二階堂の作戦

 二階堂は瓦礫に隠れて辛抱強く待った。イスランがほどよい位置に来る時を。


「――頼む、アノマリア」


 二階堂が意を決して言うと、アノマリアは彼の肩に手を置いた。例のごとく足元から七色の粒子が無数に立ち上り、彼の身体を包み込む。


 アノマリアが頷く。それを見た二階堂は、こそこそと瓦礫の陰を渡って移動を開始した。


 アノマリア視点の映像を確認し、イスランの視線が外れる瞬間を狙ってサササッと素早く走る。ロンロンに言わせれば、まさにステルスゲームだ。動くたびに肝が縮み上がる思いだった。


 そうして二階堂は所定の位置に着くと、いつでも走り出せる姿勢になった。


 背中のガウスライフルも、腰の工具類も全てアノマリアに渡してきた。どうせイスランの雷撃で使い物にならなくなるからだ。


 手に持っているのはバールだ。


 まさか、この山場でお世話になるとは思わなかった。しかし、ハイテク道具は全部ダメになる。これしかないのだ。アナログで何とかしなければならなかった。核爆発の電磁嵐の中でも性能が劣化しない、バールというレジェンダリー・ウェポンの底力に感謝。


 二階堂が離れた位置で攻撃を受けて、ロックが外れたガウスライフルをアノマリアがはじくという作戦も考えたが、銃を握った経験のないアノマリアにそれを任せるのは酷だった。


 ロンロンのガイドがあっても無理だろう。ガウスライフルの射撃は、フレキスケルトンをつたい抜ける反動の経路を意識して姿勢を作る必要があり、訓練無しでは不可能だ。下手をすると射撃の反作用で彼女の腕がもげる。というか、彼女の運動音痴っぷりに鑑みると、うっかり二階堂の身体が塵になる未来も見えた。


 このバールで殴りつける――ことができれば理想だが、たぶんそれは無理だろう。その前に炭にされてしまう。だから、これは別の目的で使う。


 二階堂は息を潜めて待った。


『今だ』


 ロンロンの声に弾かれた二階堂がスタートを切る。


 彼は瓦礫の陰から飛び出し、背を向けていたイスランに向かって疾風はやてと化して走る。


 すぐにイスランは振り返った。雷公珠ロザリー・サンダーボルトを巻き付けた腕が振り上げられる。


 それを見た二階堂は足から身体を滑らせ、スライディング状態で手に持ったバールを床に突き立てると、仰向状態で身体を地面に貼りつけ、目をきつくつむった。


 直後、視界が明転し、眼底の血管が浮いた。


 まぶたの肉を突き抜けてくるほどの光量が二階堂のを焼いたのだ。同時に空気を破る激しい雷鳴が鼓膜を麻痺させたのが分かった。視界のAR表示がプツリと全て消え去った。


 自分が生きているのか死んでいるのかも分からない微睡まどろみが少しだけあった。


 全身があわ立つ感覚に目を覚ました二階堂が身体を跳ね起こす。


 イスランは腕を振り下ろした姿勢で硬直していた。


 彼の腕が再び振り上げられる。その寸前、二階堂がその腕を掴んだ。


 近くで見たイスランの顔は原型を留めておらず、ドロドロに溶けてただれていた。そして彼の瞳は、まるですみを垂らしたような黒一色に染まっている。生き物の目ではない。


 しかし彼の長い髪の毛は、アノマリアと同じで、黒く艶めいていた。


 イスランの腕を掴んだ二階堂の手の下で、信じられない力が動き出したが、硬化させたフレキスケルトンがイスランの剛腕を受け止めた。身体が浮き上がる感じがした。


 その力が抜ける瞬間を狙って、二階堂は身体を絡ませるようにイスランの背後に回って、そのまま羽交い締めにした。


 再度フレキスケルトンを硬化させてイスランの動きを拘束した二階堂。


 その手には、金針を含んだ水晶玉が収まっており、ちょうどイスランと、彼を羽交い締めにする二階堂の頭の隣に掲げられる形となった。


 二階堂の視線の先で、アノマリアが瓦礫の陰からネイルガンを構えているのが見えた。先端には黄色い光が見えている。


 ガウスライフルを撃つのが無理でも、ネイルガンなら撃てる。


 ロンロンのガイドに従って狙い、引き金を引けば、当たる。


 アノマリアの唇が動いたのが見えた。しかし、激しい耳鳴りの中にいた二階堂には、何も聞こえなかった。


 その直後、側頭部を金属バットでぶん殴られたような衝撃を感じた。


 意識が暗転する。


 だが二階堂は耐えた。


 じんわり視界に明るみが差してくると、目の前にあったイスランの頭部がなくなっており、羽交い締めにしていたはずの身体も腕の中にはなかった。足元の血だまりに黒いぼろが沈んでいて、そこからイスランの足が覗いているだけだった。


 金紅石ルチルの炸裂は二階堂とイスランを同時に襲ったが、二階堂はアノマリアの防御膜で命拾いし、イスランは上半身を失ってたおれた。


 二階堂がフレキスケルトンの硬化を解くと、身体を支えることができずに、血だまりの中でがっくりと膝を突いた。金紅石ルチルが炸裂した側頭部にはまだ痛みが残っていたが、手でさすってみても血はつかなかった。


 朦朧もうろうとする意識を振り払おうと頭を振っていると、白い手が伸びてきた。アノマリアだ。彼女は焦った顔で何かを言っていたが、まだ聴力が回復しない二階堂には、彼女が何を言っているのか分からなかった。


 ただ、床が大きく振動していることは感覚で分かった。二階堂はアノマリアの手を取って立ち上がりつつ、彼女の視線を追った。それは背後に向けられていた。


 二階堂が振り返ると、ヨルムンガンドが動き始めていた。


 ――こいつ、麻痺してただけだったのか。


 無音空間の中を走る二階堂。しかしすぐに強烈な眩暈めまいがきて、彼はふらふらと足取りが覚束なく、すぐに両手を突いて倒れ込んでしまう。吐き気が凄い。


 それに気付いたアノマリアが引き返してきたと思ったら、直後に浮遊感が来た。


 わけも分からず前に伸ばした手を、アノマリアが掴んだのが見えた。突如として目の前に壁が現れて、顔面を強打した。


 何が起きているのかさっぱり理解できなかった二階堂だったが、それでも自分を掴んだ手を握り返し、とにかく引っ張られるがままに藻掻もがいた。


 無我夢中でアノマリアの胸に飛び込むと、ふわりと花の香りが漂ってきた。それがクチナシの花の香りだと気付いたのは、その瞬間だった。


 しばし茫然となって、ヨルムンガンドのことを思い出した二階堂が振り返る。


 彼の視線の先には、ぽっかりと巨大な穴が出来上がっていた。


 それを放心したまま見つめる二階堂。


 ヨルムンガンドがどうなったのかは分からなかったし、何があったのかも分からなかった。しかしアノマリアがもう動いていなかったので、二階堂は尻餅をついたまま、自分を背中からきつく抱きしめてくる彼女にもたれ掛かって、全身の力を抜いた。

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