プレゼント
二階堂がシャワーを浴びてラフな格好でリビングに戻ると、膝の上に本をのせたアノマリアが、コックピット席に座っていた。
彼女は窓の外を眺めている。
「――そこは船長席だ」
「お、わりーわりーッス」
そう言って立ち上がろうとしたアノマリアの肩を、二階堂が上から押さえた。
「別にいいさ」
窓の先の景色は抜けており、遠く蟻塚城や遠景、
外は陽光が陰り始めていた。眼下の森にはキラキラと
ただ、宇宙空間に漂う星々の
「――この景色は、宇宙を旅している時を思い出すな」
「宇宙……おじさま達が旅したっていう、星だらけの不思議なところッスね」
「俺から言わせてもらえば、ここの方が宝石だらけで不思議なところだがな。……そう、俺たちはその宇宙の果てを目指していた」
二階堂がアノマリアの隣に立って、一緒に窓の外を眺める。
「子供の頃からの夢だったんだ。人類未到の地に行って、未知の世界で大冒険して、なにか凄いお宝を探し出して、世界を救う大活躍して、美人の奥さんをもらって……子供じみた夢だろ?」
アノマリアはなにも言わず、ただ二階堂の顔を見上げていた。
「……まぁ、そんな夢を実現するには、もう年を食いすぎてるけどな」
気恥ずかしくなって肩をすくめた二階堂。
「――ずっと不思議だったッス。エントリオは
二階堂はアノマリアを見た。彼女は微笑み返して続ける。
「おじさまとロンちゃんが、二人でここに来られたからッス。同郷のエントリオが二人同時に現れるっていうのは、前代未聞なんスよ。普通、エントリオは一人で現れて、そのまま自分が誰なのかも分からない、ぼやけた状態のまま。……でもそんな時、すぐにおじさまがロンちゃんを呼んで、ロンちゃんがおじさまの名前を呼んだ。これで、存在の焦点が合ったんじゃないかと思うんスよ。奇跡ッスね」
「へぇ」
二階堂は、ロンロンとビヨンド号が再起動した時の不思議な感覚を思い出した。
「この螺鈿大地では、そうやってお互いの心を支え合うのが肝要ッス。共振作用って言って、心を強く、くっきりさせる効果があるッス」
「心を支え合う……」
「ロンちゃんに聞いたッスよ。おじさま、死にたがってたって」
二階堂は口を引き結んで憮然となった。
――あいつ、余計な事を……。
「ロンちゃんは賢いッスよ。普通、死にたがっている人に死んでこいとは言わないッス。ロンちゃんはカオルおじさまをギリギリのところで殺しにいってる。おじさまが、その生と死の紙一枚の薄さに、生きる喜びを見つけることに賭けたんスよ。そしてロンちゃんが勝った。……いい相棒じゃねーッスか。羨ましいッス」
――そうかなぁ……? あいつ、俺をプレイアブル・キャラクターにしたいだけだと思うんだが。
二階堂は小さく溜息をついて、首につけていた
「このネックレス、返すよ」
すると、アノマリアがじっと二階堂の胸を見た。そこには、普段は服の下にしまってある、二階堂自身のネックレスがぶら下がっていた。今日はたまたま服の外に出ていたようだ。
「――これか? ドッグタグだ」
「ドッグタグ?」
彼女が見ていたのはドッグタグだった。無味乾燥な金属プレートが首に掛かっている奇妙が、見るからにアクセサリー好きのアノマリアの興味を引いたのだろう。
「ああ。俺の名前が彫られててな、死んだ時にこれで本人確認をするんだ」
「死んだ時に?」
「そう……宇宙だとな、それはそれはバラエティ豊かな死に方をするからな。どんなに塵になっても、このドッグタグだけは残るから。俺が死んだって分かる」
「ほえー」
感心そうにアノマリアが口を開けていた。そういえば、と思った二階堂が解説を加えてやる。
「これはな、
「?」
アノマリアが首をかしげた。そこで二階堂がドッグタグを首から外し、なにやらカチャカチャすると、ドッグタグが三枚に分離した。
「これはシンギュラリオンを透明な素材でサンドイッチにしてあってな。中の金属が本体なんだ」
二階堂はそう言いながら、アノマリアに指を出させ、その指にサンドイッチされていた金属を当てる。
「――うぉお⁉」
するとドッグタグは、それがまるで立体映像であるかのように、彼女の指をすり抜けた。それを何度か繰り返し、二階堂は目を丸くしている彼女の表情を見て満足した。
「――この通り。俺も詳しくは分からないが、シンギュラリオンは位相がずれているらしい。……他にも色々変わっててな、登録しておけば、遠くからこのドッグタグを探し出すことも可能だ。まぁ俺はお尋ね者だったから、ビヨンド号以外には、どこにも登録してないけどな」
「すげぇ……」
そう言って至近距離で目を寄せてじーっとドッグタグを凝視するアノマリア。二階堂が小さく息をついて「欲しいのか?」と聞くと、彼女はふたつ返事で「欲しい!」と答えた。
「じゃあ、プレゼントしよう。この貴重な指環のお返しもしてなかった」
二階堂は指で左手薬指にはまった吻合環を指差してから、
「――つけて欲しーッス」
それを見たアノマリアはシャツの襟首をはだけて、後ろ髪を両手で持ち上げた。彼女の白く細いうなじが、薄暗い中で浮かび上がって見えた。
二階堂は
「――アノマリアは、俺のどこが気に入ったんだ? はっきりって俺、君より弱いし、お世辞にもイケメンとは言えない顔だ。ただの一般人。君みたいな美人に、そんなに好かれると、逆にどうしたら良いのか分からないよ」
二階堂の質問に、アノマリアはクスッと表情を崩した。
「これッスよ――」
彼女は膝の上に置いてあった本を一冊持ち上げて見せた。
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