第9話 必要なのは知恵と発見

「それで追われてたってわけか。何と言うか、納得した」


「何がですか」


「何でですか……」


 カイルの家で事のあらましを説明すると、ハルデヒトはそう言ってうんうんと一人頷いた。カイルとサラの不満げな顔も何のそのだ。


 トイ家の私兵に連れ去られるすんでの所で助けられた二人は、落ち着いて話が聞きたいというハルデヒトの言葉に取り敢えずカイルの家まで来たのだ。突然家に王族が来たものだからウェルズとナーシャは、それはもう首が取れるのではないかという程付き人や王宮近衛兵に頭を下げ右へ左へ駆けずり回り、やれ高級紅茶を買って来いだの何でもいいからいい茶菓子を買って来いだのと、とにかく家に王族が来るという異常事態に慌てふためいていた。


 さてカイルはと言えばそんな両親の驚きなど露知らず、仮にも国の第二王子たるハルデヒトに対してああでもないこうでもない言っていた。サラスティアも同様だ。

 ハルデヒトを警護する王宮近衛兵はその光景に唖然としていたが、ハルデヒトは気にするなと言うし、学校の中では良き先輩と後輩となっている間柄に今更あれこれ介入できる訳も無い。


「それで、どうしてハルデヒト様はここへ?」


「あぁ、それを言ってなかったな」


 ハルデヒトは最近カイナル大森林で相次ぐ獣人の失踪事件に関して、前々から獣人の人身売買疑惑のあるトイ家を捜査するために来たのだという。


「それって十三歳でやる事なんですか……」


「ま、王族たるものってやつだ。父様、いや、国王の意向でもあるしな」


 半分呆れたようなサラの質問にもどこ吹く風だ。王族には王族の事情があるのだろう。


「さて本題に戻ろう。サラがエルフの首飾りをトイ家の私兵がしているのを見たのは本当だね?」


「はい。見た事があるものだったので」


「うーん。それを見た事があるってのも、普通はあり得ない話なんだけどなぁ」


 ハルデヒトがそう言うとサラはしまったとばかりに口を覆った。だがハルデヒトは慌てて手を振る。


「いやいや、別にサラの事をどうこう言うつもりは無いよ。偶然街の商店かなんかで見たんだろう、極稀に出回る事もあるらしいからね」


 庇うような言葉にサラはありがとうございますと頭を下げたが、いまいちよく分かっていないカイルはなんだか置いてきぼりにされた気分だ。


「入学式直後ぐらいに、トイ家の子息が食堂で暴れた時の事を覚えてるかい?」


 その事はよく覚えている。あの騒動以来、本人であるエルゼンと付き人のイザールはろくに学校に来ていないらしいが。


「あの時に獣人やエルフの村が襲われて、実行した賊を捕まえたら皆がトイ家の名前を出したという話をしただろう」


「そう言えば……そんな事言ってましたね」


 言われて思い返してみれば、ハルデヒトのその言葉でエルゼン達は退散したのだ。


「あれは実は決定的な証拠が無くてな。確かに捕らえた賊は皆が"トイ家に依頼された"と言ってるが、実際にトイ家が賊にそのような命令を出した証拠が無い。さらに言えば本当はもっと早く家宅捜索をしたかったんだが、何故かずっとストップがかかっててな。まぁ大方賄賂でも渡してたんだろうが、今回という今回は無理やりやらせてもらうという訳さ」


 正直説明の半分ぐらいはよく分かってなかったカイルは曖昧に頷いただけだったが、ルヴァンで色々と見てきたサラは違う感想を持った様だ。


「すみません。家を捜索するのにストップがかかっていたって言いましたが、その人の持ってるお金とかを調べてトイ家との繋がりを証明したりって方法もあったんじゃないですか? まずその人を落とせば、トイ家の捜索ももっと楽になると思うんですが」


 サラスティアの言葉にハルデヒトは目を丸くした。


「サラは……本当に十歳かい?」


「十歳です。まぁ同級生以上に、見たくないものまで見た気はしますが……その辺は、それこそ調べればわかる事と思います」


「ふむ、まぁその辺りは詮索しないでおくよ。さて、サラの言ったことはもっともだ。司法大臣の身辺を叩けば埃は出て来るだろうが、今そいつをクビにすると内政の方がガタガタになるからな。それにそっちは王宮の方で対応してるから、諸悪の根源のトイ家の方は僕が任せられたってわけさ……って、カイル聞いてるか?」


 急に振られたカイルはと言えば、ポカンとした表情で明後日の方向を向いていた。


「キイテルヨ、ヨクワカンナカッタケド」


「ダメだ、カイルは固まってる」


「もっと勉強しなよカイル……」


 二人に突っ込まれると、カイルは正気を取り戻したように首を振る。とは言えサラスティアとハルデヒトの会話もとても十歳と十三歳の会話では無いのだが、聡い割には二人ともそういう所には気付かない。


「しかしハル様、そのなんか大事そうな話を自分達にしていいんですか?」


 カイルがそう聞くと、ハルデヒトはクックと笑い始める。


「普通こんな話は特進学科のクラスメイトにもしないさ」


「ならどうして?」


「君達にもトイ家の家宅捜索に来てもらうからだ」


 ハルデヒトは何でもない様にそう言ったが、カイルとサラスティアは二人揃って間の抜けた声を出した。


「……は?」


「まぁ……来てもらうって言うのは建前で、実際には監視という事になる」


 その言葉に再び「え?」と言った。監視される理由など思い浮かばない。


「ロンデール家の襲撃がカイルの家が主犯だというのが報じられただろう? 僕はここに来る直前にその事を知ったが、あの襲撃を指示したのがトイ家である証拠が無いのと同じように、カイルの家が指示したという事を否定する証拠も無いんだ」


「でもそれは、カレントさんが直々に違うって……」


「らしいな。だけどそれの物的証拠が無い。トイ家にこれまで踏み込めなかったのと同じ事だ。こう言っては悪いが、脅されてそう言わされていると取ることもできる」


「そんな……」


 カイルはそう言うが、だが実際ハルデヒトの言う方が正しい。現状ではカイルの家の無実潔白を証明する物的証拠は何一つ無い。


「それとサラも、襲撃事件があった晩にカイルの家に泊まっていたんだろう? ならば重要参考人として一緒にいてもらわなければならなくなる。その辺りをどうか分かって欲しい」


 サラも不承不承ながら頷く。カイルの家に泊まった時に何か不審な動きがあったとは思えないが、それを口にしたところで証拠が無いのは変わらないと分かっているからだ。


「勘違いしないで欲しいのは、僕がカイルやサラを疑っている訳じゃないって事だ。勿論カイルの家の人も誰も疑ってない」


「ならどうして……」


 カイルの純粋な疑問に、ハルデヒトは一息ついて答えた。


「難しい話だとは思うけどな。僕みたいな、嫌でも人の上に立たなければならない者は、根拠の無い噂に惑わされないで自分の力で情報を整理して真実を見つけ出さなければならないんだ。だからこうしてわざわざ現地まで赴いたりするし、自ら指揮を執ったりもする。勿論君達は一番後ろの安全なところにいていいから、少しの間だけカイル達には同行して欲しい」


 第二王子たるハルデヒトにそう言われてしまっては二人とも従う他無かった。


 *


「王国が定める代執行法に基づき、只今よりトイ家の邸宅及び敷地内に立つ建物を捜査させていただく。速やかに門を開けよ。開けぬ場合は強制手段に訴えさせていただく」


 強制捜査に当たる王都の憲兵が、門の前でそう宣言する。カイル達が来た時と違って門の前には誰もおらず、声に応える者も誰もいない。


「もう一度警告する、速やかに門を開けよ。さもなければ王国が定める代執行法に定める――」


 そこまで言った時、中から声がした。


「ルヴァンから直々にお出ましとは、何の用事か。まずはそれに答えよ」


「しらを切るな。最近相次いでいる獣人族の失踪事件に関してのものだ、心当たりが無いとは言わせんぞ」


 そう叫ぶとやや間があって門が開いた。憲兵が雪崩れ込み、すぐに屋敷の周りを取り囲む。


「これはこれは物騒な事だ。ルヴァンの憲兵が何の用かな」


 玄関からおもむろにトイ家の主人、トイ=カラヌスが出てきて億劫そうにそう言った。傍らに書類を持ち、さも仕事中に出てきた風体だ。

 憲兵が先程の口上をもう一度述べると、カラヌスの顔は露骨に歪んだ。


「トイの名をなんと心得るか。事もあろうに我が家が獣人や長耳の人身売買に関わっているとは、見当違いも甚だしい」


「そう言った事は、家宅捜索に協力してもらった後に言ってもらおう。行け」


 カラヌスの言葉を無視して憲兵が家に雪崩れ込む。使用人や私兵は黙って憲兵が家に入ってくるに任せていたが、その目には不信感がありありと浮かんでいた。


 憲兵達が捜索に入る間、カイルとサラは手持ち無沙汰だ。とりあえず終わるまで待っててくれとは言われたが、二人とも何が悲しくてよりによってトイ家で待たなくてはならないのかといった表情である。


「ねぇカイル、本当にトイ家が犯人だとしてさ。こんな捜索して見つかると思う?」


「うーん、どうだろうね。どこか別の場所にあったりしそうだよね」


 カイルにしてはまともな事を言っているのは、つい最近そんな感じの展開が出てくる少年向けの本を読んだからだ。


 そうして邸宅の敷地の内側に開けられた門扉に寄っかかりながらしばらく待っていると、カイルはふとやった目線の先に不自然なものを発見した。


「うん?」


「どうしたの?」


 カイルがおもむろに今見つけたものに近づく。それは普通の木であったが、幹に細い枝と葉っぱが刺さっていた。


「なぁサラ、普通こんな事になるか?」


「枝が……幹に刺さってる? 誰かがやらなきゃこうはならないんじゃない? でもどうして……」


 何の気なしにその葉っぱの尖っている方が示す所を見ると、別の木に同じく細い枝と葉っぱが刺さっているのが見えた。


「もしかしてこれって……」


「あれ? カイルにサラじゃん、何やってんのさ」


 声がしたので振り向いてみると、そこにはタロスとシルフィがいた。


「二人こそ何やってんのこんな所で」


「いや、シルフィが……」


「そうそう! こっちに来てからできた知り合いにそれとなく聞いてみたらさ、何日か前の夜中にこの家の前に二台の幌馬車が横付けされてるのを見たって人がいたのよ」


 幌付きの大きい馬車は様々な用途に用いられる。行商人が荷物を載せる為、大人数の冒険者が自分達の荷物を運ぶ為、軍隊が戦地へ兵士を送る為。そして、奴隷商人が奴隷を運ぶ為。


「ほら、トイ家ってアレだったでしょ? だから見に来てみたんだけど……」


 シルフィの言葉が尻すぼみになる。確かに来てみたらこの騒ぎだし、そこに見知った顔がいれば不思議に思うだろう。


「ね、シルフィって森の事とか詳しい?」


「そりゃ一応長耳族だし、少しは詳しいよ。なんで?」


「森の中でさ、あんな事ってある?」


 カイルはそう言って、先ほど見つけた不自然な枝と葉っぱを指差す。シルフィは近寄って少し観察すると、やがてゆるゆると首を振った。


「これは見た事無いね。誰かがわざとやらなきゃ」


「やっぱり。それでね、この葉っぱの尖ってる場所の先にさ……」


 結局四人で不自然な枝が刺さる樹を追っていくと、ある所で葉っぱが下を向いている場所に行き着いた。


「ここで終わりみたいだね」


「下? 下に何かあるのかな」


「下って言っても地面でしょ?」


 めいめいにそう言いつつ、カイルは近くに落ちていた太い枝を拾うと、地面をガリガリと引っ掻いてみた。


「ん?」


「どうしたのカイル」


 サラの問い掛けに答えず、枝を放って手で地面の土を払う。するとそこには、巧妙に隠された把手と地下に続きそうな蓋があった。


「これって!」


「まさか!」


「サラ、誰か兵士を呼んできて!」


 気がつくと周りに兵士はおらず、慌ててサラは門の方へ走っていく。

 残った三人は蓋を持ち上げてみようと試みたが、子供の力だけではちょっと持ち上がっただけで完全には開けられなかった。


「ねぇこれってもしかしてさ……」


 タロスが言いかけてやめたが、その先に続く言葉は皆同じだ。

 襲撃した獣人達はここにいるのでは? と。

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