グレイズ

 結局、二階堂はピンガーを撃った。


 ロンロンと協議の上、蟻塚城の外を行くよりも中を行ったほうが、まだまし。という結論になったからだ。


 外は狙撃される危険があり、かつ、異形に追われた時にロッククライミング状態だと逃げられない、かわせない、撃てないという三重苦におちいる。


 そこで二階堂は穴の前でピンガーを撃ち、すかさず身を隠すという、こすい動きでもって蟻塚城内部のマッピングを試みた。


 カーンッ‼ という鉄骨をカナヅチでぶっ叩いたような、やかましい音が暗い蟻塚城の穴に吸い込まれていった。


 結果はまぁまぁ。ソナーで探査できるのは、穴の入り口からほんの浅い部分だけなのだが、それでもまったく情報がないよりはマシだった。穴から異形が飛び出してくることもなかった。


「本当にアリの巣みたいだな」


 とは二階堂の感想。


 映し出された蟻塚城の内部は、大きな竪穴たてあなから、周囲に細い通路が張り巡らされており、そんな通路の先に、いくつもの小部屋の行き止まりがある。その様子がアリの巣そっくりだった。そして蟻塚城中央地下には、さらに大きな空洞があるようだった。


『竪穴が空調ダクトか、煙突のような役割を果たしているようだ。中央下部の空間に本設備があり、そこに送風しているものと考えられる。現実の蟻塚もそんな構造だ。カオル、これは本当に蟻塚なのかも知れないぞ』


「じゃあ、これを作った巨大な蟻軍団がいるってことになるな」


『そういうことになるな』


「出会いたくないなぁ」


『そうだな。数の暴力による高難易度化はクソゲーの特徴だ』


 そんなマッピング情報と、ロンロンのドローンからの観察結果、および目的地である姫の檻に一番近い穴の位置などに鑑みて、ルートに目星をつけた。


 こうして二階堂達は次の穴に侵入した。


 穴の中を徘徊する異形の影をこっそりと渡り、忍者も真っ青なステルスムーブで蟻塚城の内部を進んだ二階堂。かれこれ二時間になる。


『カオル、その先の小部屋で休憩しよう。そろそろ集中力が切れてくるはずだ』


「――了解」


 極限に集中していた二階堂の口数は少なかった。


 赤くマークされた通路を進むと、そこは六畳ほどの丸い空間となっていた。


 油断なく侵入し、壁際で空気椅子をする二階堂。


 トレーニングではない。フレキスケルトンの姿勢保持機能を使うと、こうして空気椅子状態で、難なく身体を休めることもできるのだ。


『見事だった。やはり日本人には忍者の血が流れている。間違いない』


「――そりゃどうも」


 二階堂は、ほっと吐息をついてガウスライフルを下ろし、ジャケットを脱ぐと、水筒の水を飲んだ。掠り判定を広げるためとはいえ、ダウンジャケットはやはり暑い。じんわりと全身が湿っていて不快だった。空腹とストレスで胃がキリキリと痛む。アラフォーの肉体が、のしかかる緊張と疲労に悲鳴を上げていた。


『ところでカオル。今から私がなにを言っても、大声出して驚くなよ』


「まだ俺を驚かせるようなこと言うのか……いいぜ、こいよ」


『うむ。とびきりのやつだ――――隣に誰かいるぞ』


 一瞬、怪訝けげんな顔つきになった二階堂。バッと隣を振り向くと、そこには影の中でうずくまった人影が。


「――ッ、くっ!」


 二階堂は全身に電気が走ったような衝撃を受け、バールを構えて立ち上がった。


「……なんだ⁉」


 人間のようなシルエットだが、人間ではなかった。頭部が、まるでワニかトカゲのように鋭く、鱗に覆われていたからだ。


『リザードマン』


 ロンロンが言った。


『――だが、様子がおかしい』


 その、ロンロン曰く、リザードマンは、胡座あぐらをかいて壁に力なく寄りかかってうつむいていた。そして、その目がまるでガラス玉のように無機質に黒光りしていることに、二階堂は気が付いた。


 あのミノタウロスと、同じ目だ。


「敵か?」


『分からない。だが、無防備なカオルが隣に座っても何もアクションを起こさなかったことから、無害ではないかと考えられる』


「……たのむぜ、ロンロン」


 二階堂は嘆息混じりに言った。


『面目無い。予想していなかったのと、まったく動いていなかったので生物だと認識できなかった。次は大丈夫だ。常時サーモグラフィーも併用しよう』


「死んでるのか?」


『サーモグラフィーは熱の存在を検知している』


 二階堂が「もしもーし」と言いながら歩み寄り、手を振って見せるも、リザードマンは反応を見せなかった。そして二階堂は、その口がわずかに動いているのを見た。


 身をかがめ、恐る恐る耳を近づける。何か、聞き取れない言葉をつぶいていた。何を言っているのかは、分からなかった。


「……何語?」


『私にも翻訳できない。意味のない呻き声の可能性もある』


 二階堂がさらに耳を寄せる。近くで見た眼球は、墨を垂らしたように黒く塗り潰されていた。


 ブツブツ、ブツブツ――。


 しかし、しばらく聞いても何も分からなかった。


 二階堂が諦めて立ち上がる、その直前。


 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛


 だみ声が大ボリュームで二階堂の耳を貫通した。


 びっくりして心臓が口から飛び出しかけた二階堂。彼はキーンとする耳を押さえてふらふらと立ち上がると、大口を開けてわめき続けるリザードマンに向かって手のひらをかざす。


「――耳ぐあぁぁ……おい、黙れっ! 黙れって、静かにしろっ‼」


『まずいぞ、カオル。異形が寄ってくる。そこは袋小路だ。逃げろ』


 二階堂は「くっそ……」と漏らしてリザードマンを放置し、ダウンジャケットを羽織ると、ガウスライフルを引っ掴んで小部屋から外に出た。


『右だ、来る』


 ロンロンの声に右を向いた二階堂。ナイトビジョンが見せた映像には、丸い通路の天井に張り付いた、大型のサソリめいた異形が、カサカサとこちらに迫ってくる姿が映し出された。強烈に怖い絵だった。


 さらに、その後ろには棍棒を持った、赤いベッドシーツをかぶった、古典的お化けに似た長身の何かが、ドタドタと不器用そうに走って来る。


「ピンガーを撃て、ロン――」


 二階堂がロンロンに逃走経路を探らせようと指示を飛ばしたその時、彼の視界の端で、サソリの尾の先端が急膨張して見えた。


「の゛ぉっ――⁉」


 チッ。


 息を飲んだ二階堂が、横に倒れ込みながら首をひねった時と、その音が耳をくすぐったのは同時だった。


『掠った!』


 ロンロンのボリュームを上げた声が、二階堂の耳にうるさく届いた。


 サソリは尻尾を射出してきた。二階堂はそれを見事、こめかみの皮一枚でかわした。


 二階堂は無意識の内に、ガウスライフルの安全装置を指で弾いていた。


『上手いぞ。完璧だった。それはな、カオル。弾幕ゲーで〈掠りグレイズ〉と呼ばれる基本テクニックなのだ』


「あっっっそう‼」


 床に倒れ込んだ二階堂が、そのまま伏せ撃ちの姿勢になって赤いドットを飛ばす。


 こめかみから散った血液が片目を塞いでいた。


 天井を走っていたサソリが二階堂を狙って通路の床に降りてきた。すると幸運にも、ガウスライフルの射線に、サソリとシーツお化けが重なった。


「――くたばれっ‼」


 インジケーターが灯ったのを見て、二階堂はトリガーを引いた。


 細い光跡こうせきが異形を二匹貫いて、重い振動が蟻塚城を揺らした。


 肩に当てた銃床が二階堂の身体を押したが、フレキスケルトンがそれを床に逃してくれた。


 続いて弾丸が走った空気が焼かれ、高温の爆圧をまき散らし、細い通路で三次元的な反射を起こすと、十重二十重とえはたえの衝撃波が弾道の周囲をめちゃくちゃにかき混ぜた。


 その間、二階堂は伏せったまま、キーンという耳鳴りの中で嵐が過ぎ去るのをじっと待ち続けた。


『――ル、カオル。今のうちに突破するんだ。今から五分間はライフルが撃てる』


 耳鳴りの奥から聞こえてきたロンロンの声に、二階堂はふらつきながら立ち上がった。見ると、異形は二匹とも肉片と化し、奥の壁には穴が開いて黄色い空が覗いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る