ディナータイム

「あれ? おじさま、目の色が変わってないッスか?」


 二階堂がラフな格好になってリビングに戻ると、バーカウンターを興味深そうに眺めていたアノマリアが首をかしげた。


「ああ、コンタクトを外したんだ」


「こんたくと?」


「目に直接装着するレンズだ。ロンロンの指示を視界に映せるんだ。それで、俺が付けてたのはカラコンって言って、目の色が変わるやつ」


「ほう。よく分かんねーッスけど、ちょっと興味ある……その服も随分と変わってるッスねぇ。胸の絵はなんスか? おじさまの親戚?」


 二階堂のTシャツにプリントされているのはハードロックバンドのちょっとおどろおどろしいやつだ。ゾンビがマイク持って歌ってるようなやつ。


「そんなわけあるか……なんか……お前、子供みたいだな」


 ありとあらゆるものに興味を示すアノマリア。二階堂が呆れたようにぼやくと、彼女は「へへへっ」と照れ臭そうに笑った。


「カオル。食事ができた」


 ロンロンの声の終わりに、キッチン側からチーンという音がした。


 二階堂はアノマリアにダイニングテーブルに着くように促し、食事を取りに行く。メニューは――。


「あの肉のハンバーグですね? 分かります」


「なるべくカオルの想像力を刺激しないメニューにしてみた」


「ビンビンに刺激されています。ふざけんなっ!」


 カオルの皿に載ったのはハンバーグ。しかし、形が牛顔だ。ご丁寧に角の位置に白いたまがふたつ載っていて、つのの感じを出そうとしたのが伝わってくる。


 ――この珠、何?


たおした敵を食らってその力を取り込むんだ、カオル」


「それも、何かのゲームなんですかねぇ……?」


「おー、おいしそ~!」


 一方、アノマリアのは普通のたわら型ハンバーグ。


「ロンロン、てめぇ……」


「私はジェントルAIを目指している。女性はお姫様を扱うように、だ」


 肉は美味かった。あの異形の様子を思い出すと、どうしても気分が滅入ったが、ひと口、ふた口と口に運べば、その忌避感を吹き飛ばすほどの飢餓が喉の奥から手を伸ばしてきた。とりあえず肉はわんさかあるということで、二階堂は四皿ぺろり。アノマリアは五皿ぺろり。


 ちなみに二皿目は顔無しチンパンジー風、三皿目はトロール風、四皿目が器用にも、ウニ風だった。


「ハンティングトロフィーみたいなものだ」とはロンロンの言い分。


 二階堂は食後に水を飲んで、至福感を吐き出した。


 ――眠い。


 昨日は寝ていない。二日続けて、言葉どおり死ぬほど身体を酷使した。二階堂は満腹感と共に感じ始めた強烈な眠気を、もう一度息に乗せて吐き出した。アラフォーの肉体は限界に近づいていたのだ。


 そこにアノマリアが、げふーっとしながら、思い出したように声をかけた。


「あ、そうだ。念のため言っておくッスけど、さっきおじさまがかついできたのはアブザードだから食ってもいいッスけど、イグズドは食べたら駄目ッスよ?」


「……アブザードとイグズドって?」


「ざっくり言うと、アブザードが元生き物が転じた敵。イグズドは闇黒くらやみから染み出してくる真性の敵ッス。今日、自分が見てた範囲だと、橋でオジサマを通せんぼした四つ足がイグズド。トロちゃんがアブザード。中庭のトゲトゲがイグズドっすね」


「イグズドを食べたらどうなるんだ?」


 二階堂が聞くと、アノマリアはコップをテーブルに置いて言う。


「最悪、アブザードの仲間入りッス。良くても――」


 アノマリアは自分の目を指差した。


虚骸コーマになる可能性があるッス。イグズドに関わって良いことなんて、なにひとつないッスから。食べたりしないように。体液に触れるのも、なるべく避けるべきッスよ、おじさま」


「なんなんだ、それは……あのミノタウロスも、トロールも、普通の状態には見えなかった。アノマリア、ここに蔓延はびこる連中は、なんなんだ?」


 うーん、とアノマリアが上を見て唸る。


「まぁ、いきなり色々言われても覚えらんねーっしょ。追い追い、話すッスよ。ところで……そろそろカオルおじさまとロンロンの話を聞きたいッスねぇ、自分は。興味津々なんス」


「そう、だな――」


 二階堂はどこから話すべきか迷った。彼は結局、順を追って話すよりも、時間をさかのぼって話すことにした。


 気が付いたのは昨日のこと。直前の記憶はワームホールに飲まれる直前で切れていること。それまではロンロンと二人、ビヨンド号でどこか遠くへ向けて旅をしていたこと。故郷の地球、日本という国から逃げてきたこと。きっかけは商売の失敗だったこと。


 それに対するアノマリアの反応は、二階堂の常識からは逸脱したものばかりだった。ワームホールを知らない。宇宙を知らない。星は落ちてくるもので、空に浮かぶものではない。地球は知らない。当然日本も知らない。商売失敗で故郷をトンズラはまじウケる。などなど。


 ただし彼女は、この螺鈿大地以外にも、どこか遠くに別の世界が存在している、という概念は理解していた。螺鈿大地に出現するエントリオ達の話が、それを教えてくれるのだという。


「――さっきから静かじゃねーか、ロンロン。お前もなんか喋れよ」


 二階堂がだんまりのロンロンに話を振る。彼はアノマリアが船に来てから口数が少ない。自分に遠慮しているものだとばかり思っていた二階堂。


「ふむ……実は、私はカオル以外の人間と話すのが初めてだ。アノマリアとどうやって話すべきか迷っている」


 などと、急に人見知りの一面を見せたロンロン。二階堂としても、そう言われるとどう答えたものか。確かにビヨンド号を新車購入して、すかさず地球から逃げ去ったわけだから、ロンロンはビヨンド号の中の知識と、二階堂しか知らない。


 そんな何気ないロンロンの告白は、チクリと二階堂の胸を刺した。


「ふむふむ。ロンロンはカオルおじさま以外の男を知らないと? ふーむ、気になる関係……可愛いッスねぇ! このアノマリアならいくらでもお相手になるッスよ。セカンドちゃんでもオーケーっす。さぁさぁ、いつでもなんでも求めて欲しいッス」


「言い方……じゃあ、ゲームの話でもしてみたら、ロンロン?」


「ゲームでひとつ話すことがあった。カオル、我々は転移者かも知れない」


「転移者?」


「そうだ。ゲームに限らず、お話としてよくある設定なのだが」


 ロンロンは続ける。


「突然見知らぬ世界に連続性を持って、つまり生きたまま移動した人々のことだ。蟻塚城の有様や、アノマリアの話にかんがみると、ここが我々の宇宙のどこかの話とは到底考えられない。はっきり言うと異常だ。普通であれば、アノマリアの話は荒唐こうとう無稽むけいな妄想か、実証不能の仮説で済ませるところだが、アノマリアは実際にカオルの傷を治して見せた。さらに吻合環の不可思議な効果も、私に実証して見せた。彼女の話は受け入れるしかない。今のところ、エントリオとは、私達の感覚では転移者を指しているものだと考えていいだろう」


「ワームホールで飛ばされたって話?」


「そういうお話の流れもある。だが理論上、我々は素粒子レベルで塵になったはずだ。色々と腑に落ちない部分もある」


「ふーん。生きて別の世界ねぇ……」


「横から悪いんスけど――」


 と、アノマリア。


「エントリオの大半は自分が一度死亡したことを認識しているッス。わけも分からずっていうのもいるッスけど。聞き出した最後の記憶の状況から考えて、エントリオは漏れなく全員一度死んでいるのは間違いなくて……心苦しいッスけど、おじさまとロンロンは多分、死んでるッスよ」

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