はじめの一歩
蟻塚城に挑む二階堂の装備は次のようになった。
まず、チョーカー端末。これはビヨンド号との通信も兼ねた必須装備となる。
次にコンタクトレンズ型のモニター。AR表示で様々な情報を映し出せるナイスなアイテムだ。これでロンロンから絵的な指示も受けられるようになる。カラコン風の、今どきのやつだ。
全身タイツっぽい黒いウェアの上には〈フレキスケルトン〉を装着した。これは全身骨格をなぞって張り巡らされたフィルム状の外骨格で、屋外作業を補助するための装備だ。これにはバッテリーとしての能力と、“硬化”の機能がある。
硬化というのは、
重い物を持って腰を痛めないようにするとか、ぶら下がる時に筋力がいらないとか、何かに潰されそうになった時にフレキスケルトンが支えてくれるとか、そういった簡易的な補助用具の一種なのだが、実は他にも、ガウスライフルを撃つ時に発生する反動を、肩から足の裏まで逃がす支柱として応用できるものでもある。本来、ガウスライフルを人の身で
「――だせぇ」
鏡に映った自分の姿に苦笑する二階堂。黒い全身タイツ風の上に、白いフィルム状のフレキスケルトンが骨格に沿って伸びている。そんな絵面なので、はっきり言って間抜けだ。
二階堂は頬をさすった。そこには傷痕が残っている。昨日、ミノタウロスに殴られたときについた傷だ。しかし傷口は綺麗に塞がっており、数年前の古傷風味に落ち着いていた。ロンロンはこのことにも不思議がっていた。二階堂も不思議だった。
理解できない場所、理解できない現象、理解できない敵。
それに立ち向かう武器は
それなりに重いので、二階堂は置いていきたかったのだが、ロンロンに延々と説得されて折れた結果だ。
「工具も武器になる。アイザックが私に示してくれた」
「誰?」
鏡の前でコンタクトレンズを装着しながら、二階堂が聞いた。
「こんな感じの男だ」
パチパチと目を
「……誰?」
二階堂が訝しげに眉をひそめて聞き直した。
「このようなアスキーアートがインターネットミームになるほど有名なんだぞ。エイリアンが
「すげぇ……」と素直に二階堂。
「カオルと境遇がちょっと似てるかもな。ただし、アイザックは孤独だったが、カオルには私がいる」
心強いロンロンの言葉の終りに、「( 圭)<ダーイ、マザーファッカー!」という絵文字が浮いた。二階堂が
「……なんか、楽しそうだな。お前」
「ビヨンド号にもそれなりの工具が揃っているが、実は投射できる工具は少ない」
二階堂の不審そうな声を無視したロンロン。「でしょうね」とだけ答えた二階堂。
「〈プラズマカッター〉は現実に存在しているのだが、運悪くビヨンド号には搭載されていない。あれはもっと大規模な宇宙船用なのだ。悔しいな、カオル」
「悔しいなぁ」
「〈ネイルガン〉がある。
「ふむふむ」
リビングに戻った二階堂は、ロンロンの独り言を聞き流して、上着を選びながら心のこもっていない相づちを打ち続けた。
「〈パルスチェーンソー〉は良い。使い勝手も殺傷力も申し分ないのだが、しかしバッテリーの消費が激しい上に重たすぎる。蟻塚城で走り回るであろうカオルの
「ふーむ……走り回るのか、俺……」
ロンロンのひと言に、二階堂はちょっと嫌な気分になってから、冬服を選んだ。厚みのある服を選ぶよう言われていたことを思い出したからだ。外は暑くはないが、寒いわけでもない。ダウンジャケットなんて、大丈夫だろうか。
「そこで〈ソニックセイバーソー〉だ」
「へぇ」
ソファーの背もたれにジャケットを
「〈ビームサークルグラインダー〉と迷ったが、ソニックセイバーソーならナイフと同じ感覚で刺せる分、使い勝手がいい。とはいえ、はっきり言ってあの異形どもと接近戦になった時点でカオルの負けだ。ソニックセイバーソーは姫を助け出す時に、檻を切断するためだけのものだと思え」
スーッと、音もなく壁の一部が引き出しのように押し出されてきた。ロンロンが準備した装備だろう。二階堂が立ち上がってそれを
屋外作業用の基本グッズ。それと、取っ手が長くて刃の部分が短いナイフ――ソニックセイバーソーだ。あと、その隣にはバールのようなものが。
「――これは?」
二階堂がバールのようなものを指し示して聞くと、ロンロンは「バールだ」と答えた。
「バール」
「バールは持って行け、使える」
「何に?」
「鉄と、てこの原理を信じろ」
「はぁ」
「ちなみに〈マグネティックブーツ〉もあるが、今回は必要ないだろう。ただ重いだけだ。無重力環境は想定していない。あのストンピング
「――よし!」
二階堂はロンロンを遮って、全ての道具を腰に付けると、最後に水筒を差し、ダウンジャケットを手に持った。
「で? ロンロン、このジャケットはなんのために持ったんだ? こんなの着て走り回ったら、暑くてすぐに汗だくになるぞ」
「厚みのある服が必要なのだ。題して、服を切らせて骨を断て、作戦だ」
「服を?」
「そうだ」とロンロンが言った。
「あれから調べてみたのだが、どうやら髪の毛は老廃物扱いとなるようなのだ。つまり、カオルの髪はウンコと同じだ」
「俺の髪は、ウンコと同じ……」
二階堂は茫然と髪を撫でた。
「そうだ。だから髪を切らせてもだめだったというわけだ。例えば、カオルが道に排泄したウンコが撃たれたとして、それを指差して、ほら俺撃たれた、は説得力がないだろう?」
「例えが汚い……。服ならいいのか?」
「そうだ。服は装備品と見なされる。例えばカオルが防弾チョッキの上から被弾して、怪我をしなかったからと言って、俺はまだ撃たれていない、は説得力がないだろう? このルールを逆手にとって、出来るだけ
「じゃあさ、じゃあさ」と言って割り込んだ二階堂。
「その辺の木の枝を繋げて長い釣り竿みたいにしてさ、それを持って、その先っちょを切らせたらいいんじゃないか?」
「カオルは」と一端区切ってから、ロンロンがやれやれと言わんばかりに続ける。
「釣りの時に竿の先端が折れたのを見て、自分が攻撃されたと判断できるのか?」
「基準が分かんねぇよ……っ!」
歯を食いしばって拳を作った二階堂。彼は行き場のない
こうして準備は整った。
二階堂はビヨンド号の下層格納庫に下りてから、ダウンジャケットを羽織った。
「暑い……」
「ああ、熱くなってきたな。腕が鳴る」
少し間を置いて、「ん?」と片眉を上げた二階堂。
両者が別の思惑で感想を述べた後、二階堂がハッチの前に立つと、プシューと空気が抜ける音と共に、静かにゲートが開いてタラップが下がっていく。
――今こそ語ろう。私が何処に在り、何を見て、そして如何にして終わりを迎えたのかを。
「カオル? 何を言っているんだ?」
珍しくロンロンを困らせることができて満足した二階堂が、薄く笑みを浮かべて機嫌良さそうに鼻を鳴らした。
「”Blind Guardian”の“Somewhere Far Beyond”っていう歌、さ。……それじゃあ、行ってみるか」
二階堂はタラップを降りて、はじめの一歩を踏み出した。
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