第8話 犯人は誰だ

 カレントさんと何やら話をしたらしいサラを待って、カイルは憲兵詰所へと向かった。勝手知ったるアコーズの街だが、憲兵詰所に行く事など滅多に無いので少し緊張している。


「お、どうした坊主と嬢ちゃん。何か落としたか?」


 着いて早々、門番の憲兵にそんな事を言われた。確かに子供が二人で憲兵詰所に用事があるとすれば、大方そんなところだろう。


「あ、あのっ、ロンデールさんの家を襲ったっていう獣人に会わせてほしいんですが……」


 カイルが意を決してそう言うとサラは呆れた顔になり、憲兵の顔は一気に強張った。


「……あのな、坊主。普通犯罪者にはそんな会わせてくださいで会えるもんじゃないんだぞ?」


「わかってます! でもカレントさんが獣人に襲われるなんて、絶対おかしいと思いませんか!?」


「それはそうだけどな。でも……」


「何を騒いでるんだ」


 憲兵と言い合いをしていると、詰所からもう一人別の憲兵が出てきた。


「あぁ……ウェルズさんのとこの次男坊か」


「イラヌスさん!」


 出てきたのはイラヌスという、カイルとも顔見知りの憲兵だった。助かったとばかりに同じ事を話すと、イラヌスも納得の表情を浮かべる。


「イラヌスさん、その子ってウェルズ家のとこの子供なんですよね。大丈夫なんですか?」


「あーそうか、今日はお前は朝から立哨だったから知らないか。朝イチでロンデールさんが直接、ウェルズ家の前で声明を出したんだ、ウェルズ家は関係無いってな。今頃新聞屋が大喜びで明日の記事を作ってるだろうよ」


「……今朝の特報ではウェルズ家が犯人って言ってたのにですか?」


「変わり身が早くて面の皮が厚くなきゃ新聞記者なんて務まらんだろ」


「まぁ、それもそうですかね」


 立哨の憲兵が納得したところで、イラヌスは再びカイルに向き合った。


「さて、その犯人の獣人達だがな。ここにはいないんだ」


「いないんですか!?」


 二人して同時に声を上げた。悪い事をした人は憲兵詰所にいるものだと思っていたが、どうも違うらしい。


「あぁ、それどころか憲兵は一切関与していない。これは秘密だがな……」


 そう言ってイラヌスはカイルとサラに耳打ちをする。最後に誰にも話すなよと言うのを忘れない。


 *


「どうしようか……」


「どうしようね……」


 憲兵詰所を後にした二人は途方に暮れてしまった。

 イラヌス曰く、獣人を捕まえたのは確かに"偶然"その場にいたトイ家の私兵達らしいのだが、身柄の引き渡しを拒まれたのだという。恐らくはトイ家が身柄を確保しているが、その証拠も無いし理由も分からないとの事だったのだ。


「そう言えばサラはカレントさんと何を話してたの?」


「あぁ、これを書いてもらってサインを貰ってたのよ」


 そう言って取り出したのは、真相究明の為にあらゆる協力を行ってくれという依頼書だった。末尾にはしっかりロンデール・カレントの名前が書かれている。


「へー! すごいね! こんなの思いつかなかったよ!」


「で、でしょ?」


 純粋な尊敬の目線にいたたまれなくなって、サラはしれっと目線を逸らした。


 サラがルヴァンのアレクス家にいた頃、父のクァンドルが特に金を貸す時などに何かと相手に誓約書を書かせていたのを思い出し、それを真似てみたのだ。

 どうせ子供が二人行っても突っぱねられるだけだと思ったので用意したのだが、しかしこれではどうしようも無い。


「どうする? トイ家にも行ってみる?」


「う……あんまり行きたくは無いなぁ」


「そりゃ僕だってそうだけど……とりあえず家の前までは行ってみようよ」


 トイ家はアコーズの中心部に居を構えている。金持ちの屋敷の多い一角でも、その家は一つ飛び出た大きさだ。

 さり気なく近づいて様子を見てみたが、門番の私兵がそれとなくこちらを見てきて無言の圧を感じる。


「ここにいると思う?」


「大きいお屋敷だけどどうかなぁ……襲った獣人って何人ぐらいいたかわかる?」


「それは分からないなぁ……」


 確かに屋敷は大きいが、とても中の様子を伺えるような場所は無い。とりあえず家の周りを一周してみたが、塀は高く建物すらろくに見えない状態だ。


 そんな感じでうろついていると、とうとう門番に声を掛けられた。


「おいそこのガキ二人、さっきから何やってんだ。トイ家になんか用か」


「あの! ロンデール家が襲われた時に、犯人を捕まえたのってここの人なんですか!?」


「は? あぁ、確かにそうだな。それがどうかしたか」


 憲兵詰所で使えないとなるとここしか使い所が無いと考えたのだろう。サラスティアは懐からカレントからの依頼書を取り出すと、門番に見せつけて言った。


「これを持ってるのだけど、獣人を捕まえたって兵士に合わせてくれませんか。それとも、その犯人がいるのならそちらでもいいんですけど」


 そう言うと門番の顔色が変わる。タダのガキ二人なら適当にあしらって追い返せると思っていたが、襲われた側の方の依頼書を持っているとなれば話は別だ。巧く立ち回らないと自らの地位が危ない。


「……ちょっと待ってろ」


 言うが早いか、門番はそそくさと建物の奥に引っ込んでしまった。


「会わせてくれるかな」


「無理だと思うけど……でも依頼書は持ってきて良かったかもしれないね」


「どうして?」


「普通こんな子供が来ても追い返すと思わない? 見せた瞬間表情が変わったし、きっと向こうも慌ててるのよ」


 妙に大人びたサラの態度だが、それが何に裏付けられたものかを知らないカイルにとっては、もはや頼れるお姉さん状態だ。


 少しすると奥から、門番と同じ格好の兵士が出てきた。門番が頭を下げている辺り、上司か何かだろう。


「このガキか、その厄介なモノを持って来たって言うのは」


 そう言って兵士はサラの手から依頼書を摘まみ上げる。

 サッと一読した兵士は、カイルたちを睨み付けるようにして言った。


「で、ボウズ達はこんなものを持って何しに来たんだ」


「ロンデールさんの家を襲ったっていう獣人がここにいるって聞きました。会わせてください」


 カイルの直球な聞き方に兵士は堪え切れずに笑った。何の後ろ盾も無く証拠も無く、突然そんな事を言われたらトイ家の兵士としては笑うしかない。


「あのなぁボウズ。確かにロンデール家襲撃事件の犯人の亜……いや、獣人どもを捕まえたのはオレ達だ。だがそれでどうして犯人もここにいるって話になる、普通は憲兵のとこじゃないのか?」


「その憲兵さんに、犯人はここにいるって教えてもらったんです!」


「ハァ〜〜」


 兵士はわざとらしく大きな溜息を吐き、笑みを上から貼り付けたような顔で言った。


「その憲兵サンが犯人に会わせたく無いから、ウソをついてたとかって考えないのかい」


「け、憲兵さんが嘘をつくわけ無いだろ!?」


 予想外の言葉に慌てて言い返したが、兵士の笑みは深まるばかりだ。


「ほう? ボウズだって嘘の一つや二つ吐いた事はあるだろ。憲兵だって人間だからな、何か自分が酷い目に合うってなったら平気で嘘を吐くかもしれんぞ」


 そう言うとすっと目を細めて、顔から笑みを消す。


「それとも、俺達が嘘つきだとでもいいたいのか?」


「い、いえ……」


 強面の兵士に威圧するように言われては、十歳の二人にはもうこれ以上何も言うことは出来ない。

 そして最後に兵士は手に持っていた依頼書を二人に見せる様に向けると、目の前で半分に破いた。


「今日の所はこれで見逃してやる。いいか? ここに犯人の……獣人はいない、これ以上何か言うようだったらそれこそ憲兵に連絡するからな」


 兵士はカイル達に言い聞かせるように前かがみになる。凄まれてはっきりと怯えた表情で頷いたカイルだったが、サラは屈んだ兵士の胸元に見えた物を見逃さなかった。


「ねぇ兵士さん、その首飾りって……」


 サラがそう言うと兵士は慌てて首元を隠し、キッと睨み付ける。


「見たな、貴様……」


 トイ家の兵士がしていた首飾りは、サラ自身もアレクス家にいた際によく見た物だった。素朴な組紐と一つの緑の宝石が組み合わさっている宝石で、クァンドルと正妻のオリメはよく装飾品の一つとして使っていたのを見た事がある。


 だがその首飾りが実は長耳族エルフのみが付ける、それも年に一度の儀式の時にしか使用しないとても大切なものだと知ったのは王立学園に入学しシルフィと出会ってからだ。

 そしてその首飾りを人族が所有している際に意味する事は二つ。一つは長耳族の首長に認められ、儀式の参加に認められた場合。もう一つは、長耳族の街を襲い奪い取った場合だ。


 アレクス家にしろこの兵士にしろ、とてもじゃないが誇り高きエルフに認められるような人には見えない。となれば答えは、自ら奪ったか奪った人から買ったのだ。


 案の定兵士はサラに掴みかかろうとする。カイルは咄嗟に兵士に体当たりすると、はずみで飛んだ破かれた依頼書も回収してサラの手首を掴むなり、猛然とその場から逃げた。なんだかよく分からないが、こんな所で捕まってたまるか。


「待てこのクソガキ! この首飾りを見たからにはタダじゃ帰さねぇからな!」


 後ろからは先ほどの兵士と門番が追ってくる。トイ家のある貴族街はしっかりと整備された場所だが、平民街に入りさえすれば大きい通り以外は入り組んだ路地が多い。近所の子供とその辺りで遊びまくっているカイルにとっては庭も同然だ。


 大人の足と子供の足ではあまりに差がありすぎて、カイルたちと兵士との間は見る間に迫ってくる。しかもただの大人ではなくそれ相応の訓練を受けている兵士だ。


「無理だよ! 兵士から逃げようなんて!」


「平民街まで、逃げれれば……いや、あれは!」


 カイルが視界の端に捉えたのは邸宅の前に平積みされた風呂や暖炉用の薪だった。

 平民は普通は風呂といえば公衆浴場に行くが、貴族は家に風呂があると聞いたことがある。そしてその為の薪は自ら買いに行くのでなく、こうして家の前に配達されるのだという。


 走りながら薪を一本拾うと、振り返って兵士に思いっきり投げた。


「よし、これなら!」


 距離が近かった為に一直線に兵士に向かって飛んで行った薪だが、敵とて兵士なのだ。


「甘いな。こんなもの、グァッ!」


 軽口を言いながらほとんど速度を緩めず躱してみせると、続けて飛んできた薪が顔面に直撃した。


「サラ!」


「こういうのは二段構えが基本でしょ! 行くよ!」


 サラはカイルが薪を拾ったときに一緒に薪を拾い、兵士が避けた方に向かって投げつけたのだ。とは言えちょうど顔面に当たったのは僥倖という他無い。


 やがて平民街に入る。兵士はすぐに起き上がったがそれでも差はだいぶ開き、平民街の裏路地に入ったところで完全に撒くことに成功した。


「ハァ……ここまで来れば大丈夫かな」


「多分ね……で、さ。そろそろいいんじゃないの」


「何が?」


「何って……」


 サラはそう言って手元を見やる。トイ家の前でカイルが掴んだサラの体はいつの間にか手首から手になり、じっとりと汗ばんでいた。


「ご、ごめん!」


 そう言って慌てて手を放す。サラは一瞬名残惜しそうな表情をしたが、すぐに気を取り直して聞いた。


「それで、どうするの? 逃げてきちゃったけどまた捕まれば一緒だし」


「そうだなぁ。とりあえず一旦ウチに帰って、それからまた憲兵詰所のイラヌスさんの所に行くとか? ――ところでさ、なんであの兵士は追ってきたんだろうね」


 カイルがそう聞いたので、サラスティアは自分が見た首飾りとそれの意味する所を教えた。


「待って。そう言えばあの兵士、獣人って言わずに亜人って言いかけなかったっけ」


 亜人とは獣人やエルフの蔑称だ。本人たちの前では決して言ってはいけないし、言うとすれば排斥主義者だけだ。


「確かに……言おうとして言い直したよね。でもさ、そうなると……」


 二人は胸の内に十歳でも組みあがるような簡単な仮説と疑問が生まれる。トイ家はあのエルゼンがそうであったように排斥主義者、そんな人たちが獣人を使ってロンデール家を襲わせた。だが何のために?


 *


 少し時間をおいて路地裏から慎重に表通りに出る。歩いている人はちらほらいたが、兵士のような人は見受けられない。


「大丈夫そうだ。行こう」


 そう言って表に出ると、二人は一直線に憲兵小屋に向かった。今しがた浮かんだ仮定が本当か嘘かはともかく、トイ家の私兵がエルフの首飾りを持っている。この事実を誰に伝えるべきかと言われれば、真っ先に浮かんだのが憲兵だったという事だ。


 そうしてある角を曲がった時、二人の足が止まった。


「おう。いたな? さっきはよくもやってくれたなクソガキめ」


 曲がった先の道にいたのは先ほどの兵士、そしてその仲間らしき数人の兵士だ。慌てて後ろを振り向くと、同じく兵士が二人ほど立っている。


「よくも手こずらせてくれたなァ。さて、来てもらうぜ」


 じりじりと兵士が近づきあと数歩でカイルの腕を掴もうという時、不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「そこで何をしているか!」


「あん……?」


 驚いて振り向いてみれば、そこには三つ年上のよく知っているが、しかし雲の上の存在である少年がそこにいた。


「誰だあんたは。ガキが首を突っ込んでいい所じゃねぇぞ」


「大の大人が寄ってたかって、子供相手に何をしてるんだかな」


「黙れ! こいつらは俺の事ぶん殴りやがったんだ、ちょっと"躾"をしてやるだけさ。それともあんたも同じ目に遭いたいか?」


「口だけは達者か。これを見て同じ事が言えるのであれば大したものだ」


 少年はおもむろに懐から短剣を取り出し、同時に少年の後ろから軍服を着た正規兵が数名現れる。それを見た兵士たちは一気に顔色を変えた。


「お、おい。逃げるぞ! 相手が悪すぎる!」


「畜生! なんでこんな所にいるんだ」


 口々に不平やら負け惜しみを言いながらトイ家の私兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていき、あとにはカイル達と少年が残された。


「まったく、何やってるんだ君たちは」


 そう言って近づいてきたのはミリウス王国が第二王子、ミリウス=レクス=ハルデヒトその人だった。

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