エネルギー問題

「俺たち、死んだってさ」


 二階堂はそう言って足を組み、背もたれを押した。


「であれば、我々は転生と転移のハイブリッドということになるな」


「そうなんだ……それで、転移転生だったとして、そこから何か分かるのか?」


「カオル。我々は一度死んだのだ。ここはもう我々の知る宇宙ではないだろう。だから――」


 ロンロンがいったん区切って続ける。


「もうあとは何でもありだ。あまり細かい事は気にしないでいこう。今をインプットして、これからのアウトプットに集中するんだ」


「人工知能が考えるべき謎を全部うっちゃってしまった……」


 唖然となる二階堂に対し、ロンロンが畳みかける。


「まぁ、カオルはその点よく言えば楽観的。悪く言うとバカだから、すぐに適応できるだろう」


「なんだと!」


 人工知能の暴言に、二階堂は眉をつり上げた。


「あっはははっ! そうッスよ。気にしないことッス。そうやって、エントリオは少なからず故郷のすんげぇ力を持って螺鈿大地にやって来るッス。カオルおじさまも例に漏れず、すんげー力があるッスから、やっていけるッスよ。そのパワーで自分を守って欲しいッス。よろしく、おじさまっ!」


 バチコーンッとウィンクしたアノマリアに、二階堂が胡乱うろんげな視線を返す。


「俺、普通の人間なんだけど……」


「普通? ……いんやいんや。あれはすげーパワーだったッスよ」


 アノマリアはテーブルの上で両手を使ってあーだこーだとジェスチャーしながら、話を続ける。


「エントリオって言うと、ど派手に炎を出して見せたり、雷を放ったり、急にでっかくなったり、なんか呼び出したり、岩人形を作って動かして見せたり、毒をいたり、剣ぶん回したら大地にヒビが入ったりとか、離れた場所を爆砕したりとか、そんな事ができる連中もいたッスけど――」


 人差し指をズビシッと勢いよく二階堂に突きつけるアノマリア。


「どーんっ! ……一撃でトロールのアブサードを吹っ飛ばしたり、あの距離から〈導星台どうせいだい〉を粉砕しちまうのは規格外ッスね。あの、カオルおじさまが始末したイグズド――おじさま達はウニって呼んでるんだっけ? 今まで何人もの戦士達が挑んで……最後はみんな屈してアブザードになっちまったッス」


 アノマリアはそう言って寂しそうに窓の外に視線を送った。もう外は暗く、ぽつぽつと地面に光りの円ができていた。


「――エントリオも何人もやられたッス。近づけなかったんスよ。よしんば接近しても、あの図体。近年はそうやってアブザード化した戦士達があの〈ストロングホールド〉に徘徊するようになって、いよいよ誰も手が出せなくなっていたッス。だから……ちょー素敵! 抱いてっ、おじさまっ!」


「運動エネルギーはここでも勝ってしまったか」


 両手を組んで目を輝かせるアノマリアに向かって、二階堂は目を閉じて腕を組み、得心したようにうんうんと頷いた。


 二階堂は運動エネルギー至上主義シンパだ。レーザーなんてナヨい武器はご老人や女子供に持たせておけばいい。宇宙戦艦? 土手っ腹に鉛玉ぶち込んでへし折っていやる!


「アノマリア、導星台とはなんだ?」


 ロンロンが割り込んできた。


青金石ラピスラズリで出来たオベリスクっすよ。カオルおじさまが壊した青い石柱。めちゃくちゃかてーんスけど、色々あって、あのイグズドの核になってしまっていたッス」


青金石ラピスラズリが、硬いのか?」


 ロンロンは不思議そうに聞いた。


「そッス。導星台は〈ドライアド〉達だけが作れる偉大な装置ッス。本来なら大地に引っかからない星も、この螺鈿大地に引き寄せるっちゅー、唯一無二の力があるッスよ」


 また始まった分からない話に、二階堂が頭を掻いて眉をひそめた。


「あの城、〈一八二いちはちにストロングホールド〉っていうんスけど、元々はその導星台を守るために〈アストロモルフ〉が築いた砦で、まぁ、前にあった大きな戦いで守り切れずに放棄されたものなんスけどね。そこにあのウニ・イグズドが居着いちまったてわけッス。……そう考えると、おじさま達もあの導星台が引き寄せたのかもしんねーッスね」


 アノマリアは不思議そうにリビングをきょろきょろした。


「――そういえば、あのかっちょいい星遺物オーパーツはどこいったッスか? ぜひ、じっくり見せて欲しいんスけど」


「ガウスライフルはメンテナンス中だ」


 ロンロンが答えた。


「おお、ロンロンは鍛冶仕事もできるッスか。偉いッスねぇ。実はその、ガウスライフル? でぶっ壊して欲しいのが他にもあるんスけど――駄目? おじさま?」


 両手を組んで上目遣いになったアノマリア。二階堂がそれを見て小さく嘆息する。


「――あれは、そんなにバンバン撃てないんだ」


「撃てない……ッスか? さっきはバンバンしてたッスけど」


「ああ。撃つために課された制約も制約なんだが、それ以前の問題として、エネルギーの問題がある。弾も無尽蔵じゃない」


「えねるぎー?」


 アノマリアは首をかしげた。


 二階堂は続ける言葉をためらい、苦虫をかみつぶしたような表情になった。


「――つまり、撃つたびに……ロンロンの残り少ない命を削っている状態なんだ。無駄にはできない」


「? ……んええ⁉ そりゃ大変……」


 アノマリアは愕然となった。


「撃ち出す弾も、普通の金属じゃない。幻想金属アンオブタニウムの〈エルジウム〉という〈恒常こうじょう超伝導体〉――〈スタティック・スーパーコンダクタ〉が必要だ。エネルギー問題に比べれば弾は潤沢じゅんたくみたいだが、それでも無限じゃない……そういえば、ロンロン」


 二階堂がはっとなって少し上を見た。


「なんでエルジウムはあるんだ? ウィシャロイはないのに?」


「不明だ。船内の消耗品には残っているものと、残っていないものがある。規則性は見出せていない」


「はぁ」と二階堂。そこにアノマリアが難しい顔になって口を開く。


幻想金属アンオブタニウムとか、ウィシャロイは聞いたことがねーッスけど、エルジウムなら知ってるッス」


「――はっ? まじでっ⁉」


 両手をテーブルに突いて身を乗り出した二階堂に、アノマリアが頷いた。


「確か、エルフが〈ミスリル〉をベースに作ってたはずッスよ。めちゃくちゃ希少品ッスけど。使い道もあんまりねーのに、ミスリルを無駄遣いしてっつって、エヴァイアの街で一時期話題になったッス」


「ロンロン?」


幻想金属アンオブタニウムの詳細は政府によって秘匿されているが、幻想金属であるミスリルを一度作ってから、それを経由して他の金属を作り出すという噂もあるようだ。可能性はあるだろう」


 二階堂はテーブルの上で両手を組んで、喉を鳴らした。

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