新たな戦術

 あまりにも強引な話の流れに、二階堂が呆れ顔になった。


「うむ。蟻塚城に行く前に、カオルの掠りグレイズスキルの習熟度を上げておかなければならない。そのついでだ」


「ロンロン先生。ジャケットを使った、服を切らせて骨を断つ作戦、有効に働いていないと思います」


 ロンロンが立案した、分厚い服を着てかすり判定を広げる作成は、実のところ一度も成功していない。


 ミノタウロスには殴られ、サソリの射撃は奇跡的にこめかみに掠り、トロールにいたっては肩を貫かれている。ウニには危うく蜂の巣にされかけた。いや、ミンチにされかけたと言っていい。このままロンロンの言いなりになっていると本当に死ぬ。


 というか、異形どもの形態は奇想天外。何がどこから、どんな速度で飛び出してくるかも分からないのに、狙って掠らせるなんて夢のまた夢なのだ。二階堂は身をもって学んだ。


「マタドール」


 ロンロンは言った。


「マタドールだ、カオル。脇を大きく広げ、闘牛で使うマントのように、そこで攻撃を受け止めろ。敵を牛と見なせ。カオルには工夫が足りていない」


「俺、この作戦失敗だと思うんだ。せめてサンバの衣装みたいにごっちゃごちゃに装飾華美な服を用意するべき。頭の上に羽がぶわーってなってるやつとか、背中でばさーってなってるやつとか」


 二階堂は頭の上で両手をわしゃわしゃと振った。


「作戦失敗と判断する時は、カオルが死ぬ時だ。カオルが生きている限り、作戦失敗ではない」


「こいつ……とんでもない強弁を……」


「人工知能は無謬むびょうだ」


「それ、一番駄目な考え方だぞ! 大失敗するまで軌道修正できないやつ‼」


「はいはい」と言ってアノマリアが元気よく手を上げた。


「その、攻撃を掠らせるっていう話なんスけど。自分、お手伝いできるかもッス」


「お手伝い?」


 アノマリアは立ち上がって、二階堂の手を取った。


 彼女がキッと眼光を強め、集中した表情になると、二階堂の足元から七色の細かな粒子が煙のように立ち上り、彼の身体に纏わり付いて、やがて全身に膜が張ったようになった。まるでシャボン玉を全身タイツにして着込んだみたいだ。


「――これは?」


 二階堂は、忙しなく色を変える自分の手のひらを見ながら聞いた。


「〈ダズリング・メンブレイン〉っちゅー螺鈿術ネイカーッスね。これは――」


 アノマリアがフォークをおもむろに手に取ると、それを二階堂の手のひらに思いっきり突き刺した。


 二階堂の表情が痛みに歪み、そしてすぐに彼は怪訝な表情になった。


「――いっってぇ……⁉ ……怪我は、してないのか……防御膜の一種か?」


 確かに強い痛みを感じたが、二階堂の手には傷ひとつ着いていなかった。フォークの鋭い先端は、二階堂の手の表面で、紙一枚の薄さで防がれていた。


「そそ。結構頑丈なんスよ? あのウニの矢も弾いた実績ありッス。まぁ、怪我しないだけで痛み自体は伝わってくるし、重い攻撃を受ければ身体は飛ばされるしと、万能ではないんスけどね」


 二階堂は「まじかすげぇ」と呟いて停止した。ちょっとアラフォーの頭では追いつけない展開だ。


 そこにすかさずロンロンが取って代わる。


「アノマリア、その〈ダズリング・メンブレイン〉に制限はあるのか。一定時間で切れるとか、一定回数攻撃を受けると消えてしまうとか」


「時間ッスね。だいたい二刻……ロンちゃんの単位だと、十分かな。それくらいの時間で消えるッス」


「これは朗報だぞ、カオル。これを使えば怪我のリスクを大きく減らせる上、掠らせる必要もなく、攻撃を受けてしまえば服は破けるだろうから、それでガウスライフルのロックは外れる」


「いやだ」


 ボリュームの上がったロンロンの声に、二階堂はすかさず言った。


「なぜだ?」


「痛いからだよっ! 攻撃を受けて意識飛んだらおしまいだぞ‼ さっきも、すげー痛かったわ! アノマリア、お前もやる前にひと言断れよなっ‼」


 アノマリアは言われて、二階堂の手のひらをさすりながら、てへぺろした。


「うむ、確かに痛みで失神はまずいな。五感というのは人工知能の盲点だ」


 感心した風にロンロンが続ける。


「それは、ひょっとすると死ねない分、余計に辛い可能性があるな。死ぬほどの痛みを感じて、なお死なない人間というのは前代未聞だ。そんなシチュエーションは存在しないからな。致命傷を超えるダメージを受けると、まだ誰も味わったことのない、人知を超えた痛みを味わえるかもしれないぞ。すごいな、カオル」


「嬉しくない……」


「――実際、直撃はお勧めできねーッス。イグズトの体液を取り込む可能性があるッスからね。それは、やべー結果につながるッスよ。アブザードにググッと近づく危険な行為ッス。エントリオであるカオルおじさまだって、螺鈿大地のルールからは逃れられないんスからね」


 二階堂の手を離して続けるアノマリア。


「あと、螺鈿術ネイカーは重ねがけができないんス。スタミナを増加させる〈レイディアント・ヴィガー〉をかけながら、攻撃を防ぐ〈ダズリング・メンブレイン〉を一緒にかけることはできないッス」


「あー……それは、キツいな……」


 地上の森におもむいた時にアノマリアがかけてくれた、あの術の効果は凄かった。あのサポートの有り無しというのは、アラフォーの二階堂にとって、電動自転車で坂を上るのか、ギア無しのママチャリで坂を上るのかほどの差がある。


「ま、ま、まっ、おじさまっ! とりあえず自分の術の腕前を体感して欲しいから、一回外に出てアブザード辺りを一匹仕留めるッスよ。自分、運動ができない代わりに、術に関してはそれなりのつかい手なんス」


「そうだ。案ずるより産むが易しだ」


「……本気で今から行くの? 俺、お昼ご飯食べたばっかなのに? 覚悟する暇もなく、死ぬより辛い痛みを受けるの? ゲロ吐きそう……」


 その後、二階堂は満面の笑みを浮かべたアノマリアに背中を押されて蟻塚城に向かった。

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