次の目的

「お待たせッス」


 ポイーン。


 リビングに現れたアノマリア。その着こなしがレベルアップしていた。


 シャツの胸元が第二ボタンまで外れ、滑らかな柔肌が大きくVの字で見えていた。シャツのすそはジーンズから出して、お腹の隙間からはチラリと縦に割れたへそが覗く。


 そですそもまくられており、そうやって身体の端々はしばしがチラチラと覗くようになった。すると彼女の装飾過多なアクセサリー類が強調され、お洒落度数が格段にアップしたのだった。


 ――ロンロンの入れ知恵だろうが、的を射ている。


 二階堂は内心の動揺を仏頂面で隠し、テーブルの上の藁人形に話しかける。


「……そのポイント、だんだん俺も気になってきた。見せてくれよ」


「だめだ。これは私とアノマリアだけが閲覧可能だ」


「それ、おかしくない? 俺への好感ポイントなのに、俺が見えないの?」


「いいんだ、ポイントカードみたいなものだからな」


「……はあ?」


「ポイントは貯まったら使える」


「……? そのポイント、なんか違うぞ⁇ っていうか何に使うんだ?」


 二階堂が眉をひそめていると、アノマリアがテーブルの対面に座った。


「――いま狙ってるのは、おじさまがもう辛抱溜まらんと夜這いに来てくれるコースなんスけど、ちょっとたけーんスよね。だから少し妥協して、自分の風呂上がりにばったりっていう、比較的安いラッキースケベからの自然発展を狙っているッス」


「話がとってもおかしな方向に向かっていると思います。軌道修正を希望する」


 チーンというランチのお知らせが鳴った。二階堂が取りに向かうと、そこにロンロンからチョーカー経由で声が届く。


『ちなみに、カオル。交換品の価値は、私がカオルの行動をコントロールする際の難易度で決まっている』


あきれてものも言えない……と言いたいところだが、ちょっと納得した」


 ――俺が辛抱溜まらなくて夜這いに行くって、どうやって仕向ける気だ?


 その後、昼食をとりながら、二階堂は今後のことについて話を切り出した。


「人里に、行こうと思う」


「……エヴァイアっすね?」


 一瞬、アノマリアが目を細めた。


「そこが一番大きな街なんだよな?」


「そそ。人里はそこら中にあるんスけど、螺鈿柱エヴァイアたもとにある街が一番大きいッス。エルフもそこにいるッスよ」


「次の目標のひとつに、ウィシャロイの入手を考えている。……ところで今まで流してたけど、エルフって本当にいるんだな。おとぎ話の中だけの存在だと思ってた」


「……いるッスよ。気難しい連中なんスけどね、悪い奴らじゃねーッス」


 そう言ってアノマリアは目を伏せ、ハンバーグを口に運んだ。ロンロンがそこに割り込んでくる。


「ビヨンド号は晴れて飛行可能になった。バッテリーを半分ほど消費するとして、時速40キロで15分。およそ10キロメートルほど移動できる。日数で言うと、二十日で10キロ進めることになる」


「エヴァイアまで距離は分かったか?」


「判明した。レーダーの出力を上げて測ってみたところ、あの巨大な構造物への距離はおよそ200キロだということが分かった。二十回飛行を繰り返せば到着することになるから、単純に四百日かかる」


「結構長くかかるな。でもまぁ、不可能ではない、か……」


 二階堂は腕を組んで言った。


「ところで、カオル。おかしいと思わないか」


「おかしい?」


「地球なら、今我々がいる高度から200キロも先の柱は見えないぞ。地平線に隠れてしまうからな。このことからの推測になるが、ここは恐ろしく巨大な星だ。あるいは、平面の可能性すらあるな。我々の物理常識はもはや当てにならない」


 突如としてテーブルに映像が出た。


「これは……地図か」


「ふおぉ……ふげーっふ!」


 アノマリアがブロッコリウムを頬張りながら、目を丸くしてその地図を見た。


 地図上に緑色のマーカーが表示されている。これがビヨンド号の位置らしい。赤く色づけされた領域が近くにあり、それが蟻塚城。そしてビヨンド号の背後には直線が描かれており、その先はなにもなかった。


「この線は?」


 二階堂が指差して聞くと、ロンロンが「壁だ」と答えた。


「茨の大壁の向こうは、レーダーが届かないのでマップできなかった。その先を見通すにはニュートリノ・アクティブスキャナを使わなければならない」


 ニュートリノ・アクティブスキャナは透過型レーダーで、構造物の内部や、障害物の向こう側まで一気にスキャンできる凄いやつだ。凄いやつなのだが、スキャン中に対象物に動かれると失敗するので、主に小惑星の構造や、自然坑道などを調べる装置として搭載されている。


「でもスキャナは使えない、か」


 ニュートリノ・アクティブスキャナは消費エネルギーが大き過ぎて今は使えない。二階堂はそう考えていた。


「いや、正確には使える。だが、一度起動するとバッテリーのエネルギーを50%近く消費することから、現状だとビヨンド号のエネルギーが枯渇してしまう。エネルギーの優先度で考えて、使用を控えている。我々が向かう方角とは逆でもあるしな」


「なるほど。大食いなわけか」


 二階堂は言いながら、しかし朗報だと思った。ニュートリノ・アクティブスキャナが使えれば山の向こうや地下までつまびらかにマップできる。使いどこによっては切り札になるだろう。


「――これ、面白いッスねー……自分の旅路をさかのぼったりできるッス」


 アノマリアが口に溜めたものをゴックンし、地図上にスススッと指を這わせた。


「アノマリア、君の旅路を指で辿ってくれないか? 私がマップする」


 ロンロンに言われて、アノマリアが「うーん」と悩みつつも、蟻塚城から線を描いていく。


「――こんなに綺麗な地図、見たことねーッスから。ちょっと間違ってるかも……あ、いや、この丸いの。ひょっとして湖じゃないッスか、ロンちゃん?」


「ドローンによる望遠撮影の結果と合わせて、そこは湖だと判断している」


 アノマリアの指が置かれた丸い領域が、水色に染まった。


「なら自分、この湖畔を通ったッス。蟻塚城に着く前の、最期のキャンプ場ッスよ。この湖は綺麗で、水も飲めるし、近くに小さな人里もあるんスよ。標高が高くてちょっと寒いッスけどね」


「人里か……」


 二階堂が地図を覗き込むと、ビヨンド号からその泉まで線が引かれ、距離が追記された。9kmだ。


「直線だとおよそ9kmだが、蟻塚城を迂回するルートを取ると11kmになる。ビヨンド号を飛ばすならちょうど良い位置だ。人里があるなら食料や、植物の種子も手に入る可能性がある」


「そうか――」


 二階堂はアノマリアを見た。彼女はテーブルに上半身を乗り上げて足をパタパタ。目を輝かせて地図を眺めている。まったくもって子供。


「――アノマリアが来た旅路を辿たどるルートが、安全かも知れないな」


「それは名案だ、カオル。では、ここを最初の目的に設定して良いか?」


「ああ、そうしてくれ。……ところで、アノマリア」


 二階堂に声をかけられ、彼女は「ん?」と視線を上げた。


「君は、どうしてあの蟻塚城――なんとかストロングホールドに来たんだ?」


 それはあえて聞かなかった質問だ。あのウニを始末するために来たのではないか、とは予想していたが、彼女を連れて行くためには、そろそろはっきりさせなければならなかった。


「……あのー、その件なんスけど――」


 アノマリアは胸の前で両手の人差し指をツンツンとして見せた。


「自分、まだあそこで、やらないといけないことがあるんスよ。それで、おじさまにも手伝って欲しいなー……なんて。あはは……」


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