ドラゴンとの出会い
第11話 魔獣が出た!
アコーズの外には広い草原が広がっており、そこは人の手の及ばない野生動物の闊歩する地である。
冒険者や商人はそんな地を夜歩く事は好まず、出来るだけ日の出ている明るいうちに通り抜けようとする。夜は野生動物の時間であり、呑気に歩いていたら大型の肉食獣の格好の獲物になるからだ。
だからと言って昼なら安心かと言えばそんな事は無く、昼に活動する野獣もいれば盗賊もいる。なので街と街の間で移動する際に余程安全が確保されている場所でない限りは、冒険者ギルドを通して護衛を雇うのが一般的だ。
だが護衛とて値段によって優劣があり、安い護衛は当然能力は高くない。そしてその金すら捻出できない人は、危険を冒して身内のみで移動するしかない。
そして今も一人、その危険を冒してアコーズに向かい、凶暴な獣に追われる旅行者がいた。
「あれは……あれは魔獣か? ここは生息地域からは離れてるはず……」
岩陰に隠れ弓をつがえて辺りを窺う。だが普通の獣ならば弓で十分対処できるが、魔獣相手では気休めにしかならない。それを知っていてなお弓を準備するのは、やはり死地の中に活路を開けるかもしれないという蛮勇でしかない。
何度か弓を射って魔獣を牽制しつつ、ようやくアコーズの街の入口に辿り着く。そして着くなり街の出入口にいた憲兵に向かて叫んだ。
「魔獣が出たぞ!」
*
九月に入って学校が再開したが、まだ夏の名残は凄まじく教室内はうだるような暑さになっていた。
窓を開けて外の風を入れようとしても入ってくるのは生温い風ばかりで、とてもじゃないが勉強という気になれない……
のはカイルをはじめ数人だけで、他の皆は粛々と先生の話を聞いていた。
「よくみんなこんな暑いのに授業受けられるなぁ」
カイルが隣のクラスメイトにひそひそと話しかける。その子も暑さで茹っていて、勉強どころじゃないといった面持ちだ。
「全くな。俺にも無理だ、今年はまた異常だよな」
「ホントね。去年こんな暑かったっけ」
「こら、そこ。真面目に授業を受けなさい」
「「はーい」」
先生に叱られて渋々手元の教科書に目を落としたその時、アコーズの街中にサイレンが響き渡った。
「なんだ!?」
「どうしたの!」
「みんな落ち着いて! 落ち着いて!」
ロメル先生が皆を落ち着かせると窓の外を見やる。学校の前の道を武器を持って走っているのは憲兵隊だけでは無く、冒険者のような人たちもアコーズの街の門の方へ向かって行っている。
もし国同士の戦いであれば、原則として冒険者は介入しない。冒険者とは傭兵の側面も持ち、金が保証されない限り動くことは無い。裏を返せば国家間の戦争において、容易に相手に寝返る事もあるという事にもなる。
魔物との戦いはギルドがその報酬を約束しているという事と、大型の魔物を倒すことは自分の強さを証明する手っ取り早い方法の一つであり、名が知れれば護衛などの仕事も増える。要は損得勘定で動くのが冒険者なのだ。
そして武器を持って走っていくのは憲兵と、冒険者。ならばサイレンの理由は明白だ。
「魔獣……?」
漏らした声に教室がざわめく。アコーズは魔物の生息地からは離れている筈であり、魔獣に限らずあまり獣は自分の棲み処からは離れない。なのに魔物が来るとなれば、それも答えは自ずと見えてくる。
「先生! "
「そうみたいね。でもすぐ憲兵や冒険者の人達がやっつけてくれるから……」
サイレンは討伐が確認されるまで鳴り続ける決まりとなっており、万が一魔獣が予想以上に手強かったりして街に入ってきたりすると、ロメルは教師としてカイル達生徒を安全な場所に避難させる義務がある。
カイルも暑さを忘れて窓の外の、家々のもっと奥の門を透けて見ているような気分だった。逸れは稀に現れるが、学校に入ってから来るのは初めてだ。
少し経つとサイレンが収まる。皆の安堵の息が聞こえるようだった。
「大丈夫……かな? ちょっと待っててね、職員室に確認してくるから」
そう言ってロメル先生が一旦教室を出ると、一気にクラスの話題は魔獣の話でもちきりとなった。
「魔獣だって!」
「でもとても強いんでしょ?」
「僕のお父さんは元々冒険者だったから、よく戦ってたって言ってた」
「はぐれってなに?」
「僕も魔獣とたたかいたい!」
そんな話で賑わっていると、ほどなくしてロメル先生が戻って来た。
「もう大丈夫みたいだから、続きから始めましょうか」
「先生! はぐれって何ですか!?」
授業の再開を宣告した途端、カイルの横の先程一緒になって愚痴を言っていた子が手を上げて聞いた。カイルも内心では授業にうんざりしていたのもあってナイスタイミングと思っていたが、他にも何人かそう思ったクラスメイトはいるだろう。
「そうね。じゃあ折角だから、魔獣の説明をしましょうか」
そう言ってロメル先生は黒板に書いていた内容を消すと、魔獣についての説明を始めた。
そもそも魔獣とは、ある特定の区域に生息する野生動物の事である。姿かたちは野生動物が変化したような物が多いが、中には全く新しい生き物のような特異な形をしているものもある。その為、一口に魔獣と言っても様々なものがいるのだが、特定の区域に生息している動物は、全て"魔獣"と一括りに扱われている。
性格は狂暴で、腹が空いていれば自分より大きな獣だろうが平気で襲う。人間や獣人、エルフとて例外ではない。
襲われ傷つけられたからと言って何かあるわけでは無いが、魔物は特殊な毒を持っており、あまり長く近くに居すぎると奇妙な病気に罹ると言われている。
それはすぐ発症するかもしれないし時間をおいて発症する可能性もある謎の病気で、ある日突然嘔吐が止まらなくなり段々動けなくなるとか怪我しても血が止まらなくなるとか、あるいは髪の毛が全て抜け落ちるとかそう言った類のものだ。
魔獣を根絶しようと過去に生息区域に軍を派遣した国もあったらしいが、その遠征に参加した兵士の九割以上が魔獣との戦闘以外で死んだのだという。ある者は現地で嘔吐し動けなくなり、ある者は皮膚に紫色の斑点ができ、ある者は突然意識を失いそのまま還らぬ人となったという。
それ故、魔獣と数多く戦ってきた冒険者や憲兵、軍の兵士の中にはそう言った奇病で亡くなる者も多いのだ。
という所までロメル先生が淡々と語ると、十歳の子供には刺激の強すぎる話だったのか涙目になっている者までいた。
「せ、先生……はぐれって言うのは……?」
一人が今にも泣きだしそうな声で言ってやっと、ロメル先生は話過ぎた事に気付く。
「ご、ごめんね。みんなにはまだ早すぎたよね。じゃ、逸れの話をしましょうか。こっちはそんな怖くない話だからね」
"逸れ"とはその名の通り、生息する特定の区域から出てしまった魔獣の事である。
詳しい事は分からないが何らかの理由で棲み家を出たか追いやられたか、あるいは自分から新天地を求めた魔獣は、そのまま他の場所へ放浪し始める。
元からの凶暴さも相まってあちこちで野生動物を襲うので、狩場が荒らされたとか家畜が襲われたとかでギルドへの討伐依頼も多い。冒険者達の格好の標的でもある。
一部の野生動物で見られるような群れを形成する場合もあり、群れごと逸れになると厄介だ。
弱い魔獣の群れなら冒険者だけでも何とかなるが、強い魔獣が群れとなり街を襲うと冒険者や憲兵だけでは太刀打ちできない事がある。中にはそれで見捨てられた街もある。
魔獣に個体名は無いが、凶暴さや知性、そして力によってランク分けがされており、一番弱いDランクから倒すとなると軍が出動するクラスのAクラスまでがある。
ごく稀にSランクと呼ばれる超強力な個体が現れる事もあるが、それこそ十年に一回あるか無いかぐらいの低確率だ。
と、そこまで話すとクラスメイトから質問が飛んだ。
「先生! 冒険者って何する人なんですかー?」
「そうね。じゃついでだから、冒険者の事も話しましょうか。ちょうどいい時間だしね」
冒険者とは冒険とは言っているが、実際の所は魔獣が現れた時に討伐に当たったり街の間を移動する時の護衛を担う人達の事だ。
冒険者の名前はかつてまだ人の手が奥地まで入っていなかった頃、未踏の地を掻き分け進み魔獣と戦いながら新天地を見つけていった人達の事を指して言ったものだが、それが転じて現在の意味となったわけだ。
世間的には何の後ろ盾も無い危険な職業と認知される一方で、手っ取り早く一攫千金を狙えるのもこの職業の特徴でもある。
粗方の場所は探索されつくしたとは言え、魔獣の生息地域の近くを中心に未探索の場所は多く、そこにはまだ誰も知らないお宝が眠っているかもしれない。また"前代の遺産"とも呼ばれる、使用用途や目的が一切不明な謎の代物が見つかる事がある。これは最大の宗教派閥である聖輝教の教会に持って行くとかなりの高額で買い取ってもらえ、それこそ一年遊んで暮らせる程の大金が手に入る事もある。
また力を付け知名度が上がれば貴族お抱えの護衛に雇われるチャンスもあり、果ては国軍の兵士や王族直属の護衛になった者までいる。王族の護衛ともなれば貴族待遇だ。
余程頭脳明晰でない限り平民から貴族にはなり得ない中で、冒険者という職は貴族になれる数少ない職の一つでもあるのだ。
「すごーい! 僕も冒険者になろうかな」
「俺も! お宝見つけたい!」
当然こういった話を聞けば、教室はそんな声が上がる。だがそれを窘めるのも先生の役目だ。
「この話をすると毎年そう言うのよね。でもね、ここからは冒険者の嫌な所も話すから、それを聞いたうえでよく考えてね」
魔獣との戦いに限らず、護衛ともなれば盗賊との戦いにも身を投じる事になる。単純な攻撃しか仕掛けてこない魔獣と違って、人間相手では向こうも色々と策を練って攻撃してくる。しかも貴族の護衛ともなれば盗賊も一筋縄ではいかない。
そう言った事もあって、様々な職業がある中で一番死にやすいのが冒険者だ。昨日会った友が明日には死ぬかもしれない。何の気無しに帰った自宅が最後の帰宅になり、親との永遠の別れになるかもしれない。
彼らは常に自分の拠点とする冒険者ギルドと自らの懐に、いつ自分が死んでもいいように遺書を用意している。同じ冒険者だけではなく誰が相手でも再開の約束はせず、良くも悪くもその時その時を全力で生きているのが冒険者と言うものだ。
そして明日生きてる保証の無い冒険者だからこそ、長子は非常に少なく女性の冒険者は更に少ない。
だいたいどこの家庭でも長男は家を継ぐとかで次男以降の子供がなる事が多く、裏を返せば貧しい家庭などでは、学校は出せても住み込みで働くのを嫌がる子はやはり冒険者を志す。
「とまぁ、冒険者も色々と大変なのよ。だから憧れるのは分かるけど、なるのならよく親御さんと話して慎重にね」
ロメル先生の話が終わると同時に終礼の鐘が鳴った。当然その後の休み時間は冒険者の話題でもちきりだ。
*
「私、冒険者になろうかなぁ」
教室の端、カイルとサラの席がある辺りがタロスとシルフィ、そしてクラスは違うがサラスティアの寮での相部屋となっているルミアスのたまり場だ。
そこでサラスティアが突然そんな事を言い出すものだから、他の四人は騒然となった。
「サラが!? どうして」
「カイルがなるなら分かるけどなぁ」
「僕が? まぁ憧れないじゃないけど……」
「それで、サラはなんで冒険者になりたいのさ」
最後にシルフィが尋ねるとサラは少し考え、やがてこう語った。
「ほら、私古文が好きって言ったでしょ? 元々お母さんが好きで一緒になって好きになったんだけど、お母さんがいつも言ってるんだ。もっといろんな場所を旅して、いろんな事を知りたいって。でもお母さんは……えっと、色々あって自由に出られなくてさ。だから私が代わりに色んな所へ旅して、お母さんに教えてあげられたらなって」
ほえー、と誰かが漏らす。そんな感じで呟くのはカイルしかいないが。
「お母さんは病気か何かなの?」
ルミアスが尋ねるとサラは何となく儚げな笑みを浮かべて答えた。
「うーん、そう言う訳じゃないんだけど……色々と訳があってね」
まさか母が妾だとも自分が妾の子だとも言えず、サラは曖昧な笑みを浮かべる事しか出来なかった。
そうして休み時間が終わって次の授業に入った瞬間、再び街中にサイレンの音が響き渡った。
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