蟻塚城の深部へ
早朝、二階堂は蟻塚城へ向かう準備を整えてリビングに出た。
今回は前回の反省を生かして〈サウンドレベライザ〉――イヤフォンっぽい耳栓兼、高性能集音装置を装着した。必要以上の音量をカットし、逆に蚊の鳴くような小さな音も拾える優れものだ。
その性能チェックをしていると、音もなくアノマリアが部屋から出てきた。二階堂はリビングに入ってきた彼女の格好を見て驚いた。
「――アノマリア?」
「もち、自分も一緒に行くッス」
彼女は二階堂と同じく、黒い全身タイツ風ウェアに、フレキスケルトンを装着の上、出会った当初着ていた彼女自身の黒いぼろを身に付けていた。彼女のアクセサリ類も、アンダーウェアの上に全部付いている。
「なんの話だ、ロンロン?」
「念のため、アノマリアをガウスライフルの共有者に設定した。彼女のドッグタグに付けた小さなドングルが、彼女の状態を常に監視することになる。これで万が一アノマリアが怪我をしても、集団的自衛権が発動してライフルのロックが外れる」
「そうなんだ? ……いや、そうじゃなくて」
アノマリアの兄イスランを探すためには、彼女の
「彼女の希望だ」
ロンロンのひと言に、二階堂はアノマリアを見た。
「おじさまには、自分の術が必要ッス。
アノマリアはそう言ってウィンクして見せた。
二階堂が眉根を寄せて口を開きかけたが、それをアノマリアの指が塞いだ。
「――決めたことッスから。お兄ちゃんの最期も見届けたいッス。色々と……こっちの方が都合がいいんスよ」
二階堂は諦めた風に息をついて「ロンロンの言うことを聞けよ」と言った。アノマリアはその声に、にっと口元を緩めた。
二人は手早く準備を整えてビヨンド号のタラップを降りた。
◇◆◇
蟻塚城深部への侵入は、先日、二階堂が飛び込んだ先にあった空洞を使うことにした。あれは案の定、地下都市への送風設備だったらしく、辿れば地下へたどり着けるとのこと。
ただし、あの時のターザンさながらの突入方法は危険すぎたので、今、二階堂達は蟻塚城中庭からの進入路を探しているところだった。
中庭は、ウニを吹き飛ばした時にまき散らされた体液で、黒い池に沈んだはずだったが、そのウニの体液はもう引いており、代わりにヘドロのような、コールタールのような汚れが残されるだけとなっていた。有機溶剤のような鼻を突く異臭が充満している。
「これ、あのウニの体液なのか?」
「そそ。イグズドの体液は最終的にこうなるッス。くっさいんスよね。これが次の
アノマリアは足元に落ちた青い石、先日二階堂が撃ち抜いた導星台の破片を拾い上げながら言った。
『アノマリア、話の横からすまないが、その
「あー、それもやめた方がいいッスよロンちゃん。この
「腐ってる?」
これまた意味不明な表現に、二階堂は訝しげにおうむ返しした。
「――ほら、変な模様が浮き出てるっしょ?」
アノマリアが二階堂に石を見せると、そこには確かに表面に汚らしい
「〈
『興味深いな、カオル。おら、すっげーわくわくすんぞ。何とかして解析したい物だが、感染するとなると慎重にならざるを得ない。ビヨンド号が汚染されたら一大事だ』
「楽しそうで何より……」
二階堂達は中庭から蟻塚城に侵入した。先日二階堂が通った道のマップや、数日かけて、ちょこちょこと広げておいた内部のマップが役に立った。二階堂がパッシブソナー、スネークカメラを駆使して接敵を回避し、慎重にアノマリアを先導する。
もちろん、手にはバールだ。
鉄。本当に、鉄を持っているだけで心強い。
「おじさま、さっきから気なってるんスけど、その手に持ってる武器はなんスか? ……格好いい
『バールだ、アノマリア。人を殺すために最適化された、ミニマムで完璧なフォルムをしているだろう。混じりっけなしの鉄100パーセントで出来た、核戦争後の世界でもノーメンテナンスで使えるスーパーパワーだ』
「おお……よく分かんねーけどすげーッス! 鉄は貴重品ッスよ。それを惜しげもなくそんなシンプルな形にまとめて使っちゃうなんて、やっぱロンちゃん達はブルジョワっすね」
――ただのバールをそこまで褒めちぎるのか……。
だがしかし――。
古代スキタイ人は鉄を持って馬で駆け、周辺国家を席巻したらしい。古代モンゴル人は鉄の
地球の中心も、言ってみれば鉄だ。ドロドロに溶けた鉄が対流して地球規模の大陸移動を引き起こしている。すなわち、鉄は地球の心臓であり血液であるとも言える。このバールは地球製だ。故郷を遠く離れた今、二階堂は地球を手にしている。母なる地球を手に携えているのだ。これほど心強いものが他にあるだろうか。
二階堂が軽く鉄の妄想で現実逃避しながら、厳しい緊張感の中を進んで行くと、ほどなくしてロンロンの声が聞こえてきた。
『カオル、そろそろ中継器を』
二階堂は、はっとして腰からペットボトルキャップのような物体を取り出し、それを壁に取り付けた。これはビヨンド号からの電波を内部に中継する〈リピーター〉と呼ばれる装置だ。
これを一定間隔で設置していくと、蟻塚城内部までロンロンと通信できるというわけだ。しかもこれ自身にセンサー機能があるので、設置型索敵装置としても使える。ただ、数があまりないのが玉に
そうしながら敵を避け、右へ左へ。下へ、下へ。
やがて先日二階堂が飛び込んだ広い穴に到達し、その螺旋通路を降りていく。
『こういう、螺旋通路の底には強敵がいることが多い。気をつけろ、カオル』
「前から気になっていたッスけど、ロンちゃんはカオルおじさまと違って戦闘慣れしているッスよね? 細かい指示を出すのもロンちゃんだし、戦場帰りなんスか?」
『そうだ。私は
「――おいやめろ。ゲームの中の出来事を現実っぽく語り始めたら、いよいよ人工ゲーム脳だぞ」
『ひどいな。一緒にクリアしたあのSF系FPSゲームを思い出せ。あれはカオルだって楽しんでやっていたじゃないか。「ロンロン、ナノスーツってほんとにあるのか?」なんて子供みたいに目を輝かせて。しばらくカオルが筋トレマシンを使う時に、こっそり「マキシマム・ストレングス……」と呟いていたのを知っているぞ』
「や、やめろ……やめてくれ……」
思わぬ反撃に、二階堂は手で顔面を覆った。
「それそれ、そのゲームって、なんスか。戦場の名前ッスか?」
『近い』
「ぜんぜんちげーよ……ただの遊びだ。帰ったら、存分にロンロンと遊べよ」
『そうだ。帰ったら早速出撃しよう、アノマリア。エイリアンは皆殺しだ』
そんなやり取りに、アノマリアが笑みを浮かべたのだが、二階堂は彼女の笑顔がいつもの無邪気なものとは違い、少し硬かったのが引っかかった。
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