世界の中心へ

夜は明けた

「カオル、アノマリアから話を聞いたぞ」


 ハリウッド顔負けのアクションを披露した二階堂は、アノマリアを連れて蟻塚城深部から生還した。彼女は足に怪我を負っていたので、お姫様抱っこでの帰還と相成った。


 蟻塚城地下二層目に蔓延はびこる異形どもは、偶然にも、あの平安京エイリアン作戦で一網打尽にできていたらしく、彼らの帰り道に立ちふさがる敵はいなかった。


 二階堂が汗だく、へとへとになってビヨンド号に帰ると、間もなくロンロンがスリープを終えて復帰した。


 二人をビヨンド号に迎え入れる時、ロンロンの抑揚のないはずの声が上機嫌に聞こえたのは、二階堂の心境が現れただけだったのだろうか。


 そうして船内で落ち着いた後。ロンロンが、例の二階堂を追い詰める理路整然と尽きることのない責め口調でアノマリアを叱っていたのが印象深かった。どんどんと彼女が小さくなっていくのが特に。


 その後、三人でささやかなお祝いをして、夜が明けた。


 それから数日経った。二階堂はまだアノマリアにありつけていない。


 帰還した日の晩は、アノマリアの気遣いにより、お預けとなった。出会った初日の、二階堂の疲労困憊だとたない発言は、彼女にとって相当な衝撃だったようだ。お年寄りを慈しむような、本気の気遣いが逆に辛い――ぜんぜんオーケーだったのにな……。


 では翌日は、と言うと。今度はアノマリアが力の使いすぎの反動で寝込んでしまい、結局また数日にわたって看病することになった。もうだいぶ良くなったようだ。


 看病中は例によってアノマリアが裸で過ごしているわけで、もはや心中穏やかではない二階堂だった。


 ――今日くらいに部屋に行ってみようかな。


 などと、二階堂がテーブルに座ってよこしまな考えにふけりつつ、昼食後のお茶を飲んでいた時だった。そんなロンロンの声がリビングに聞こえてきたのは。


「――何を聞いたんだ? ちなみに俺もアノマリアのことでロンロンに聞きたいことが山ほどある」


 どうせろくでもないことだろうと、二階堂が嘆息混じりに言った。


「彼女は蟻塚城地下での話を、夜遅くまでとても楽しそうに話してくれるぞ。すぐにベッドに横になってしまう年寄りとは大違いだ」


 ――アノマリアにお預け食らってふて腐れてんだよ!


 その一言を噛み潰し、無言のまま苦々しく顔を引きつらせた二階堂。


「カオル、アノマリアを口説き落とす時に、私がカオルに言った殺し文句を使ったな? 著作権使用料を要求する」


 本気で何のことか分からない二階堂。彼が黙って眉をひそめていると、リビングに映像が出た。アノマリアの顔が映し出される。


『――どうせ捨てる命なら、一緒に行けるところまで行ってみないか。どこか遠くの彼方へでも行こう。ビヨンド号があればいける。君は知らないだろうが、ビヨンド号はな、ちょっと考えられないくらい遠くまで飛べるんだ。どこかに答えが隠されてるに決まってる。それを一緒に探す旅に行こう。それでもだめなら、最後は俺が一緒に死ぬ。どうせアノマリア無しじゃあ生きていけそうもない』


 それは昨日、二階堂がアノマリアに語って聞かせた時の、チョーカー端末による記録映像だった。


 口に含んだお茶を吹いた二階堂は、もんどり打って椅子ごと倒れた。


 ――これは恥ずかしい。


 身体が沸騰したように熱くなる中、二階堂がテーブルの端を掴んでよろよろと立ち上がると、続く彼の臭い台詞が容赦なく再生され始める。


『俺が君の生きる理由では駄目か? アノマ――』


「もういいっ! もういいって‼」


 両手を振って映像を止めさせる二階堂。この先には濃厚なキスシーンがあるはずだ。彼女の尊厳のためにも、自分の精神の平衡を保つためにも、この映像を大スクリーンで映させるわけにはいかない。


 ――っていうか、最中むぐむぐしてただけだったし。そんな初心うぶなガキみたいなキスシーンを客観的に見せつけられたら、一生もののトラウマになりそう……。


「ロンロン……そういうのはな、デリケートなんだから、あんまり大っぴらにするなよ? 特にこの先のシーン」


「そういうものなのか? アノマリアはこの先のシーンも含めて、七回ほど私に見せて楽しそうに解説してくれたぞ」


 二階堂はテーブルの上でがっくりと頭を抱えた。


 彼女の尊厳を気にする必要はなかった。アノマリアはすごいオープン。


「はぁ……そういえばそうだな。言われて初めて気が付いたわ。確かに無意識の内にお前に言われたこと、なぞってたかも。……でも、ロンロンは俺の一部なんだろう? 使ったっていいじゃないか」


 二階堂は一本取ってやったぞと、口を尖らせた。


「近しき仲にもかきえという」


「……今日は、久しぶりに一緒にゲームするか」


「徹夜でゾンビ駆逐フルコースにしよう」


 ――夜はアノマリアと二人にしてくれないかな?


 とも言えず、二階堂は言葉飲み込んで天井を仰いだ。


 彼の心中は穏やかではない。


「――うッス。お風呂上がったッスよ」


 そんなアノマリアの声に誘われて振り返った二階堂は、ゴクリ生唾を飲んだ。


 濡れた黒髪をタオルで拭きながらリビングに入ってきたアノマリアは、いつも通り二階堂のワイシャツを着て、しかし白い足がすらりとそこから直接伸びていた。つまり生足だ。


 呆気にとられて二階堂がアノマリアの動きを追っていると、彼女は二階堂の隣に座り、大仰おおぎょうに足を組んで見せた。太ももから臀部にかけての丸い曲線が露わになり、二階堂の目が釘付けになった。


 ――パンツ、はいてないよね? 目に毒だ……。


 ポイーン。ポイーン。ポイーン。ポイーン。ポイーン。


「うっし!」


 ガッツポーズを取ったアノマリア。胡乱げな目つきになる二階堂。


「それ、まだ続いてんの?」


「今朝、メジャー・アップデートがあったんスよ。ポイント自動採掘マイナーが開放されてて、ゲットしたポイントを使わずに自動採掘マイナーの購入に使うと、なんとその自動採掘マイナーが寝ている間も勝手にポイントを稼いでくれる仕組みッス! 初めの内は稼ぐ量が少ないみたいなんすけど、どんどんアップグレードしていくと手動で稼げるポイントよりも自動で手に入るポイントの方が多くなるみたいなんスよ。しかもこの先の要素としてプレステージっていう、まだ内容が不明な仕組みがあるらしくて、それはある程度マイナーを育てないと開放されないみたいなんス……ポイントは欲しいけど、でも、そればっかりだとおじさまを買えない。おじさまを買うとポイントの成長速度が緩む。なかなか頭を悩ませる仕組みになったッス」


「どういうこと⁇」


 心底分からないといった様子で首をひねり、呻く二階堂。


「――アノマリア、今何ポイントあるんだ?」


「今……だいだい300万ポイントっすね」


「――んええ⁉ 300万⁉」


 ガタリ。二階堂が一瞬白目を剥いて椅子ごと倒れかける。


「しょっちゅうアプグレしてるからッスね」


「お、おお……あぷぐれ……ロンロン⁇」


「放置ゲームを参考にした。倍々でポイントを増やす仕組みを組み込んである。ただし景品も対数スケールだから安心してくれ」


「もうね、なにがなんだか……」


 軽い頭痛に襲われた二階堂はかぶりを振り、気持ちを落ち着かせようと、お茶のおかわりを取りに立ち上がった。そんな二階堂の動きを、頬杖をついたまま流し目で追うアノマリア。たじろぐほどにエロチックな表情だ。


 男殺し。その言葉が脳裏をよぎる。


 ――彼女は、遠慮しなくなったのかも知れない。というか、これまであの様子で遠慮してた状態だったのか……。


 これはもう、いつプッツンして押し倒してもおかしくないな。そんなことを思いながら、二階堂がキッチンに両手を突いて太い溜息をつくと、ロンロンがボリュームを落として話しかけてくる。


「ちなみに、今回だけ特別に教えておくが、辛抱堪らずアノマリアに夜這いに行くコースはすでに購入済みだ。カオルから行かないと、アノマリアからは来ないぞ。我慢するな」


 ――俺、まさか二人の手の上で転がされてないよな?


 よく考えるとロンロンは超絶頭の回転が速い人工知能で、アノマリアもなかなかに頭が切れる人物だ。実は二階堂が一番低スペックであり、二人が本気を出したら自分など、おもちゃのように遊ばれてしまうだろう。


 この先の生活に思いを馳せ、二階堂はもう一度、深い溜息をついた。

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