリきれない。
(ここは和時計を使うべきでしょ)
高校生時代に習った十二支の和時計が、頭の中で虚しく散ってゆく。
「そろそろお夕飯の準備をしてきます。結奈さんはどうされますか?」
道具を片付け乍ら葉月さんが尋ねる。
私は一瞬考えたのち、頷いた。
「私も丁度終わったので、夕食作り手伝います」
「助かります」
葉月さんが後片付けを終え、部屋を出ようと立ち上がった。
私もそれに習って腰をあげる。
──がしかし、私は気づいていなかった。
普段椅子生活である自分が3時間も正座をしていたことに。
前へ踏み込んだときの足の感覚があまりないことに。
立ち上がることで血流が一気に良くなり、にぶくなっていた知覚神経が働きだすことを自覚したときには、もう既に手遅れだった。
体が前につんのめり、どんどん畳との距離が近くなる。
(うわぁぁぁ!!)
──ドッ
衝撃に備えて目を瞑っていた私の鼻を、干し草とシナモンの香りがくすぐった。
「大丈夫ですか?!」
同時に至近距離から聞こえる葉月さんの声。
ひどく焦っているところから、私が具合を悪くしたと思っているのを察した。
だが、そちらを宥めている余裕などない。
(え、ちょ、ちょっとまって!私今どういう体制?!)
私もプチパニックを起こしているのだから。
転びそうになったところを葉月さんが受け止めて……
お互い正面を向いていたってことは……
(傍から見たら抱き合っているよね、これ。なにこの恋愛漫画みたいな状況!いやいやいや、それよりどうしよう。足が痺れて動けないんだけど!)
ほんの数秒だっただろうに、とても長い間そうしていた気がする。
「あ、あの……」
情けない声を上げる私に、葉月さんが慌てて動き出した。
ゆっくり私を座らせてくれる。
「すみません。ご気分が悪かったことに気づかずに仕事をさせてしまって」
肩も耳も、尻尾でさえも下げて、葉月さんがしょんぼりとうなだれた。
そんな葉月さんの姿に申し訳なさと恥ずかしさがこみ上げてきて、私はぶんぶんと首を振った。
「違うんです、違うんです!具合が悪いとかじゃなくて、ただ足が痺れて上手く立てなかっただけで!だから、えっと、なんかホント……すみません」
顔が熱いので、おそらく真っ赤になっているのだろう。
本当に穴があったら入りたい。
葉月さんは私の言葉に一瞬固まり、事を理解して体の力を抜いた。
「なるほど……」
葉月さんは一言そう呟いて、何か思案するような顔つきで立ち上がった。
「どうしましょうか。私が居間へお連れしてもよいのですが」
私はまたも首を振った。
「歩けます!」
(お連れするって、今度こそ負ぶっていく気なのかな?それはやだ!恥ずかしすぎる)
今度こそしっかり立ち上がると、葉月さんは可笑しそうに笑った。
「大丈夫そうですね。では行きましょうか。地下は少し冷えますから」
再び暗い階段を上り、私達は居間に戻った。
そのまま台所へ直行しかけた葉月さんが、ふと足を止めてこちらを振り向いた。
真剣な表情に思わず背筋を伸ばす。
「結奈さん。もし何か身体に違和感を覚えたら、すぐに私に言っていください。この世界が人の体にどのような影響を及ぼすかわかりません」
葉月さんの言葉は、私にとって目から鱗だった。
そして同時に、先程の葉月さんの慌てぶりを理解する。
(そっか。だからあんなに慌てていたのね)
なんだかちょっぴり嬉しい。
両親を幼い頃に失くしている私は、親戚の家をたらい回しにされていた。
気にかけてもらっていたのは事実だが、私にはどれも表面上の心配としか感じられなかった。
勿論感謝はしている。
だが、葉月さんの心からの気遣いが、素直に嬉しかったのだ。
私はコクリと頷いて了解し、先程の醜態を打ち消すべく、夕飯作りを張り切ることにした。
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