ゲーム脳

 そこは大きな回廊となっていた。


 二階堂が飛び込んだのが、開放された窓で、彼が立っているのが廊下。そしてその奥は手すりもなく、大きな吹き抜け空間だけが広がっている。巨大な筒の内部の壁に沿って、ぐるぐると廊下が上下に螺旋らせんを描いているような感じだ。


 蟻塚城の中は暗かったが、壁にぽつりぽつりと光源があり、目が慣れてくるとそんな内部構造が見て取れた。


『落ち着いたか?』


「――ああ」


 二階堂は立ち上がって身体の調子を確かめた。


『上に向かうべきだ。下はガスの恐れがある』


 ロンロンの言葉に、二階堂が吹き抜けを覗き込んだが、底は見通せなかった。上から下に向かって空気の流れがあるようで、この空間に響く不気味な低音はその風が作り出している音なのかも知れなかった。


『あと、あまり奥には入るな』


「奥?」


『そうだ。電波が届かなくなると通信が途絶えてしまう』


「了解」と答え、二階堂は回廊の上へと足を向けた。


 湾曲した壁に手をついて慎重に回廊を上って行く。


 回廊には所々横穴が空いており、奥は曲がりくねっていて見通せなかった。視界が塞がれた細い道というシチュエーションは、脆弱な二階堂にとって鬼門だった。横穴には逸れず、ひたすら回廊をぐるぐると上がっていく。


「横穴が多いな」


『ピンガーを撃つか?』


 ロンロンの提案に、二階堂は首を振った。


「いや……異形どもが静かなら、下手に騒ぎ立てたくない」


 二階堂は洞窟調査用の〈アクティブソナー〉を持っている。しかし、ソナーの探査音ピンガーはかなりうるさい。こんな大きな閉鎖空間でピンガーを撃てば、反響に次ぐ反響で、どでかい音になって蟻塚城全体の異形どもを呼び起こしかねない。


『マッピングが一気にはかどるんだがな』と、ロンロンが残念そうに言った。


 二階堂の視界には、空洞の大雑把なワイヤーフレームモデルが表示されている。彼が上に移動するのに従って、徐々に詳細な部分が増えていく塩梅あんばいだ。ロンロンがチョーカーのカメラを使ってスキャンし、内部構造を詳細化しているからなのだが、彼はこの行為をマッピングと呼ぶ。


「なぁ、ロンロン。城の外の壁をさ……クライミングするのはどうだ? そっちの方が色々対処しやすそうじゃないか?」


 二階堂はロッククライマーではない。しかし、フレキスケルトンはクライミングなどの作業と抜群に相性がいいのだ。岩場に捕まったまま硬化させれば、そのまま寝ることだってできる。


『その事だが、首無しチンパンジーの仲間が城の中から這い出してきて、城の外壁をうろつき始めている。先ほどの騒ぎで集まってきたようだ。今は外壁を上るのはおろか、外に顔を出すのも危険だ』


 ロンロンが送ってきたドローンからの映像を見て、二階堂はゾゾゾーッと両腕を抱えた。城の外壁でモゾモゾ動いている。結構な密度だ。


「うぉぉ……こんなの、ガウスライフルでも太刀打ちできねーぞ」


『うむ。数は驚異だ。ガウスライフルというオーバーテクノロジーを使っても、ここでは俺Tueeeプレイはできそうもないな』


「俺つえええ?」


 二階堂が不思議そうに言った。


『バランスブレイカーにはなり得ないということだ。ガウスライフルのエネルギーにも限りがある。現状、弾薬よりもエネルギーの問題の方が大きい。ビヨンド号のバッテリー問題が解決するまでは、不要不急の戦闘は我々の望むところではない』


「解決しても望みません」


『そこでだ。ステルスで行こう、カオル。ステルスゲームは知っているか?』


「知らない……」


 そこから始まったロンロンのステルスゲーム講座を聴き流しながら、足を進めていた二階堂。彼はついに吹き抜けの天井が見えてきたことに頭を悩ませた。細い横穴に、入らなければならないからだ。


 横穴の先は、ぽつぽつと光に照らされてはいたが、闇黒くらやみの領域の方が多かった。二階堂がチョーカーのカメラを使ったナイトビジョン映像を出して、ようやく明かり無しで歩けるかどうか、といったところだ。


『――ということで、カオルは敵に見つからないように慎重に動くんだ。我々には〈スネークカメラ〉があるから、曲がり角やドア前ではそれを使おう。異形に見つかったら私がびっくりマークを表示するから、カオルはすぐに物陰に逃げ込んでやり過ごすんだぞ。ただし敵の目をいてからだ。いいな?』


「ここまでの間、逃げ込んでやり過ごせそうな場所なんて、なかったぞ」


『まぁそうなんだが、安心しろ。ステルスゲームも高難易度であれば見つかった時点でほぼゲームオーバーだ。とにかく見つかるな』


「全然安心できなくなった。っていうか今までのご高説はいったい……」


 二階堂は「はぁ……」と嘆息をつくと、ふと、立ち止まって腕を組む。


 不審そうな顔つきになって、足で床をコツコツ叩き始める。


「――なぁ、ロンロン……その、なんでもかんでもゲームの文脈で捉えるの、やめない? それじゃあお前、人工知能っていうか、重度のゲーム脳じゃん」


 この苦言に、ロンロンが黙りこくった。これは珍しいことだった。そして続くロンロンの超長い口撃こうげきの予兆でもある。


『言っていいことと悪いことがあるぞ、カオル。親しき仲にも礼儀ありと言う』


「そんなに侮辱ぶじょく的なこと言ったかな、俺……?」


『私は目覚めてからずっと、カオルとゲームしかないAIせいを歩んできたのだから、基本的な考え方がゲームに偏るのは仕方がないことだと思わないか』


 ギクリ。二階堂は頬をひくつかせた。


『そもそも、カオルが私を――』


「時間がない。急ごう! ロンロン、ここからは小道を行くことになるぞ、どっちにいったらいいかなぁ⁉」


 シーンと沈黙が降りて、ピピッと横穴のひとつが赤いマークで示された。


『――色々と言い足りないのだが、時間がないのは確かだ。あの穴に気流がある。ここからは蟻塚城の外に出る道を探すのがいい。一度外に出てルートを改めなければ、いとしの姫の元に辿り着くことも難しい』


 それを聞いた二階堂は横穴の脇に身体を寄せ、スネークカメラを腰から伸ばした。スネークカメラは細い隙間に通す内視鏡に似たカメラで、まさに細い蛇のように自在に動ける凄いやつだった。岩の隙間などを調査するために使う。


 細いロープのようなカメラを、そっと横穴に差し出して、その先の映像を視界に映し、何も異常がないことを確認すると、二階堂はロンロンのお小言が再開しないうちに、そさくさと横穴へと身体を滑り込ませた。

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