Dubious


 怪文書をつくる仕事をしている。


 そう自己紹介すると、たいていの人は「冗談はよしなよ」と笑いながら言い、僕は毎回接触事故でも起こしたような気分で苦笑するハメになる。

 意味がわからないと言われるのにも、ずいぶん慣れた。

 顔を歪めて肩をすくめそうな勢いの友人たちに「大丈夫。僕もまだよくわかってない」と言うのもすっかり板についてきている。何を質問されても答えられることと答えられないことがあるし、僕にわかることといえば、この世界がまだ不思議に満ち溢れているということだけだ。

 怪文書をつくる、と言っても何をしているのか皆目見当がつかないだろうから、僕が認識できている範囲で説明してみようと思う。

 ”量子言語学”という学問領域がある。こんな仰々しい名前が付けられたのは最近のことで、この中の一分野なんかは、元はもっとアングラに、”魔道書”だとか”奇書”だとか言われていたものの収集と研究のことを指していた。そして僕が従事している仕事というのは、どうしてかそいつらに関するものだった。

 僕は大学在学中に偶然”魔道書”に準ずるものを手に入れてしまって、それを機に量子言語学と出会ってここに至っている。僕の件は幸いたいしたことにはならなかったけれど、あの時感じた恐怖と、それと同じくらいの好奇心は未だに忘れられない。下手をすれば人的被害を及ぼすそれらの書物と向き合うのは、なかなかにスリリングだ。

 量子言語学では、これまでに発見され、しかしながら書き手も内容も不明である怪文書を「自然発生のものであり、一つの現象である」と定めている。つまるところ、それらの意味不明な言葉の羅列というのは、「現存の人間社会に存在する/存在しない表音文字、表意文字がランダムに組み合わさって偶然できあがった」もので、「”魔道書”の類は人為的に作成されたものではなく、あくまで自然現象としてポンと発生した」ものであるということだ。そして、その文字の組み合わせが偶然に偶然を重ねて、人間に理解可能かどうかを問わず、この世界系の中で特異な意味を持ってしまうと、異常現象を引き起こす”魔道書”になる。この領域では、そういう考えのもと、危険な文書の出現に対する予防策を行っている。

 それが、僕の「怪文書をつくる仕事」なのだった。

 怪文書の出現は、ある程度リズムというか、法則がある。僕が所属している研究所で採用されている理論では、”魔道書”化する可能性のある怪文書は、世界にある特定のリソースを消費し、非常に複雑怪奇な過程を経て発生するということになっている。

 考え方は、こうだ。

 もしその理論が正しいならば、それを人間の手で先に使ってしまえば、発生の可能性を下げることができるのではないか? そのランダムな振る舞いを多少なりとも制御できるのではないか?

 僕たちがやっているのは、そういう試行と実験に予防策というわけだ。とはいえ、当然ながら人の手でひとつひとつ書いていくわけにもいかないから、専用に開発された量子コンピュータ数基を稼働させることで条件を満たしている。だから、僕は文筆家でもなんでもなく、やっていることはシステムエンジニアのそれなのだった。

 近頃は、世界各地で回収された文書の解析によって、幾つかの文字の形や構造のパターンがある程度見えてきた。現在行っているのは、それらをベースにした文書生成が書物の発生を有意に抑止できるのかということで、サンプルの収集が目下のところの指標になる。生成された怪文書を検証プログラムに通し、その上で一定期間後の世界における”魔道書”発生状況を観察する。それでようやく効果のほどが見られるというわけだ。

 メールで仕事の話をする機会はあまりないから、うまく伝えられたかはわからないけれど、今の僕の状況はそんなところだ。穏やかにやっているよ。ビールを飲みながらこれを書けるくらいにはね。

 ちょうど今、研究所から連絡が来たところだ。仕事だってさ。

 というわけで、区切りもいいからこのあたりにしておく。また書くよ。それじゃ。

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