魔境
「ドローンが
ロンロンの報告に、二階堂は眉をひそめた。
「あの正面の構造物を調査していたところ、未知の異形に撃ち落とされた」
ロンロンが唐突にそんな報告を始めたのは、窓の外が暗くなり始めた頃。二階堂が船内設備を点検していた時だった。
ミノタウロスを仕留めた後、二階堂はたっぷり時間をかけて地面に寝ていた。このまま死んでもいいかな、と考えていたのだが、いつの間にか身体中の痛みが引いており、ケロリと起き上がることができた。
ロンロン曰く、ダンプカーで
大樹から噴き出した白い液体を採集し、浄水したところ、一応飲用OKの判定が出たので、やっとのことで水にありついた二階堂。彼はそのまま船内に引きこもり、戦闘に使えそうな物がないかあちこちと物色していたのだ。ガウスライフルは、はっきり言って使えない。
ドローンを使った周辺の調査報告によると、今、二階堂達がいる場所は断崖絶壁に囲まれた、円塔の屋上が森になったような場所らしい。
周囲に池や湧き水は無く、ロンロンが崖下までドローンを飛ばしてチェックしたものの、途中、やっぱり水源は無かったとのことだ。
地上は深い森に覆われていてガスが濃く、墜落の恐れがあったことからドローンの降下は断念。ロンロンは見るからに人工物っぽい正面の巨大構造物に調査範囲を変更した。ドローンが撃墜されたのは、そうやって偵察をしていた時のことだったという。
「撃ち落とされた、ねぇ……それならあの構造物、仮に〈
「弓矢だ」
ロンロンが発した単語に、二階堂は小首をかしげて続きを促した。
「ドローンは矢と考えられる投射物で攻撃された。ドローンの最後の映像には
「矢って……いくら家庭用キャンピングポッドのドローンだからって、矢で落とされるか、普通?」
「ビヨンド号のドローンは資源調査とサンプル収集に特化している。軍用ドローンとはまったく別物だが、しかし人間が使う、いわゆる弓矢で落とされるようなドローンでもない」
二階堂の呆れたような声に、ロンロンは心外そうに言った。
「そのドローンを撃ち落とした矢の速度は秒速300メートルを超えていた」
「……つまり?」
「亜音速だ、カオル。あの蟻塚城には亜音速で矢を飛ばす異形が潜んでいる」
「嘘だろ」
二階堂はどっかりとソファーに腰を下ろして腕を組み、喉を鳴らした。亜音速で矢を飛ばす。生身では不可能だろう。そういった未知の兵器があるのだと彼は当たりをつけた。
――いやしかし、あのミノタウロスならば、あるいは。
そう二階堂に思わせるほどに、あの異形は人知を超えた存在に思えた。
「しかも、いきなり撃ってくるほど攻撃的ってか。穏便にコミュニケーションってのは、無理そうかもな」
そこまで言って、二階堂ははたと気が付いたことを口にする。
「――そういえば、さっきから異形、異形って、結局なんなんだ? あの蟻塚城にいるのは。人なのか? それともエイリアンっぽいのか?」
「私にはあれが何か断定できない」
意味が分からず二階堂は「はぁ」と生返事した。
そうして、ロンロンが再生し始めた蟻塚城の映像を見て、二階堂は唖然となって「こりゃぁ……だめだ」と声を漏らした。
蟻塚城には相当数のモノが
それは全身がドロドロに
蟻塚城はそんな見るからにヤバい異形どもが
「なんというか、これ……なんか、すげぇな」
二階堂も様々なエイリアンを図鑑や動画で見たことがある。
宇宙には人間の怖いもの見たさをビンビンに刺激するエイリアンが、毎年のように発見されている。有志たちによって日々アップされるそんなエイリアンを紹介する動画、〈宇宙
時々、異形どもが喧嘩し始めるシーンもあったが、それはもう、グッチョグチョの殺し合いが展開されていた。話の通じる友好的な知的生命体だとは、到底思えなかった。
「崖下の森を探す方が、いいんじゃないか?」
「ドローンの観測結果によると、あの森に漂うガスは人体に猛毒だ。VXガスなみだと考えてくれ」
「ここは地獄か……?」
二階堂は呻いてから、ソファーの上で天井を仰ぎ見た。
「カオル、今分かる範囲で判断すると、あの蟻塚城に行く他に手立てがない」
「まじ……」
ロンロンの言葉に絶句した二階堂は、しかしすぐに
「あの……異形だらけの場所に行けば、水と食料があるのか?」
「その確証は無いが、少なくとも獲物はいる。このビヨンド号は一種のサバイバル船であり、戦闘力こそ無いものの生存機能だけ見れば軍用と負けていない」
「――つまり?」
話の先が見えた二階堂は、
「あの異形を仕留めてここに運び込めば、体液は浄水して水に出来るし、肉は潰して無害なタンパク質などに分離できる。見方を変えればあの蟻塚城は獲物だらけと言える」
「ポジティブ過ぎるだろ、お前……ってか、俺にあの肉を食わせる気か……」
二階堂はロンロンの考えに
異形は食べられない。映像を見れば一目瞭然だった。
ミノタウロスの肉も未だ手をつけていない。ロンロンは取ってこいと言ったが、二階堂が断固拒否した。あの全身から生えた寄生虫っぽいのがどうしても駄目だった。そして飲料水をもたらしてくれた大樹の樹液も、もう枯れた。その後二階堂がナイフで大樹を切っても、ドリルで穴を開けても、白い樹液は出てこなかった。恐ろしく堅い木だった。
「だが食事を取らなければ死ぬぞ。カオル、君の身体は今、深刻な状態にある。明日にでも食事を取らなければ、すぐに動けなくなる」
「もう、それならいっそ……」
二階堂は言いかけて頭を抱え、口を閉ざした。
何気なく窓の外に目を向けると、もう外は真っ暗になっていた。その黒い鏡に映った二階堂の顔は、魂が抜けたように
尋常でない気怠さが彼の肩にのし掛かっている。目覚めた時からずっとそうだった。脱水症状などでは説明のつかない、途方もない脱力感だ。
外は真っ暗で、空に月は見えなかった。それは星明かりすら無い夜。しかし、地面には光りのサークルが
ここはとても不思議な地だった。
しかし、それを知りたいと思う好奇心が湧いてこない。
自分でも、それが何故なのか分からず困惑し、二階堂は窓の外を見続けた。
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