第6話 王の次男
ミリウス王国はその名の通り、一人の王が統治する絶対君主制だ。
王の名をミリウス=レクス=ヴァルデン。国名を名前に冠する事が、即ち王族である事を示している。
そしてカイル達の前に現れハルデヒトと名乗ったこの上級生も、その名にミリウスの名を冠する。つまり王族という事だ。
「君がトイ家の子息だと言うのなら、僕の言葉の意味も分かるだろう?」
ハルデヒトの言葉にエルゼンとイザールは青ざめたまま頷いた。
第二王子の父とは、すなわちミリウス王国を統治する王の事である。
「も、も、申し訳ございません……!! ですが、この女が貴族たる私の誘いを断ったのがそもそもの原因……」
「ほう、では私から直接聞いてみよう」
ハルデヒトはそう言って顔を一変させ、柔和な笑みを浮かべてサラに向き合う。見事な金髪がふわりと揺れ、奇妙な緊張感が食堂を覆った。
「名前は?」
「サラスティア、と申します」
「いい名前だ。ではサラスティア、このトイ家の子息と一緒に昼食を食べる気はあるか?」
「ございません!」
サラスティアの力強い拒絶にハルデヒトは思わず笑った。
「そうか。ではサラスティアは拒絶しているにも関わらず、
ハルデヒトは再びエルゼンに向き合うと、サラスティアに向けた顔とは全く違う顔で冷たく言い放つ。
「なるほど、貴様もその程度の男ということか。あの親にしてこの子ありだな」
「私の……私の父まで侮辱するとは、王子とは言え失礼では!」
エルゼンは蒼白な顔で、しかし気丈に言い返した。だがハルデヒトは全く動じない。
「そうだ思い出した、トイ家って新聞に出てた!」
突然カイルが場違いな声を上げた。
「あ、あれは……策略だ! 我が家系を貶める為の策略だ!」
一瞬の勢いはすぐに萎み、再びエルゼンは言い訳がましく唾を飛ばす。
「策略か。いくつかの獣人やエルフの村に魔獣の好む餌を撒き意図的に襲われた上で、無人になった村で略奪行為を行っていた賊の皆が、一様に命令されたと言ってトイ家の名前を出したのは策略か?」
言い返したエルゼンはその淡々としたハルデヒトの言葉に黙り込んでしまった。正しくはその賊の元締めを捕らえた時にトイ家の名前が出てきたのだが、そんな事は関係ない。
そして次に声を上げたのは、見守っていたタロスや周りの獣人やエルフ達だ。
「隣の村が襲われたって村を出る前に聞いたが、まさかお前が……!」
タロスのその言葉を皮切りに、次々と声が上がる。
「ウチの村も魔獣に襲われたけど、あれはあんた達のせいか?」
「魔獣に襲われたせいで娘を売ったとか親が出稼ぎになんて話も聞いたぞ、それもお前の親の仕業か!?」
気が付けば上級生も下級生も関係無く沢山の獣人やエルフがエルゼンとイザールに詰め寄り、食堂は騒然とした雰囲気に包まれていた。
喧嘩しているとの知らせを受けて駆けつけた先生達も、そのあまりの剣幕に口を出せないほどだ。
もっとも教師陣も人族だけではないので、ただ黙って傍観する者もいたが。
「エルゼン様、ここは引き下がった方が良いかと……」
「そ、そうだなっ。おい! 亜人風情が純人に楯突くとどうなるか、覚悟しておけ!」
二人はそう言うなり、脱兎の如く食堂を出て行く。
「自分が負けるって時、あぁいう輩は逃げ足だけは早いんだ」
ハルデヒトのその呟きに、カイルは成る程と思わず頷いた。
*
「さて、僕の事はいいから遠慮せずに食べててよ」
「そう言われましても……」
騒動がひと段落した後、カイル達四人のテーブルにはハルデヒトが加わっていた。それも結構なニコニコ顔で。
「いや、単純に興味が湧いただけさ。厭な意味じゃなくて、この国で貴族の持つ力は大きい。たとえあんな没落寸前だとしてもね」
ハルデヒトの言葉にサラは頷いていたが、カイル達三人はいまいちよく分かっていない。それを見かねてか、ハルデヒトが説明した。
ミリウス王国の国民は大きく分けて平民、貴族、王族に分かれる。
平民とは農民や職人であったり商人であったり、あるいは下級兵士だ。普通の国民は大体が平民であり、それ以下、つまり奴隷階級は存在しない。表向きはそういう事になっている。
貴族は国に多大な貢献をした者の一族や、軍属の中でも上級士官などが当たる。
国に貢献と言うのは、武器開発による軍事協力や発明による経済発展の他はほぼ高額納税者を指しており、商人の中で大儲けした者はほぼ貴族になるのだ。そのため貴族は人族に限らず、獣人やエルフの貴族も少数ながら存在する。
王族はその名の通りミリウス王家の血筋の者であり、多種族国家のミリウス王国にあって唯一人族のみで形成されている。
現ミリウス王であるミリウス=レクス=ヴァルデン、王妃のミリウス=ロメル=ミレイア。そしてグレンタードとハルデヒトの二人の息子、ジュリアスとレイティの二人の娘からなる。
そんな話をハルデヒトがかいつまんで話すと、初めてカイル達の顔に驚きが浮かんだ。
「なんで、なんで僕たちなんかと一緒に?」
カイルが訪ねるとそのおどおどした感じの声にハルデヒトは少し笑い、それからこう答えた。
「興味がある。さっきも言った通り、この国で貴族の持つ力は大きい。いや、大きすぎる」
サラスティアが
「この国では貴族が本気になれば、平民の家庭なんて簡単に潰せるのさ。だけどその代わり、貴族の家庭に生まれた子供には厳しい教育を課す事で、平民を蔑ろにしない事を教えるんだ」
ハルデヒト曰く、カイル達の通う王立学校とは別に貴族の子息が通う専門の貴族学校というものがあるのだという。
そこでは王立学校よりも高等教育を科され、将来的にこの国の貴族として相応しい人材を育てるのだという。
「じゃなんで、ハルデヒト……様? はその学校に行かなかったんですか」
タロスが遠慮がちに聞いた。
「王族は入学前からそういう教育はされるのさ。兄は次代の国王だし姉も長女だから貴族学校に通っているけど、僕たちは社会勉強も兼ねてルヴァンからも離れたこのアコーズの王立学校に通っているのさ」
「"たち"?他にもいるのですか?」
「鋭いね。えーと、そう言えば名前を聞いてなかったな」
ハルデヒトの言葉にそうでしたと言わんばかりに各々が自己紹介をした。
「サラスティア、いやサラか。その通り、次女のレイティも私と同じでこの学校に入学している。それも君たちと同じ学年だ。クラスは違うみたいだけど、まぁ何か会うことがあったらひとつよろしく頼むよ」
「おう!」
「わかりました!」
第二王子からのお願いなど実質命令のようなものなのだが、タロスやカイルのあまりにあっさりした返事に周りでハラハラと見守っていた上級生たちが固まっていたのは本人が知る由も無い。
*
「ハルデヒト様にしては珍しいではないですか、あんなに他人に関心を寄せるなんて」
カイル達と別れたハルデヒトに、すぐに付き人のリヌスが寄ってきてそう話した。
「そうか? ――まぁそうだな。だが相手が貴族だと知った上で、あそこまで強気な事を言える者が大人も含めているか?」
「無知なだけかもしれません」
「ははは! そうだな。だが最初あのエルゼンとか言うやつが自分の事を貴族だと言った時、周りの者はどう言う反応だった?」
騒ぎを遠巻きから見ていたリヌスは即答した。
「やはり、皆は一瞬怯みましたね。貴族の力の強さなどと言うものは親から教えるようなものではありませんが、この学校に一年もいれば多少なりとも分かりますし入学するまでの生活でもそれを感じる事もある筈です」
「その通りだ。だがあのカイルという子に、何故相手が貴族だと分かって反抗したんだって聞いたら、なんて答えたと思う?」
リヌスはその質問に沈黙で返すと、ハルデヒトは笑いながらこう言った。
「"友達を庇って何がいけないんですか"と来た。性根の真っ直ぐないい子だと思わないか」
「……全くです。口にするのは簡単でも、ああして行動に移せるのは珍しい」
「だが……心配なのはあのエルゼンと言うやつの動きだ」
ハルデヒトの言葉にリヌスも首肯する。
トイ家の主人であるトイ=カラヌスは、確かにアコーズでは有力者として名が知れている。アコーズの目抜き通りにあるトイ武器店と言えば、ミリウス国軍の兵士や各地を渡り歩きながら魔物を討伐したり護衛を行なっている冒険者、それに珍しい武器を集めるのが趣味な貴族達にとっては知らない方がおかしい程だ。
だがその品揃えに懐疑的な目線を向ける者は少なくない。と言うのも、いくら豪商とは言え並大抵の事では仕入れる事の出来ないような武器まで並ぶ事があるからだ。
例えば
国の紋章はアダリスに限らず、そう易々と刻印できるものでは無い。紋章を入れるという事は国の認めた一級品の証、基本的にはその国の王族や有力貴族、あるいは英雄と呼ばれるような人達が持つ物であり市場にはまず出回らない。
そんな代物が、言ってしまえば街の一商店に出回るのは普通ならばその国が滅ぼされようとあり得ない事なのだ。
だが武器屋を運営する張本人であるトイ=カラヌスは、アコーズの高額納税者でもある。街の福祉はカラヌスの納める税金で成り立っていると言っても過言では無く、誰も表立ってその事を指摘出来ないのだ。
「動くでしょうか」
リヌスの呟きにハルデヒトは頷いた。
「恐らくな。あの手の貴族連中は、とにかく自分やその近しい者らの体裁を大事にする。今回の騒ぎでエルゼンは皆の前で赤っ恥をかいたわけで、まず間違いなく親にも愚痴を言うだろう」
「そうなると、親であるカラヌスが動くというわけですか」
「ほぼ間違いなく、それも悪どい手段で」
アコーズの街には、良質な物を揃える武器屋はトイ武器店かその系列しか無い。裏を返せば他の武器商人は須くトイ武器店の系列に入り利鞘を納めるか、あるいは街から出ていく事を余儀なくされるからだ。
勿論、非合法な手段に訴えての事である。
「念の為だ、夜にも文を書き父上に報告しておこう。リヌス、お前も父を通してトイ家の監視を強めるように。あのような輩はどういう手段に出るかわからんと、父も常々言っているしな」
「畏まりました。伝えておきます」
そう言うと同時に午後の授業が始まる予鈴が鳴った。何事も無かったかのように二人は特進学科の教室に戻ったが、隣のクラスのエルゼンとイザールが消えていた事は知る由も無かった。
*
「亜人にカイルとかいう奴にサラスティアとかいう女、絶対に許さないからな……!」
昼休みに周りからの猛攻撃を受けて食堂から逃げ出したエルゼンとイザールは、そのまま勝手に学校を早退し街の中心部にあるトイ家の屋敷へと帰っていた。
「おお、エルゼンか。今日から授業ではなかったのか?」
偶然玄関にいたトイ家の主人、カラヌスがそう言って一人息子を出迎えたが、すぐにただならぬ雰囲気を察した。
カラヌスの前に片膝をついて、エルゼンが向き直る。
「父上! 聞いてください、学校で亜人どもが……」
エルゼンの弁は事実は異なり、相手を下げて自分は何の罪も無いと言うような独り善がりなものだった。しかしそれを知らないカラヌスの怒りは尋常ではない。自らも忌み嫌う亜人が悪いとなれば尚更だ。
「それは本当か……うむ、わかった。そのエルゼンに楯突いたという連中は、調べさせて徹底的に潰させよう。それと亜人だが……人族に対してそのような態度を取ると言うのであれば、計画を早める必要があるな」
カラヌスはそう言って不敵に笑う。それを見たエルゼンもまた、にやりと笑った。
「
「そうだ。ミリウスのような多種族共存国家などそもそも無理があるのだ。少し時間はかかるが、この国から亜人どもを消し去ろうではないか」
カイル達やハルデヒトの知らないところで、黒い陰謀が密かに動き始めていた。
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