次の目的
「お待たせッス」
ポイーン。
リビングに現れたアノマリア。その着こなしがレベルアップしていた。
シャツの胸元が第二ボタンまで外れ、滑らかな柔肌が大きくVの字で見えていた。シャツの
――ロンロンの入れ知恵だろうが、的を射ている。
二階堂は内心の動揺を仏頂面で隠し、テーブルの上の藁人形に話しかける。
「……そのポイント、だんだん俺も気になってきた。見せてくれよ」
「だめだ。これは私とアノマリアだけが閲覧可能だ」
「それ、おかしくない? 俺への好感ポイントなのに、俺が見えないの?」
「いいんだ、ポイントカードみたいなものだからな」
「……はあ?」
「ポイントは貯まったら使える」
「……? そのポイント、なんか違うぞ⁇ っていうか何に使うんだ?」
二階堂が眉をひそめていると、アノマリアがテーブルの対面に座った。
「――いま狙ってるのは、おじさまがもう辛抱溜まらんと夜這いに来てくれるコースなんスけど、ちょっと
「話がとってもおかしな方向に向かっていると思います。軌道修正を希望する」
チーンというランチのお知らせが鳴った。二階堂が取りに向かうと、そこにロンロンからチョーカー経由で声が届く。
『ちなみに、カオル。交換品の価値は、私がカオルの行動をコントロールする際の難易度で決まっている』
「
――俺が辛抱溜まらなくて夜這いに行くって、どうやって仕向ける気だ?
その後、昼食をとりながら、二階堂は今後のことについて話を切り出した。
「人里に、行こうと思う」
「……エヴァイアっすね?」
一瞬、アノマリアが目を細めた。
「そこが一番大きな街なんだよな?」
「そそ。人里はそこら中にあるんスけど、
「次の目標のひとつに、ウィシャロイの入手を考えている。……ところで今まで流してたけど、エルフって本当にいるんだな。おとぎ話の中だけの存在だと思ってた」
「……いるッスよ。気難しい連中なんスけどね、悪い奴らじゃねーッス」
そう言ってアノマリアは目を伏せ、ハンバーグを口に運んだ。ロンロンがそこに割り込んでくる。
「ビヨンド号は晴れて飛行可能になった。バッテリーを半分ほど消費するとして、時速40キロで15分。およそ10キロメートルほど移動できる。日数で言うと、二十日で10キロ進めることになる」
「エヴァイアまで距離は分かったか?」
「判明した。レーダーの出力を上げて測ってみたところ、あの巨大な構造物への距離はおよそ200キロだということが分かった。二十回飛行を繰り返せば到着することになるから、単純に四百日かかる」
「結構長くかかるな。でもまぁ、不可能ではない、か……」
二階堂は腕を組んで言った。
「ところで、カオル。おかしいと思わないか」
「おかしい?」
「地球なら、今我々がいる高度から200キロも先の柱は見えないぞ。地平線に隠れてしまうからな。このことからの推測になるが、ここは恐ろしく巨大な星だ。あるいは、平面の可能性すらあるな。我々の物理常識はもはや当てにならない」
突如としてテーブルに映像が出た。
「これは……地図か」
「ふおぉ……ふげーっふ!」
アノマリアがブロッコリウムを頬張りながら、目を丸くしてその地図を見た。
地図上に緑色のマーカーが表示されている。これがビヨンド号の位置らしい。赤く色づけされた領域が近くにあり、それが蟻塚城。そしてビヨンド号の背後には直線が描かれており、その先はなにもなかった。
「この線は?」
二階堂が指差して聞くと、ロンロンが「壁だ」と答えた。
「茨の大壁の向こうは、レーダーが届かないのでマップできなかった。その先を見通すにはニュートリノ・アクティブスキャナを使わなければならない」
ニュートリノ・アクティブスキャナは透過型レーダーで、構造物の内部や、障害物の向こう側まで一気にスキャンできる凄いやつだ。凄いやつなのだが、スキャン中に対象物に動かれると失敗するので、主に小惑星の構造や、自然坑道などを調べる装置として搭載されている。
「でもスキャナは使えない、か」
ニュートリノ・アクティブスキャナは消費エネルギーが大き過ぎて今は使えない。二階堂はそう考えていた。
「いや、正確には使える。だが、一度起動するとバッテリーのエネルギーを50%近く消費することから、現状だとビヨンド号のエネルギーが枯渇してしまう。エネルギーの優先度で考えて、使用を控えている。我々が向かう方角とは逆でもあるしな」
「なるほど。大食いなわけか」
二階堂は言いながら、しかし朗報だと思った。ニュートリノ・アクティブスキャナが使えれば山の向こうや地下まで
「――これ、面白いッスねー……自分の旅路を
アノマリアが口に溜めたものをゴックンし、地図上にスススッと指を這わせた。
「アノマリア、君の旅路を指で辿ってくれないか? 私がマップする」
ロンロンに言われて、アノマリアが「うーん」と悩みつつも、蟻塚城から線を描いていく。
「――こんなに綺麗な地図、見たことねーッスから。ちょっと間違ってるかも……あ、いや、この丸いの。ひょっとして湖じゃないッスか、ロンちゃん?」
「ドローンによる望遠撮影の結果と合わせて、そこは湖だと判断している」
アノマリアの指が置かれた丸い領域が、水色に染まった。
「なら自分、この湖畔を通ったッス。蟻塚城に着く前の、最期のキャンプ場ッスよ。この湖は綺麗で、水も飲めるし、近くに小さな人里もあるんスよ。標高が高くてちょっと寒いッスけどね」
「人里か……」
二階堂が地図を覗き込むと、ビヨンド号からその泉まで線が引かれ、距離が追記された。9kmだ。
「直線だとおよそ9kmだが、蟻塚城を迂回するルートを取ると11kmになる。ビヨンド号を飛ばすならちょうど良い位置だ。人里があるなら食料や、植物の種子も手に入る可能性がある」
「そうか――」
二階堂はアノマリアを見た。彼女はテーブルに上半身を乗り上げて足をパタパタ。目を輝かせて地図を眺めている。まったくもって子供。
「――アノマリアが来た旅路を
「それは名案だ、カオル。では、ここを最初の目的に設定して良いか?」
「ああ、そうしてくれ。……ところで、アノマリア」
二階堂に声をかけられ、彼女は「ん?」と視線を上げた。
「君は、どうしてあの蟻塚城――なんとかストロングホールドに来たんだ?」
それはあえて聞かなかった質問だ。あのウニを始末するために来たのではないか、とは予想していたが、彼女を連れて行くためには、そろそろはっきりさせなければならなかった。
「……あのー、その件なんスけど――」
アノマリアは胸の前で両手の人差し指をツンツンとして見せた。
「自分、まだあそこで、やらないといけないことがあるんスよ。それで、おじさまにも手伝って欲しいなー……なんて。あはは……」
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