イスラン
『――オ――オル。カオル、通信が回復した。今すぐに、近くの家屋に待避しろ。イスランの雷撃は我々の想定を超えている。先ほどの奇襲で君が身に付けている電子機器が全て破壊されかけた。ガウスライフルも一時的にシャットダウンしたようで、せっかくのカオルへの攻撃が認識されていない。イスランの雷撃ではロックが外れないどころか、あと何度か先ほどのカミナリを受けると、ライフル自体が壊れてしまうぞ』
アノマリアが倒れ込んだ二階堂を抱き起こす。治療をしてくれていたようだ。
「――もう大丈夫。立てるよ、おじさま」
「……アノマリア、一旦、逃げよう」
「あっ、たんまたんま――っ!」
アノマリアは慌てて二階堂を大きな瓦礫の隙間に引き込んだ。直後に例の雷撃が来た。今度は二人とも瓦礫の下で難を逃れた。
「――ぐっ!」
「っくぅぅぅ……ちょっと失礼!」
星を目に散らしたアノマリアが、肩をすくめていた二階堂の腰からスネークカメラを引っ張り出して、瓦礫の向こうを映した。イスランの姿が映像に出る。
「――自分の
「そういうの、もっと早く言ってくれよ……」
「アブザードになっても、あんなにしっかり使いこなしてくるとは思っていなかったから。ごめんなさい……」
『カオル、今のでいくつか分かった。イスランは確かにカオル達を狙っている。しかし不幸中の幸いで、ヨルムンガンドの巨体が避雷針になってカオル達は直撃を
「――はっ⁉ 俺、あれで直撃してなかったの⁉」
二階堂は思わず声を上げた。
『そうだ。あれで掠り傷程度だ。雷撃の規模も分かった。凄まじいぞ。イスランが腕を振り下ろすと、この広場一帯が
「俺は……何で電撃を受けたんだ、このスーツ絶縁体なんじゃないのか?」
『先ほど
「あっ……」と二階堂。
『とはいえ、スーツが万全でもあれは防げなかった。スーツは電気を通さないが、放電で発生するプラズマの熱がスーツを溶かしてしまう。ひとたび裂けてしまえば、当然そこから電気が流れる。あれほどの密度の電撃を前にすると、スーツの防御性能は意味がない。スーツの絶縁性の件は忘れろ。ただし、ひとつだけ朗報もある』
「なんだ?」
『イスランは、カオル達を積極的に探しているわけではないようだ。目についたら撃ち込んでくるだけで、今も広場をふらふらとしているだけだ。そこに隠れていれば、しばらく時間が稼げる。特に狙いも付けていないようで、キマイラが吹き飛んだのも、あそこで伸びているヨルムンガンドも、イスランの攻撃に巻き込まれて同士討ちの形になったようだ』
――かといって、ここからどうやって反撃に転じればいいのか。
二階堂は険しい表情で喉を鳴らた。イスランに近づく方法が思い浮かばなかった。
「身動きが取れないな」
『イスランが去るまで待つのもいいが、また別の異形がやって来て状況が悪化する可能性もある。見方を変えれば、今はイスラン一人で邪魔がいない、とも言える』
「
『ネイルガンは精密射撃に向いていない。長距離で当てるのは困難だし、逆に近距離だとイスランの雷撃を間近で受けることになり、それは大変危険だ。ネイルガンが雷撃で故障する恐れもある。最悪、頼みの綱のガウスライフルが“おしゃか”になる』
「八方塞がりじゃんか……」
二階堂は天を仰いだ。
「――アノマリア、君の防御膜はあのカミナリに耐えられるか?」
アノマリアは首を横に振った。
「……なら、君の力でここから狙えるか?」
アノマリアは
「自分の
「そうか……イスランは、なんであんなに早く撃ってこられるんだ?」
イスランは腕を振り上げ、すぐに振り下ろして攻撃してくる。先日アノマリアが羽アリを
二階堂がアノマリアを見ると、彼女はじっと見返してきた。瓦礫の隙間は狭く、二人は密着状態に近かった。アノマリアの目が揺れている。
「――たぶん、タガが外れてるんだ……あんな雷撃、お兄ちゃんでも、こんなに何度も撃てっこない。発動速度も、規模も、威力も、ただ事じゃない……」
映像に映ったイスランは、だらだらと全身から体液を零しているようだった。あの凄まじい力の反動なのだろうか。
『イスランは、雷撃を撃つたびに自爆しているようにも見える。威力が強すぎるのだろう。イスランのリミッターが外れているというアノマリアの意見に同意する』
胸の中でアノマリアの身体が小さく震えていた。幽鬼の如くふらふらと彷徨う肉親の変わり果てた状態を見たことが、彼女に
二階堂はアノマリアの肩を強く掻き抱いた。
「――ロンロン、こんなのはどうだ」
二階堂は思いついた作戦を話した。
「そんなの無茶だよ……」
アノマリアは信じられないといった風に呻いた。二階堂にとっては、状況に鑑みた最適解なのだが、やはりそういった彼の独創的な考えは、他人からは奇行に映るらしい。
『可能性はあるが、幾つか修正点がある』
二階堂の作戦に、ロンロンが修正を加えた。
やるべきことは、すんなりと決まった。
『これは無理ゲーだ。相手が強すぎて、カオルが脆弱すぎる』
「……まぁ、そうだな」
『勝負は一回きりだ』
「念を押さなくても分かってるって!」
二階堂には分かっている。ロンロンはいつも、こうして二階堂が死地に飛び込む時に緊張をほぐそうとしてくれるのだ。
そんな時、アノマリアがふと二階堂の手を取った。
「――カオルおじさま、ごめんなさい。自分の見通しが甘かったから、こんなことになってしまって」
アノマリアはそう言って目を伏せた。
二階堂は彼女の頭をポンポンと撫でた。
「――なに、気にするな。王子様として、お姫様は助けないとな。後は俺に任せておけ。これが終わったら一緒に帰ろう。……報酬も、頂かないとな」
おどけて笑って見せた二階堂。
『おいやめろ、カオル。変なフラグを立てるな』
「フラグ? ……フラグは折るものなんだろう?」
『その銃がサイコガンだったらと願わざるを得ない』
「なんか聞いたことあるぞ、それ……」
『最強のフラグクラッシャーだ』
「あぁ、コブラか……」
そうやって軽口を言い合い始めた二階堂を見て、アノマリアは困ったように笑っていた。
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