決着
パラパラと、粉々に飛び散った異形の破片に肩を叩かれて、はっとなった二階堂。
「――アノマリアっ‼」
答えの代わりに
二階堂は焦りを
二階堂はガウスライフルを、その異形とは別の方に向ける。そこにはさらに別の異形――蟻塚城へ至る橋で対峙したあの首無しチンパンジーが彼女の背後に迫っていた。
二階堂が
わらわらと広場に染み出してくるヴォイデンス。
「おじさまっ‼」
アノマリアも二階堂を見た。
二階堂が駆け寄ると、彼女もびっこを引きながら彼の元に寄ってくる。
「――アノマリア、無事か⁉」
倒れ込むアノマリアと、彼女を支えた二階堂。
「――足を怪我してるのか……俺が時間を稼ぐからその間に治せ」
「ごめん。
二階堂は胸中で舌打ちした。そういえば、そんなことを言っていた。
周囲からじわりじわりと寄せてくる異形の一群から、一匹の巨影が飛び出してきた。
象よりも大きな、ヘラジカに似た怪物だった。頭から突き出した奇怪な形の大角と、八本ある足が特徴的だ。
猛然と床を蹴り、頭を下げて突進してくるヘラジカの巨躯を正面に見据え、二階堂がアノマリアの前に立ちふさがる。列車が突っ込んでくるような迫力があった。
「逃げてっ‼」
アノマリアの悲鳴を背中に聞こえたが、二階堂は動かなかった。
身体ごとぶち当ててくるヘラジカ。その頭部に向けて、片手を突きだし、片足を引いて待ち構える。
ヘラジカの頭部が、二階堂の身体を軽々と
そんな、ありえない光景を前に
フレキスケルトンを硬化させた二階堂はヘラジカとの衝突に打ち勝った。
彼は確信していた。ガウスライフルの射撃に伴う途方もない反作用を受け止められるフレキが、所詮は生物の突進に過ぎない運動エネルギーに負けるわけがない。フレキが弱いのは傷なのだ。フレキは衝撃には
二階堂は腰だめにガウスライフルを構えると、先端をヘラジカの首の下に突きつけてトリガーを引いた。凄まじい射撃音を残して、ヘラジカの肉片が派手に飛び散った。
「――後ろっ!」
アノマリアの警告に身体が自然と反応した。
二階堂が振り向きざまにライフルを構える。
そこには頭部がトロピカル色に膨らんだ狼が三匹、突っ込んでくるところだった。赤いドットを中央の一匹に飛ばし、撃ち殺す。
衝撃波に巻き込まれた残りの二匹も、身体のあちこちを損壊させて吹き飛んだ。弾け飛んだ頭部からは絵の具を振り散らしたように鮮やかな体液が飛んで、床を汚した。
ふと気が付くと、次々とこの広場に集まってくる異形の量はもはや軍勢とも言うべき規模となっていた。その中から、ぽつぽつと飛び出してくる異形はやがていなくなり、今度は押し寄せる
二階堂は射撃姿勢を解いた。この数を全てガウスライフルで
「――立てるか?」
二階堂が手を差し伸べると、アノマリアはその手を掴んで立ち上がり、そのまま二階堂に抱きついてきた。
耳元から彼女の低いささやき声が聞こえてくる。
「イグズドの体液に呼び寄せられているから、きりがない。すぐに押し潰されるよ……」
二階堂はただ「そうか」とだけ答え、穴だらけになっていた周囲を見渡し、最後にアノマリアの顔を見た。
彼女の瞳は四つに割れていた。
嫌悪感はなかった。彼女の瞳が、濡れてキラキラと輝いていたせいかも知れなかった。
絶体絶命と言えるこの状況下で、二階堂はまだ諦めていなかった。この螺鈿大地に来た当初は、あれほど死に固執していた自分が滑稽に見えるほど、今は生に執着していた。
二階堂が「俺の首に手を回して抱きつけ」とアノマリアに言った。すると彼女は身体を寄せて彼の首に両腕を回し、そのまま二階堂の唇に吸い付いてきた。
目を閉じた彼女の鼻から漏れる吐息は、花蜜にも勝る甘くて良い香りがした。
――いや、そうじゃないんだが……ま、いいか。
二階堂は眼前に広がったアノマリアの美貌を引き離すこともできず、身体を傾けてフックショットを上に向けて撃った。
ちょうど真上にはカコムンジャが残した胴体がアーチ状になって残されていた。そこにフックが深く咬み込んだ。
さらに、最後のフックショットを足元の床にも打ち込んで引き絞り、しっかりと身体を地面に固定する。
二階堂はアノマリアを片手で抱き返すと、顔を離して見返してきた彼女に向かい、すこし照れたように言う。
「――あー、ロンロンじゃないんだがな……平安京エイリアン作戦と名付けた」
きょとんと見つめてくるアノマリアに向かい、不敵に笑って見せた二階堂は、押し寄せる異形どもの足元を狙ってガウスライフルを
ガウスライフルは水平面よりも下に向けて撃つ場合には、慎重にならなくてはいけない。反動で身体が浮いてしまうからだ。そのライフルの反作用による押し上げを、足元に打ち込んだフックショットで身体を固定して耐える二階堂。
一方の吐き出されたガウスライフルの火焔は、異形どもの足場を破壊して崩落させた。気味の悪い肉がごった返してその崩落に巻き込まれ、落ちていく。
カコムンジャが散々穴だらけにした床は、要所を破壊すれば簡単に崩れる状態となっていたのだ。
アノマリアを抱えたまま、二階堂は身体を少しずつ回し、ガウスライフルで次々と床を抜いていく。ガウスライフルの装弾数は二十発だ。残り十一発。今回はエネルギーに問題はない。アノマリアのフレキから電力を融通しているからだ。そしておそらく弾も足りる。二階堂には確信があった。
一発撃つたびに、大量の異形が床の
床が荒波の船上のように、上下に大きく揺れていた。
――残り三発。
二階堂は足元のフックショットをリリースし、アノマリアの腰を掻き抱いた。
「――口を閉じてろよ?」
二階堂の言葉に、口を引き結んで、こくりと頷いたアノマリア。異形の波はすぐそこに迫っていた。
二階堂が引き金を引く。
ほとんど同時に身体が横に飛んだ。上に張ったフックショットのワイヤに引っ張られ、そのままブランコのように大きく身体が舞い上がった。
見下ろした視線の先で、広場全体の床が崩壊し始めるのが見えた。
「――ダメ押しだっ‼」
大きく宙に放り出された状態から、二階堂がさらに床を狙ってガウスライフルを撃ち込むと、ついに床が抜けた。
眼下でひしめき蠢いていた奇怪な肉が全て、盛大な崩落に巻き込まれ、
二階堂達が振り子運動を繰り返す中、けたたましい轟音が徐々に収まっていき、やがてギィギィとワイヤーが軋む音だけが残された。
二人は大穴の上で宙づりで抱き合ったまま、呼吸が落ち着くのを待っていた。
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