女王の招集

 全ての男達が、霞の間に集まった。

 十数人という人数だが、男達が一室に集まれば比較的広いはずの霞の間は、あっという間に狭く感じてしまう。

 天音は銀翼に淹れさせたお茶を一気に煽ると、長椅子から立ち上がり、何故集められたのか分からない男達の疑問そうな顔を見つめた。


「お前達に集まって貰ったのは、この度蝶会議で決まった恋香炉の被害を抑えるための案が決まったからだ」


 天音の凛とした声に、多くの男達は背筋を伸ばし天音の話に耳を傾けた。

 しかし、傍に控える緋毬だけは、一人何処か不安げな表情を浮かべていた。


「知っている者も多いと思うが、先日伊月屋の若草花魁も恋香炉に犯され足抜けを企てた。女は夢幻郷への立ち入りを禁止され、若草花魁は一年間山籠もりとなった」


 その天音の大きい暴露に、一瞬にして男達はざわめきたった。

 知らなかった者、知っていた者、興味のない者。反応はそれぞれだったが、天音が持っていた扇で手の平をパシンッと叩けば、男達の顔は口を閉ざした。


「会議での結論は二つ。一つ『あらゆる香炉の持ち込みを禁ず』。一つ『夜見世の短縮』」

「はい」

「ん?どうしたのおぼろ、貴方から声を掛けるなんて珍しいじゃない」

「いけませんでしたか?」


 手を上げ、朧と呼ばれた一人の青年は、天音の発言に対して薄く笑った。

 元・愛歌の振袖新造で、最近水揚げされたばかり。

 遊郭では新米であるが故に最下級の部屋持という地位にいるが、年上の姉様方に可愛がられており、二十歳を超えれば花魁も夢ではないとまで噂されている期待の新人であった。


「いけないなんて・・・何か疑問?」

「一つめの香炉の持ち込みを禁ずるのは分かります・・・しかし、二つめの夜見世の短縮というのは?」

「安心なさい、説明しようとしていたことよ。現在夜見世の時間帯は、午後六時から深夜十二時まで。けれど、今回の蝶会議で午後六時から、夜十時までとなったのよ。理由は、今まで恋香炉が使われた多くの時間帯が夜見世だったからよ」

「成程・・・分かりました」

「理解して貰えて嬉しいわ。他に、誰か疑問のある者は?」


 天音がそう問うと、傍に控えていた緋毬がおずおずと手を挙げた。


「何かしら緋毬」

「あの、その夜見世の短縮は何時から始まるのでしょうか」

「三日後の予定よ。此方からも案内板で張り出したりして告知に務める予定だけれど、貴方達も馴染みの客が来た場合伝えておきなさい」


 その後、目立った質問が上がらなかった為、天音は招集を解散した。

 ぞろぞろと部屋を出て行く中で、緋毬だけは何処か不安げな表情を残して天音の傍を離れようとはしなかった。

 そんな緋毬の様子に気づいたのか、天音はフッと軽く微笑んだ。


「何を不安そうにしているの?せっかく男前な顔をしているのに・・・まるで捨てられた仔犬のよう」

「からかわないでください・・・天音姉上から与えられた密命、果たせられるか少し不安で」

「あら、そんな事?別にそこまで大した話じゃないじゃない。別に私は貴方が失敗しても怒りはしないわよ」

はしないだけ・・・でしょう?」


 緋毬の名前の由来となった緋色の瞳が、揺らいでいた。

 まるで静寂な湖に投げ捨てられた石によって起こされた波紋のように。


「臆病者ね。貴方が考えている、その最悪な事態にならないように努力すれば良いだけの話じゃない」

「・・・」

「信じなさい、緋毬」


 黙りこくってしまった緋毬に対して、天音は扇を使い徐に顔を無理やりあげさせた。

 天音の言葉はまるで、蛇の様に緋毬を締め付け、その眼は猛禽類のそれだった。


「天音・・・姉上」

「己を信じなさい、緋毬。私は貴方を信じているわ。緋毬、貴方何時の間に私が信じている者の否定する程偉くなったの?」


 威圧。その一言で天音の全てが表された。

 恐らく、天音のその傲慢ともいえる態度に多くの人は怒りを覚えるだろう。正常な判断が出来る日常という名を楽園にいる者たちは。

 しかし此処は夢幻郷。女の夢、男の欲望。女の淫らな喘ぎ声、男の荒い息が夜の闇に溶け、消えていく。

 そんな世界に、正常な判断が出来る者などいない。


 蜜を知ってしまえば、二度と知らなかった時には戻れない。

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