ある時ある場所にて〈1〉

「"トリシューラ"とはまだ連絡が取れんのか!」


「まだです! 秘匿回線の暗号があまりに強固で……」


 "総司令室 関係者以外立入禁止区域"と書かれた扉の内側で、十数名の男女が悲鳴のような声を上げながら自らのパソコンに向き合っていた。


「Xポイントへはあとどのくらいだ!?」


 その場を統括する司令官が焦りを隠そうともせず叫ぶ。


「六十分……いや、五十九分です!」


 答える部下も声に焦りを滲ませながら、手元のパソコンのキーボードを叩く。


「それまでに止められるか!」


「いえ……やっと第二プロテクトに入りましたが、もし最後まで突破できても自律型爆撃装置が……」


「直接攻撃は!」


「ダメです! やはり目標手前で電磁パルス攻撃を喰らい、どうしても辿り着けません!」


「"杖"ならどうだ!」


「それもダメです! トリシューラ搭載機の回避機能は……完璧です」


 部下の言葉に司令官は拳を机に叩きつけた。もう何度目かわからないそれにより手は赤くなっていたが、今はそれを痛がる余裕も無い。


 総司令室には大きなモニターが据え付けられ、そこには数多くの輝点がある。それらは全て友軍や敵軍の飛行機であり、トリシューラと呼ばれるものもその中にある。

 トランスポンダ応答機の電源を切っているトリシューラは敵味方識別装置にも反応せず、二次レーダーと一次レーダーの両方を示す画面に個別に赤く光らせてある輝点には、下に"7600"と書かれているだけだ。


 トリシューラとは即ち、自動爆撃機であった。そしてその機体に載せられた超強力な水爆の事であった。


 人類が本格的に宇宙に進出し、三千年あまり続いたそれまでの暦も過去のものとなって久しい宇宙歴三百四十八年。人間は未だに狭い星で戦っていた。


 五年に渡る終末戦争は人々の理性の箍を外し、世界の至る所が核の炎に焼かれた。

 そして某国はこの戦争の勝者となる為に、抑止力として最終兵器"トリシューラ"を作った。


 だが長引く戦争に精神を病んだ開発国の将校がトリシューラを持ち出し、世界の空に飛び出したのがこの騒ぎの始まりだった。


 勿論最初は開発国が秘密裡に撃墜しようと試みたが、トリシューラを載せた戦闘機はその貧弱な武装とは裏腹に試験型の電磁パルス攻撃装置を備えていたのだ。

 どんな機体でも電子制御が当たり前のご時世に、電磁パルス攻撃はそれらを全て無力化した。


 そして限定的に絶大な効果を発揮する武器、魔法杖も撃墜に用いられた。その杖は火や水、風、雷を容易に発生させる事ができ、ここぞと言う時の戦局を変える兵器として用いられていた。

 だがそれらの攻撃も全てトリシューラは躱した。最新の戦闘機であり、対抗策も万全と言うわけだ。


 あらゆる攻撃が効果を上げず手をこまねいているうちに、狂った将校からメッセージが届いた。

『I will die with the world《私は死ぬ、世界と共に》』と。


 それは超水爆トリシューラを起動するという意味に他ならず、開発国は慌てて同盟国にその存在を公にした。

 起動すれば半径およそ百キロ圏内の建造物が吹っ飛び、発生する放射能は爆発により生じる火災から出た灰や煙に混じり大量の放射性降下物、いわゆる死の灰を生み出す。


 やがて灰と煙は雲となり太陽を遮断する。そして核の冬が訪れ、この星は死の惑星へと変わる。

 たった一発だが容易にそれが想像できる程、強力な水爆なのだ。


 だが同盟国がどれだけトリシューラを堕とそうとしても、全てが電磁パルスや回避機能により失敗に終わった。

 最後まで望みは捨てないと言いつつもどの国でも国民にトリシューラの事を公開し、全員に核シェルターへの避難を命じた。市街地はどこも、避難する人で大混乱を起こしていた。


 *


 ある国のイラスという街に、ある青年がいた。戦争の最中、突如発令された核シェルター避難の命令にごった返す流れに逆らいながら、海の方向へ歩いていく。


「第十六シェルターはいっぱいらしいぞ!」


「どけ! 俺は生き残るんだ!」


「私の愛玩奴隷エルフはどこに行った!?」


エルフ愛玩奴隷獣人労働奴隷なんざ連れて行くな! 人間サマが生き残れれば良いんだよ!」


 混乱の中には秩序も道徳も、貴族も貧民も無かった。ただ人間皆が生き残るのに必死であり、他のものになど目も向けない。


 青年は雑踏を抜け出すと、街の港へとやってきた。そこにはかつて人間が生み出し使役し、この緊急の時に見捨てられた数多くの哀れな命があった。

 耳が長く長命な、かつての娯楽小説などで見受けられた"エルフ"を模した長耳族。犬や猫、狼などの動物と人間とのハイブリッドである獣人族。

 どれも愛玩用や労働用として人間の間で売買され、そして今ここで見棄てられている。


「捨てられたのか?」


 突如現れた人間に怯えや怒りの目を向けるエルフや獣人を前に、青年はそう語りかけた。


「そうです。シェルターには来るなって……」


 そうだろうな、と青年は思った。普通の人ならばシェルターに奴隷を入れてやろうなどと思わないのだろう。


「あんたはシェルターに行かなくていいのか」


 狼耳を立てた獣人の一人がそう言った。


「俺は、やる事があってな」


 そう言って青年は海を見る。もちろん青年も超水爆が爆発するという話は報道で知っており、知り合いという知り合いは皆シェルターに逃げ込んだという。


 だが青年には強い仲間がいた。些細なきっかけで知り合った、人間でもエルフでも獣人でもない仲間がいた。

 やがて上空から、一羽の鳥が現れた。だがそれは鳥と言うにはあまりに大きく、あまりに美しかった。


「綺麗……」


 エルフの一人が思わずそう呟く。獣人達も置かれた状況を暫し忘れて、戦争に似つかわしくないほど美しいその鳥を見た。まさに神を見たかのような目で。


 鳥は青年の前に舞い降りすぐに屈むと、青年は慣れた様子でその背中に乗った。

 飛び立つ間際、青年は叫んだ。


「俺は、初めて友達になってくれたエルフ族や獣人族が好きだ! だから今こそ、皆を救いたい!」


 青年の言葉の意味がわかった者など誰にもいない、だがそれで良かった。青年にとってはその言葉が本心なのであり、真実なのだから。


「行こう、ハルピア」


 声と共にハルピアと呼ばれた巨鳥は一つ啼いて力強く地を蹴る。風圧に咄嗟に手で顔を覆った皆がやっと空を見上げた頃には、鳥は遠くへと消えていった。


 それから数刻が経って、遥か上空で一つの火の玉が生まれた。皆が悟った。彼はあの鳥と共に、命を懸けて超水爆の被害を食い止めたのだと。

 そしてその場に居合わせた数十名のエルフや獣人達は、青年とハルピアと呼ばれた鳥をしっかりと記憶した。自分達を肯定してくれた人間として、破滅の危機から救ってくれた英雄として。


 幾年もの月日が経って、後にあるエルフが残した手記にはこう書かれていた。


 "破滅の淵にあって、神はここに顕現せり。その自らの死をも厭わぬ、いと気高き精神を忘れる勿れ。オザンナ"

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