蟻塚城

 横穴に入ると、より一層この蟻塚城の素材の不思議さが際立った。


 ざらざらしているが、同時につるつるもしている。所々に埋め込まれた石が発光しており、それがなんであるのかは、ロンロンをして不明だった。


『おそらく、昨晩ビヨンド号周囲で光っていた光源と同じなのだろうが』


 昨晩、窓の外に見えた地面には、ぽつぽつと光源があり、闇夜に斑点状の光りのスポットが出来上がっていた。朝、それらの光は失われていたのだが、すでにひとつだけサンプルとして回収済みで、現在ロンロンが解析している。二階堂の目には、それはただの透き通ったガラスかなにかに見えたが、結果はまだ出ていない。


 ナイトビジョンを頼りに曲がりくねった横道を進む二階堂。彼の手には、異形と遭遇した時のおまもりが握られている。


 ガウスライフルなんてもってのほか。ソニックセイバーソーもだめだ。刃が繊細なので、遭遇戦で焦って振り回すなどして、下手な角度でぶつければ割れてしまう。


 ではこんな時、なにを手に持つべきか?


 バールだ。


 冷たい無骨な鉄の硬さ、そしてずっしりとした重みが心強かった。つるっとした赤と青のツートンカラーもまた、実質剛健でどこか頼もしい。


「なにが悲しくてバールなんぞ持って、怪物の巣窟そうくつをウロつかなくちゃならんのか……」


『カオル、バールは数多あまたのゾンビをほふってきたレジェンダリーウェポンだぞ』


「相手がゾンビじゃない……でも――」


 二階堂はバールで手のひらをペチンと叩いた。


「なぜゆえ、人はゾンビに襲われた時にバールに頼るのか。その理由は分かった気がする」


『そうだろう?』


 鉄――永きに渡って人は鉄と共に歴史を歩んできた。それゆえに、二階堂にもまた、鉄に対する全幅の信頼感が、遺伝子レベルで刻み込まれているのかも知れなかった。鉄は力。鉄は歴史。鉄は国家なり。鉄、さいこー。


 バールを持っていると、そんな現実逃避で心を落ち着かせられた。


 階段があった。それを上り、また進む。ナイトビジョンがなければ足元も覚束おぼつかないような洞窟。加えて、この横穴通路は微妙に上下に傾斜がついている。おかげで二階堂の方向感覚など、あっという間に狂ってしまっていた。今はロンロンのマッピングがないと、どっちに向かっているのかすら分からない始末だ。


『まて、その先は通信状態が悪い』


 ロンロンに言われ、二階堂が来た道をすごすごと引き返す。


 そんなことをしていると、いよいよ迷子になった。


「……道が分からん!」


『やはり一度ピンガーを撃った方が良い』


「絶対反対」


 二階堂はバールをパンパンと手に打ちつけて反対表明。


『夜になれば、あの闇に蠢く怪物どもに襲われるかも知れない。その前にカオルは姫を助け、獲物を最低一匹は仕留め、さらには例の矢の射出元を潰さなければ、君はビヨンド号に帰還すらできない。時間はいくらあっても足りないくらいだ』


「矢……? ああそうか、そうだった……ああ、も~……っ!」


 頭を抱えた二階堂。


『私はソナーを使って一気にルート開拓することを、強く提案する』


「――それでも絶対反対。ロンロン、この道で前後に挟まれたら100%死ぬぞ」


『だが道が細くもあることから、逆にガウスライフルで一網打尽にできるとも考えられる』


 二階堂が再びバールをパンパンと手に打ちつけて、はっはーんと鼻を鳴らした。


「やっぱりそんな事考えてやがったな……いいか、その大前提になるかすりが難しいんだよ。いくらダウンジャケットで判定が緩んだからって、命がけなんだからなっ!」


『静かにしろ、カオル。奥に空間がある。声が大きいぞ』


「くっっそ……ピンガーを撃とうとしてた奴が、どの口で……」


 二階堂は歯をギリリと食いしばって先の曲がり角に身体を寄せかけ、スネークカメラを伸ばした。


 ――なんかいる。しかも近い!


 曲がり角を曲がったすぐそこに、小屋ほどの大きさの何かが座っていた。こちらに背中を向けているらしく、それが何か分からないが、身体が緩やかに上下していて、呼吸しているように見える。それを見た二階堂が胸中で悲鳴を上げた。


『カオルは喋るな。引き返せ、と言いたいところだが、奥の階段の上に黄色い空が見えている。出口だ。先ほどのカオルの声に反応しなかったことから推測して、その異形はおそらく寝ているか活動休止中だ。脇を抜けられるかも知れない。だが、最終的な判断は任せる。敵の気配を読むんだ』


 ロンロンの声は骨伝導こつでんどうで二階堂の耳に届いている。外には聞こえない仕組みだ。


 逡巡しゅんじゅんし、二階堂は曲がり角から身体を出した。


 呼吸を止め、抜き足差し足。


 異形の背中を見上げながら、壁に沿って、そっと横脇を通り過ぎる。


(ひええええぇぇ)


 もう一度、胸中で悲鳴を上げた二階堂。彼が見たのは、胡座をかいてうずくまった巨大な影。それは太っていて大柄。そして、その顔が――。


 二階堂は蓮の実を連想した。


『顔が凄いことになっているが、トロールというレトロゲームの敵によく似ている。傷をどんどん再生してしまうリジェネ持ちの凶悪な敵だが、実は日光が弱点なのだ。上まで行けば安全なはずだ』


 ロンロンの根拠曖昧あいまいなアドバイスに対して、不安げに小さく頷いた二階堂。彼はトロールから目をそらして、振り返らず、泥棒もかくや、という動きでもって階段に到達した。


 そろそろと静かに階段を上っていくと、ようやく二階堂の鼻が外気を嗅いだ。


 外に出た。そこは蟻塚城正面屋上。ビヨンド号から見て左側。目的の姫が囚われた檻とは逆側だった。蟻塚城の上面は、城壁の上みたいに平らに仕上がっている。


 あの檻に辿り着くには、今度は蟻塚城を横断しなければならない。


『あまり外に身体を出すな。狙撃の恐れがある』


 二階堂は素直に数歩、後じさり、出口の壁に寄った。すると自然と橋の向こう、ビヨンド号が隠れているはずの森が目に入る。


 ――こうしてみると、本当に円塔の上だな。


 ビヨンド号のある森は、断崖絶壁に囲まれた天空庭園とも言うべき状態だった。


 その上空に、ドローンが豆粒のように浮かんでいた。二階堂が集中すると、ズームでその姿が映し出される。そこに「<ヤッホー!」という字幕が重ねて表示された。ちょうどドローンが喋っている風だ。


 二階堂はロンロンのお茶目に苦笑してから、視線を城の内側に移した。蟻塚城の内側は、大きな中庭が広がっている。蟻塚城全体が、広大な中庭を城壁で囲ったような構造になっていた。


 矢の射手いては、すぐに分かった。


「あ、れ、か……」


 それを見て呻いた二階堂。


 彼の視線の先には黒い巨大なウニがいた。


 とてつもなく大きい。もはやちょっとした山だ。その表面にはウニめいて無数の針が飛び出しているのだが、その形状が見事に矢だった。


 そんな山のように大きなウニが、蟻塚城中央の中庭に鎮座している。


「……あのウニを、どう始末する?」


『これは困ったな』


 頼りのロンロンもお手上げの様子。ガウスライフルが吐き出す運動エネルギーに対抗できるのは、十分な質量だけなのだか、まさにその質量が敵だった。


「正面から突っ込んだらドンキホーテだな」


『うむ。コアのようなものがあれば、それを狙うのがよいが』


「コア、ねぇ……そんな都合よく弱点あるか?」


『現段階では不明だ。最悪なのが、あれが小さな敵の集合体だ、というパターンだな。ガウスライフルは一点突破型の武器だから、数に弱い』


「そんなパターンあるのか……」


 次いで二階堂は視線を戻し、蟻塚城の上に突き出た、物見塔に似た構造物を見た。あそこが目的地だ。


 ズームでも、その詳細までは見えない。だが、やはりそれは格子で覆われた牢屋に見えた。女は奥にいるのか、姿は見えない。


「――あの女が、あそこで無事に過ごせてるなら、とりあえず檻までたどり着ければ夜は越せそうかな?」


『それはいい推理だ。賛成する。そしてそのまま熱い夜を過ごすといい』


「無茶言うな。怪物に囲まれた壁もない戦地で、つものも勃たんわ」


 そんな軽口を言い合いながら、二人はまだ見ぬ姫を救い出すための作戦を、あーだこーだと相談し続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る