第二話 鱗片の執着

『お父さんとお母さんどっちについてくる?』、『真琴君がやった、僕の耳に!』、『自作自演じゃねーの?』『お前の友達はお前と好んでいる訳じゃ無い、このステータスがあるからだ』。

 記憶に基づいた夢を見る度、どれほど心が頼りないかを否が応でも再確認させられる。『あーーあぁ』深いため息を吐き、寝椅子で青年は背伸びをした。関節の叫びが身体中に広がるだけでなく倉庫中に広がって聞こえる様な気がした。湯を沸かしている間に歯を磨き顔を洗う、”馬鹿は風邪を引かないらしいのできっと大丈夫だ”、とでもこの青年は思っているのだろう。言うまでも無く体調を崩した青年は二十代だと言うのに、鏡に立つとそれより十歳位老けて見えた。彼は元々落ち着いた性格で大人びて見えるが嫌だと言う。それも良さだとわかっていない様で、何せ自尊心だけは過剰に持ち歩いていて、それでいて芯がある様に見える。しかし、それは大きく湾曲しすぎて直線状に見えているに過ぎなかった。

 こんな時、誰にも頼れないのはその自尊心とともに人間関係を損得勘定ソントクカンジョウで行ってきた当然の報いだった。沸騰した湯を珈琲の豆に、この時は真剣に成れているのに。丁寧にゆっくりと円を描いている。『ありがとう、ありがとう、美味しくなれ、美味しくなれ』と青年は呟き一人笑っていた。まあ、年齢を疑う珈琲の入れ方で碗に注ぎ入れたと思えば、床に叩きつけた。軽快な破損音と湯気が倉庫に立ち込める。一体、同じ事を繰り返せば気が済むのか。

 時間は進まない、進まないのでは無くてきっと進む事を恐れているのだろう、失敗や評価と言うハルか先の結果が恐怖であって仕方がないのだろう。得てして彼が嫌いだという訳では無く現実を直視させたいだけで。一つ分かるのは本人が人生の進み方は人其々ソレゾレだと信じ込ませようとしている事だ。しかし、それは逃げ口上に過ぎず。一番の問題は彼の時間が進まなければ私の時間も進まないと言う点で。彼には人生を謳歌オウカして貰いたい、貰わなければならない。どれだけ傷ついても恥を書いたとしても前に進んで貰わなければならない。ともなれば、行動あるのみで彼には苦しみが必要不可欠で、今よりずっと現実に直面してもらう。何時迄イツマデモも過去の古傷に苛まれるのは彼自身も本意では無いだろう。

 まずは自分だけで無く他人からの批評を受けてもらおう。友達がいないと思っている様だがそう自分が決めつけているだけだ、勘づかれる前に布石を打つ。憐れな結果になるかは分からないが他人からによる確実な客観的意見を聞けば、少しは変わると信じたい。

 その一方、青年はお気に入りの靴を時間をかけて履くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る