学校編

最初の事件

第4話 学校へ行こう

 学校に入ると先生と思しき人の誘導に従って、親と共に講堂に向かう。そこでつつがなく入学式を終えると、親と別れて自分の教室へと向かった。


 教室には三十名、人族の他にも獣人やエルフも混ざっていた。もちろんそういう種族がいる事は知っていたし見た事もあったが、まともに話した事が無いカイルにとってはちょっと緊張する相手でもある。


 そう言えば後ろの席は、あの校舎を見上げていた女の子だ。早速隣の子と色々話していたが、もう友達ができたらしい。


 そうこうしていると教室のドアが開き、綺麗な金髪の人が入ってきた。


「お待たせ、私がここのクラスの担任のロメルです。何もなければ六年間ずっとクラスは一緒だからよろしくね」


 そう言って黒板に名前を書く。エルフと呼ばれる、いわゆる長耳族らしい。


「それじゃ、まずは一人ずつ自己紹介ね。名前と出身、できれば好きな事とかあったら教えてほしいな」


 そうして自己紹介が始まり、三十名のクラスメイトが順番に自己紹介していく。


「カイルです! アコーズ生まれで、あちこち出かけるのが好きです! 獣人やエルフの子とはあんまり関わりが無かったので、たくさん友達を作りたいです!」


 カイルの元気な自己紹介を終えると、次はちょっと気になっていた後ろの子だ。


「サラスティアです、サラって呼んでください。ルヴァン生まれで、古文が好きです」


 ほー、という声が教室に広がった。みんな大体はスポーツだとか文芸に寄る中で、古文好きと言うのは中々異質でもあった。

 それに王都であるルヴァン生まれと言うのもまた珍しい。


「古文ってあの時々見つかるっていう古い本みたいなやつ?」


 つい気になって後ろを振り向いて聞いてみると、サラスティアという少女は一瞬驚いたような顔を浮かべて応えた。


「そうよ。私のお母さんがその研究者でね、昔の事を知ると今も面白く見えてくるってよく言ってるの」


 ほえーと些か間の抜けた返事をしたカイルだが、実際よく分かっていない。とは言え自分の自己紹介の時に、堂々と「熱気球で空を旅したい!」と宣言した時のクラスの反応も、まぁ似たり寄ったりなのを思い出した。

 10歳の子供に古文は未知だが、熱気球も普通はまだまだ遠い存在なのだ。


「ね、サラスティア……ちゃん?」


「変な感じするからサラでいいよ」


 他の子がまだ自己紹介してる中、カイルは後ろを向いて話しかける。サラは同級生の中でも整った顔立ちをしていたが、カイルにとってはさほど重要な事ではない。


「じゃサラ、その古文にさ、空を飛ぶ乗り物の事とかって書いてあったりする?」


「さっきの熱気球みたいなやつ? うーん……あったかなぁ……」


 少し考えてみて、やがてゆるゆると首を振った。


「多分無いと思う。あ、でも私もまだ勉強してる所だし全部読めるわけじゃないから……」


 サラの母であるミューゼが言うには、古文と言ってもいくつも種類があるらしい。ただその中でも多くの文献に見られる言葉というのがあるらしく、うち二つを専攻として研究していた。


 そんな事を噛み砕いてカイルに伝えると、再びほえーと声を漏らす。


「言葉って一つだけじゃないんだなぁ」


「そうみたい。ほら、でも私達の喋ってる言葉でも同じ事を二つの言い方で言う時があるでしょ?」


 言われてつと考える。あまり意識した事は無かったが、確かにそんなものもあったなと思い返した。


「あー、郵便箱をポストって言ってみたり?」


「そうそう。古文を読むとね、そういうのは元々は違う言葉だったんじゃないかって思えるのよ。そうなると、どこの国ではどの言葉を話してたんだろうとか、そういう事が気になってね」


「へぇ、昔の人は使う言葉が違ったんだ。世界のどこに行っても言葉が通じる今の方が、楽で良いと思うけどなぁ」


「ほんとにね」


 最後にそう言ってサラは笑った。


 *


 そうこうしているうちに自己紹介は終わり、休み時間が終わればホームルームだ。流石に初日から授業とはならないらしい。


 先生が入ってくるとぽつぽつと聞こえてきていた喋り声が止む。


「さて、このクラスには色んな人がいるわね。人族、長耳族エルフ、獣人族。みんな顔合わせはした?」


 皆がめいめいに首を縦に振る。


「初めて自分の種族以外の人を見たって子は?」


 先生の言葉にクラスの半分程が手を挙げた。見ればサラも挙げている。


「見ての通り、ここは色んな種族の子供が来て学ぶ場所。だからね、自分と違うからって絶対に差別はしない事。いいわね」


 はーいと皆が返す、もちろんカイルやサラもだ。


「世の中には残念な事に、自分と違う種族だからってのけ者にしていいって考える人が多くいるの。でもここにいるみんなは、種族関係なくみんな友達だからね」


「せんせー、その種族って何がどう違うんですかー?」


 先程他の種族を見た事が無いと言った獣人族の子がそう聞いた。


「そうね、まず人族。まぁ言わなくてもわかると思うけど、世界では一番多いからどこに行っても見るわね」


 うんうんと皆が頷く。カイル自身も街に出れば見るのは人族ばかりで、他の種族はそうそう見ない。


「でも人族と一言で言っても肌の色が白かったり黒かったりするし、これは他の種族でもそうだけど眼の色や髪の色が違かったりもするわね」


 確かにクラスを見渡せば髪が黒い人、茶色、金色、銀色、さらには赤色なんて人もいる。


「次に長耳族、エルフなんて呼ばれる事もあるし私もそうね。見ての通り耳が人族に比べて長い事が特徴で、後は寿命が人族や獣人族に比べて長いのもあるわ」


「どれくらいなんですか?」


 ロメル先生の言葉にまた他の人から質問が飛ぶ。


「大体人族の三倍から四倍、つまり普通は事故や病気が無ければ最低でも二百年以上は生きるわね」


 またもや皆から感嘆の声が漏れる。十歳にして先の事などあまり考えてはいないが、大体カイルの知る限り、周りの老人は七十歳前後で亡くなっていた。


 なのに長耳族は二百年も生きるのだという、途方も無く遠い先の話だ。


 誰かが飛ばした先生は今何歳なのかという質問を華麗に躱しつつ、最後の説明に入る。


「さて獣人族はと言うと、これは一言に獣人族と言ってもたくさん種類があるのよ」


 そう言ってクラスを見回す。


「例えば、タロスくんは狼ね?」


「はい!」


 タロスと呼ばれた子は、尻尾を立てて元気に返事する。ぼさぼさながら揺れる銀色の尾がなんとも新鮮で、カイルは思わず見惚れてしまった。


 それから先生は何人かの名前を言っては、それが何の動物かの獣人かを教えていく。カイルのクラスには狼の他に犬、猫の獣人がいた。


「狼と犬、猫と兎の獣人が一番よく見るわね。中には狐とか熊とか鳥の獣人もいるみたいだけど、狐と熊は数が少ないし鳥の獣人、まぁ鳥人なんて呼ぶみたいだけど、鳥人はもう幻の存在とか言われてるみたいなのよね」


 先生の話を聞きながらなるほど色々いるんだなとしかカイルは考えてなかったが、自身がやがて獣人やエルフを巡る騒乱に巻き込まれていく事など、この時は本人でさえ思いもしなかった。


 *


「さて、それじゃこれからみんなが勉強する前に、まずこの国と世界の基本的な事を話しておきましょうね」


 ロメル先生はそう言って黒板にチョークで色々と書き始める。


「みんなも知ってると思うけど、この国の名前はミリウス王国。人族が多いけど獣人族も長耳族も住んでるわね」


 それを皮切りに、この国の事や隣国の事などをつらつらと説明していく。


 ミリウスは西をテルルー海に面し、北にはツァングルード山脈という大きな山々がある。更にその北にはケルムント自治領という、エルフと獣人が多く暮らす場所もある。

 南には国内の食糧庫とも言える、ケール穀倉地帯がある。そしてその南にはカイナル大森林と呼ばれる深い森があり、その中の国境線となるツルナイ川を挟んでガレウス王国がある。


「さて、レクトル大河を知ってる子はいるかな?」


 先生の声に数人が手を挙げた。


「じゃサラスティアさん、知ってる事で良いから説明してみて?」


「はい、レクトル大河はアロンドルフの東側にあるシェルプス山脈が源流で…」


「ちょ、ちょっと待ってそういう事じゃなくて」


 およそ同い年十歳とは思えない話し方だと思っていたら、すぐに先生からストップがかかった。


「そうじゃなくて、例えば景色だったりどんな船がいたかだったりの話よ」


 先生の言葉にサラは、ああと合点したような顔になった。


「大きい船がたくさん行き来してました、後は軍艦みたいな船が通ったり。後は……とにかく広い川でした」


 そう言って初めて、先程手を挙げた他のクラスメイトも頷いたりする。


「そうね。じゃあこれは本当はこれから習うような話なんだけども、サラスティアさんの言う通りレクトル大河はこの国の東側にある帝政アロンドルフって言う国にあるシェルプス山脈から流れてるのね。

 大きい船って言うのはアロンドルフは海と面している所が少なくて、そこの狭い港を使うよりもレクトル大河を通ってテルルー海と出入りした方が便利だからなのよ」


 先生はそう説明したが、クラスの半分以上はよくわからないと言った顔をしている。もちろんカイルも御多分に洩れずだ。


「だよねぇ。大丈夫よ、こういう話はこれからの授業でしっかり教えていくから。来年の今頃になったら得意げになって新入生に話すようになるわよ」


 先生の冗談とも本気ともつかないその言葉に笑いが漏れた。


 さて、と言って先生は鞄の中から何やらを取り出し、黒板に貼り付けた。


「これはなんだかわかる?」


 十字架に二対の剣のマーク、それにはカイルも見覚えがあった。


「聖輝教のマーク!」


「その通り、ミリウス王国の正式な宗教だから知ってる人も多いかな。それじゃイラスベイ教を知ってる人は?」


 聞きなれない名前だなと思ったが、クラスの獣人やエルフの子はほぼ全員が手を挙げている。


「じゃあシルフィさん、説明してみて?」


 シルフィと呼ばれたのはエルフの女の子だ。立ち上がって、遠慮気味に話し始める。


「はい。私もあんまり詳しくは分からないけど、ハルピアを神さまの使いとして信じているって」


 カイルを除いた人族のクラスメイトは、皆が一様に驚いていた。ハルピアと言えば親からは絶対に近付くなと言われる存在、十歳の子供からすれば恐怖の象徴みたいなものだ。


「ハルピアが神さまの使いって、僕はそうは思えないけどなぁ」


「えー、でも村の長老がハルピアは神様の使いだから、もし見かけたら礼を尽くさないといけないって」


「嘘だぁ、ハルピアが神様の使いなわけないよ!」


「はいはいそこまでね」


 エルフの子と人族の子が少し険悪な雰囲気になりかけた所を、先生が手をパンパンと叩いて仲裁した。


「じゃレムルくん、なんでハルピアは神様の使いじゃないと思った?」


 先生に指名されて、今度は人族のレムルという子が少し気まずそうに答える。


「だってお父さんもお母さんも、ハルピアを見かけたらすぐに逃げろって……ハルピアは人を襲うからって……」


「なるほどね。じゃユリトアさん、なんでハルピアは神様の使いだと思うの?」


 今度は犬耳を立てた獣人族の子がおずおずと答えた。


「なんでって……私もお父さんとお母さんからそういうものって教えられたので……」


 二人の答えを聞いて先生は満足そうに頷いた。


「レムルくんもユリトアさんも他のみんなも、それがどうしてそう言われているかって考えた事は無い?」


「どういう事ですか?」


 先生の質問に、ユリトアは思わず問い返した。


「なんでハルピアは"神様の使い"なんだと思う?」


「それは……」


「それじゃレムルくんも、なんでハルピアがそんなに怖いの?」


 二人に聞くとそれぞれ考え込んでしまって、先生は思わず苦笑した。


「ごめんね、意地悪だったかな。でもこれからは、自分で考えて欲しいの。卒業してみんなが世界に旅立ったら、そうして何が正しくて何が悪いか教えてくれる人はいないのよ。それどころか、本当はいけない事でも、正しい事だとウソを付く人だっている。

 だから自分で何が正しくて何がいけなくて、何をするべきなのか。考えられるようになって欲しいのよ」


 クラスの皆がぽかんとした表情で先生の言葉を聞いていたが、カイルには何となくその意味が分かるような気がした。


 家の近所の友達にそれとなくハルピアの事を聞いてみると、さっきのレムルのように皆が「怖い」と言う。

 だがあの熱気球に乗った時に出逢ったハルピア、いやトゥーリエは、とても怖いと言うような印象では無かった。毎年連れて行ってもらっているアコーズの外れのキャンプ場、そこの森の中で日光浴をしているようなそんな清々しさすらあった。とカイルは思った。


 それこそユリトアという子が言っていた"神の使い"と言う方が納得できる程に。


 *


「ね、先生も言ってたけどさ。卒業したらサラは何になりたいの?」


 休み時間、カイルは後ろのサラと何ともない話に興じていた。


「卒業したらかぁ……笑わない?」


「なんで? 笑わないよ」


「私ね、卒業したらドラゴンに乗って世界中を旅して、大好きな古文の事をもっと色々研究したいなって……」


「…………」


「や、やっぱり変だよねっ! 女の子が世界を旅したいなんて……」


 カイルは思わず驚いて返事できずにいると、サラが慌てて取り繕うようにそう言った。


 実際、女性が進む道は限られている。カイルの友達にはお菓子屋さんになりたいとか薬屋さんになりたいとか言う人もいたが、普通は家の跡を継いだり誰かに嫁入りしたりする。

 中には鍛えて一流の戦士として名を馳せる人もいるが、そういう女性はあまりに少ない。


「いや、そんな事ないよ! ただびっくりしちゃって、冒険者って言うの? いいなぁ、すごいや。ドラゴンに乗るサラは絶対に似合うと思うよ!」


 最後の言葉はカイルの本心だったが、今度はサラスティアが返事に詰まる番だ。


「え、な、何言ってるの! でも、ありがと。そう言ってくれたのカイルがはじめて」


 サラもそう言ったきり嬉しいやら恥ずかしいやら、顔を赤くして黙ってしまった。


「そ、そう言えばさ。カイルは卒業したら何になりたいの?」


 微妙な空気を振り払おうと、サラがそう尋ねた。


「僕はねぇ、世界を救うらしい」


「え?」


「冗談だよ」


「なにそれ」


 他愛のない会話をしていると休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。なんとなくサラと話す時間が楽しくて短く感じられて、次の休み時間は何を話そうかと密かに考えるカイルだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る